四阿の三人_3
ところが、そんな心の隙に気づかれたのかもしれない。
カルドリが踏み込んで聞いてきた。
「それで、尋ね人は見つかったか」
「いえ。ただ、そういう人を見たという人物が現れまして」
思わずそう答えた後、リーンは一瞬、しまった、という表情をしてしまう。
いえ、と否定したあとの言葉は、本来は言うつもりのない言葉だった、
尋ね人はいない、で話を終わらせるつもりだったのに。
なんとか気持ちを立て直す。
だがカルドリは容赦しない。
「ほう、それで」
もうこれ以上は逃げられない。
リーンは覚悟を決めた。
ある程度のことを話さなければ、カルドリ帝は納得しないだろう。
けれど、それでもやはり、トゥルーシナにはなるべくなら知られたくない。
リーンは、カルドリがおふれの中身について知っていることを前提にし、必要以上のことを明らかにせず、ぼかしたままで押し通そうとした。
カルドリも最小限の情報しか出さずに話を進めてくる。
ところがそこにトゥルーシナが
「おとうさま、リーンさま。私に聞くべきとおっしゃったのに、私を置き去りにしてお話を進めるのはいかがなものでしょうか」
と口をとがらせて、やや強い口調で割って入った。
リーンはカルドリと顔を見合わせた。
「確かにそうだな、トゥルーが怒るのも無理ない」
カルドリがトゥルーシナを頼もしそうに見て応じた。
「怒ってなんかいません。でも、そもそも、どんなおふれだったのかを教えてくださっても」
そこでとうとうリーンは観念した。
おふれの中身とその顛末は、ある程度は詳らかにせざるを得ないだろう。
「うなじから右肩にかけてケロイド状の青い傷のある者やそういう者を見知っている者は名乗り出よ、というおふれだったのです。バルトリスによれば、今の局面を打開する鍵はこの国のどこかにいる青い傷という特徴を持つ人物だということでした。それで、とにかくその人物を見つけようと」
「先ほどのお話からすると、そういう人は見つからなかったというわけですね」
トゥルーシナはさらっと流す。
まだ自分のこととして考えていないのかもしれない。
リーンはカルドリの顔をやや上目遣いに見た。
しかし、まだ彼の真意は読めない。
ただ、一瞬、なんとも寂しそうな辛そうな表情になった。
どこに反応してそんな顔をしたのかはわからない、
カルドリ帝と自分が直に話すことは必ずしも多いわけではなかった。
それでも、カルドリ帝のイメージとはそぐわない、自分が今まで見たことのないような表情だった。
「で、そういう人を見たという人物とはどういう方ですの。リーンさまもお会いになりましたか」
一方でトゥルーシナが聞いてきた。
うっ、トゥルーシナも容赦がない。
さすが親子だ。
緊迫した場面なのに妙なところに感心しつつ、答えには詰まってしまった。
性別や年齢など形式的なことは言える。
でも、カルドリ帝はそれ以上の情報を求めてくるに決まっている。
が、真偽のほどはわからないにしろ、名乗り出た人物が話したことを誰が言えるだろうか。
カルドリ帝の命令でトゥルーシナの双子の妹を誘拐したなんて。
「それは」
と、リーンが言いあぐねて口ごもってしまったとき、カルドリの侍従がやってきた。
先ほどから声をかける間合いを見計らっていたようだ。
必ずしも話が切れたわけではないが、言いたくないことを言う羽目になりかけたリーンにとっては、都合がよかった。
これで話題が変わるだろう。
そんなリーンの思惑とは無関係に、侍従はカルドリにそっと耳打ちした。
「ああ、そのことならかまわぬ。ウィルドとハリヒに任せればよい」
カルドリが平然と返事をする。
そして侍従が去った後、少し不安そうにするトゥルーシナの目を見ながら
「この話が少し長引いているようでね。この後の予定について相談があった」
と、その不安を解くように口元を緩めて言った。
「おとうさま、お時間、本当に大丈夫ですの」
「なに、心配はいらぬ。皇太子たちがうまくやるだろうよ」
リーンは内心ほっとしていた。
おふれの話題から解放されたい。
そうだ、自分が話題の転換を主導しよう。
そう考え、実際におふれからカルドリのことに話題を振ろうとした。
それなのに、カルドリはリーンに向かって尋ねた。
「さっきの話だが、本当に青い傷のある人物は見つからなかったのだな」
しつこい、
リーンは半ば辟易しながら
「はい、見つかりませんでした」
と答えた後、
「いや、今のところはみつかっていません」
とカルドリの目を見ながら、言い直した。
刹那、彼の目に優しい色が宿ったように見えた。
「実は現在も、人を遣って探しています。人海戦術なので相当時間もかかりますが」
「でも、何を手掛かりにして探すのだ。青い傷があったとしても、服を着ていればわからないだろう」
カルドリは明らかにトゥルーシナを意識し、彼女の首元を覆う襟に目を遣りながら、畳みかける。
「年齢や性別、髪の毛や瞳の色は聞いています」
リーンは限界を感じていた。
トゥルーシナが傷つくかもしれない。
けれど、これ以上隠し通すことはできないだろう。
半ばやけくそになって続けた。
「年は十八歳、女性で、ピンクブロンドで翡翠色の瞳です」
ガタン。
一拍置いてトゥルーシナが立ち上がりかけた。
「それって私と同じ」
「トゥルー」
カルドリはその行為を制止するにはやさしすぎる声で彼女の名を呼んだ。
「うなじから右肩にかけて青い傷のある、ピンクブロンドに翡翠色の瞳の十八歳の女性」
テーブルに手をかけたまま呪文のように呟いたトゥルーシナの肩を、カルドリは今度は立ち上がって労わるように軽くポンポンと叩いた。
そしてリーンの顔を窺うように問う。
「リーン殿、その情報はどこから」
リーンもトゥルーシナのことが気にかかってしょうがない。
けれど、きっと今の自分にできる最善のことは、自分の知っていることを話すことだ。
確かめなくてはならないこともある。
大きく息を吸ってから、一息で言った。
「青い傷のある人物を知っていると名乗り出た人物からです。陛下はセレナという女性をご存知でしょうか」
「ああ」
と短く頷いた。
まるで初めからわかっていたように。
そしてカルドリは大きく息を吐いた。
「今から話すことは、今となってはもう私以外誰も知らないことがほとんどだ。トゥルーシナも一部しか知らない重大な秘密もあるが、リーン殿には明かそう」




