元侍女について
しばらくしてようやくリーンが口を開いた。
「それでは、私がおふれで探している人物はフォールシナ姫に間違いないのですね」
「ああ、名乗り出たのが本当にセレナなのであれば、ほぼ間違いない」
「セレナの容貌を覚えていらっしゃいますか」
「いや、ほとんど記憶にないな。記憶にないというのは、取り立てて言うべきところがなかったのだろう。都合二、三年ほどいたはずなのだがな」
リーンは少しがっかりした。
やむを得ない。
側妃付きの侍女の顔などいちいち覚えていないだろう。
それにもう十八年も前のことなのだ。
しかもつい最近彼女をみたはずの自分の記憶をたどっても、彼女のことで印象に残っていることはほとんどない。
見たのがたとえ小一時間だったとしても。
髪の色や瞳の色を手掛かりにしようにも、ありふれた色だったと振り返ってやっとブラウンという色に行きついたくらいだ。
リーンは名乗り出た人物と連れ去った人物を同定することを放棄した。
それよりも、と、ハニウェル夫人ことセレナの話を思い返し、頭の中でカルドリの話と照合し始める。
彼女は、アリシアナ妃出産の知らせを受けて双子を忌避した皇帝陛下から命じられたと言った。
これは先ほどから否定されている。
アイリーシナさまが双子を出産しているという事実もある。
カルドリ帝の言葉には嘘がないはずだ。
そのあとセレナは確か、アリシアナさまには妹君の誕生を知らせないままと言った。
ナイジェルの話では、彼女はアリシアナさまが意識を失ったとも言っていたという。
しかしどちらも、先ほどのカルドリ帝の話からすれば嘘だ。
妃殿下は出産後すぐカルドリ帝を呼んで、二人を見せている。
フォールシナの誕生を知ってもいるし、意識もしっかりしている。
とすれば、あとは、カラチロ国以外の出身の血筋のものがいたというセレナの話と逃走資金の件。
「セレナ自身のことをお聞きしても」
「そうだな。何が聞きたい」
「セレナはどういういきさつで側妃付きの侍女になったのですか」
「セレナはカラチロのシエラディト辺境伯の庶子だと聞いている」
「シエラディト辺境伯、確か、ルトリケとの境界近くを治めている…」
「ああ、そうだ。テリクとルトリケの両国に接する広い地域を治めている」
「それがなぜ後宮に」
「リーン殿の国とは事情が違うかもしれん。我が国では貴族の令嬢が行儀見習いと称して、後宮や高位貴族の侍女に入ることがある。過去には後宮に入った侍女が皇帝の目に留まり、側室になることもあった。セレナの事情もそういうところにあったのかもしれんな」
「先ほど庶子だとおっしゃいましたが」
「ああ。母親は確かテリク出身だ」
「フォールシナ姫が連れされた直後、テリクとルトリケの国境にいると思われたのはそのためでしょうか」
「それはわからん。ただ、シエラディト辺境伯の血筋は、こういう言い方がふさわしいかどうかわからないが、国際色豊かなのだよ。辺境伯自身も父方の祖母はルトリケ出身、母方の祖母のルーツはレキラタのはず」
リーンはカルドリの話を聞きながら、セレナの話を思い出していた。
セレナは自分がカルドリに命じられた理由を「私の血筋のものにカラチロ国以外の出身のものがいたから」と言っていた。
リーンは思い切って尋ねる。
「皇帝陛下は愛する妃殿下の侍女に、他国の血筋を持つ者がいることについて、わだかまりはないのですか」
カルドリが厳しい表情をした。
トゥルーシナもリーンを疑うように見る。
「何を言い出すのだ。そんなはずがなかろう。いろいろな文化を学ぶこともできる。そんなことを考えたこともなかった。それとも、リーン殿は」
リーンはしどろもどろになって打ち消した。
「も、もちろん、私にもそのような気持ちはありません。ただ、実はセレナがそういったことを話していたので」
正確にはセレナはカルドリに命じられた理由をそう話していた。
「カルドリ帝に命じられた」ことまで白状しては大変、と戦々恐々していたが、カルドリのほうはふと思い出したというように
「そう言えば、シエラディト辺境伯はサーシ殿とも親交があったはず。リーン殿はきいておらぬか」
と尋ねた。
「祖父と、ですか」
思わぬ話にリーンは驚く。
「初めて聞きました。戻ったら祖父を訪ねてみます」
カルドリの言葉を機にリーンは判断した。
話題がずれてきた。
もう、セレナのことはこれ以上出てこないな。
シエラディト伯のことをもう少し聞くべきか。
そう迷っていたとき、それまで黙って聞いていたトゥルーシナが尋ねた。
「それで、なぜ、おかあさまはフォールシナの行方や安否を知ることができたのですか」




