四阿の三人_2
カルドリの冷たい声にリーンは一瞬肩を震わせる。
ここで「おふれ」という言葉がカルドリから発せられたことに内心ひどく驚いた。
カルドリ帝はどこまでご存知なのか。
確かに、おふれのあと名乗り出てきた女、ハニウェル夫人の口からはカルドリ帝の名もトゥルーシナの名も出てきた。
やはり、カルドリ帝は何か隠しているのだろうか。
そう思っていると、トゥルーシナの邪気のない声が響く。
「おとうさま、おふれって、なんですの」
おそらく、唐突な話題に少し驚いて尋ねたのだ。
無理もないことだ。
先ほどまでトゥルーシナの痣の話をしていたのだから。
リーンはトゥルーシナを一瞬見てから、再びカルドリに視線を移した。
しかしカルドリは彼女の問いには答えず、なおもリーンを質す。
「人探しのおふれを、貴殿が即位して二か月目に出されたであろう」
カルドリの強い調子に、リーンがたじろぐ。
どうしてカルドリ帝は、まさに今、そんなことを言い出したのか。
ルトリケのおふれそのものがカラチロに何か影響を与えるわけでもあるまいし。
それともやはり、ハニウェル夫人の話したことは事実なのか。
そっとトゥルーシナを窺う。
カルドリと自分のただならぬようすに、リーンにはトゥルーシナが少し緊張しているように見えた。
だが、どう言っていいのか、わからない。
リーンが少し迷っていると、トゥルーシナがカルドリに向かって遠慮がちに口を挟んだ。
「おとうさま。これからなさろうとする話は、私が伺ってもよいことでしょうか。必要でしたら、席を外します」
リーンもカルドリをまっすぐ見た。
カルドリは目を見開いて沈黙している。
リーンはこの後カルドリの問いに対してどう答えていくべきか逡巡した。
彼の様子からすると、中途半端にしらを切ったところで、結局はすべて吐くことになるだろう。
しかしおふれの内容となれば、トゥルーシナにとっては双子の妹にあたるフォールシナの話も当然出てくるにちがいない。
それにハニウェル夫人の話ではフォールシナを連れ去ったのはカルドリ帝の命によるのだ。
その真偽はともかく、話題だけでも、彼にとっては良い気持ちがするはずがない。
トゥルーシナにすれば、刺激的で衝撃的な話になる可能性がひじょうに高い。
彼女に聞かせてもよいものだろうか。
リーンはカルドリがトゥルーシナの離席を許すことを願った。
しかし、
「いや、いなさい。もうトゥルーも大人だ。聞いておいたほうが、いや、聞いておくべきことだろう」
と、カルドリはトゥルーシナの肩に手を伸ばすようにして引き留めた。
そしてリーンに向かって再び問う。
「なぜ、あんなおふれを出したのかな。何か、ご存知のことでもおありだったか」
リーンは、トゥルーシナの前でまるで尋問されているような気持ちになっていた。
これは、逃げられない。
おふれを出した理由。
自分の知っていたこと?
おふれを出すにあたって自分の知っていたことはなかった。
おふれはバルトリスの夢見によるものだ。
だが、とリーンはここまでの話の流れを振り返る。
先ほどのトゥルーシナの傷の話と、おふれの話。
何かカルドリ帝の気に障ることがあるのか。
あるとすればどこか。
ふと、バルトリスに問いかけた自分の言葉を思い出す。
『バルトリス、そなたの夢見の人物は双子だった。双子の姉のトゥルーシナ姫に青い傷のある可能性はあると思うか』
夢見の人物のうなじから右肩への傷(いややはり青痣なのかもしれないが)とトゥルーシナの首筋から左胸にかけての青痣。
もしかしたら、カルドリ帝はなにか自分のことで疑っていることがあるのかもしれない。
思い当たるふしがないこともない。
そう思ったまま黙り込んだリーンに、カルドリは重ねて問うた。
「まず目的を聞いてもよいだろうか」
どうしてそんなことを話す必要があるのだというひねくれた気持ちと、疑われているのなら晴らさなくてはならないという気持ちをないまぜにしながらも、リーンはようやく答えた。
「発案したのは、バルトリスという私の抱える魔術師です」
「バルトリス殿?ああ、リーン殿と一緒に見えられた…。それで、どういった経緯で」
カルドリが容赦なく畳みかける。
やはり、カラチロとの関連からおふれを出したのだと思われているのか。
いや、カラチロは無関係だ。
バルトリスの夢見は純粋なもの。
カラチロなど関係なかった。
なら、答えは決まっている。
事実をそのままいえばいいのだ。
リーンの気持ちは、疑われているのなら晴らそうというほうに一気に傾いた。
包み隠さずに話す。
「彼が占いを行いました。国民の生活の荒みや民衆の間に流れる王への不信といった現在の局面を打開するすべがないのかという目的です」
国情の不安定なことや民の自分への不信を、疑いを晴らすためとはいえ、婚約者の前で披露せざるを得なくなってしまった。
みっともない。
渋い顔をするリーンに、カルドリがカラカラと豪快に笑いだした。
「いやなに、リーン殿にしては、ちょっと毛色の変わった策だと思ってな。そういういきさつと目的と言うのであれば、別に」
「はぁ」
カルドリ帝の言葉は真意かどうかわからない。
そう受け取りながらも、リーンの返事は自然と気の抜けたようなものになった。
実際、張り詰めていたものが切れたような気持ちではあった。
「まあ、私ならそんな悪手は打たないだろうがね」
「っ」
悔しいが、確かにそれはそうだろう、でも。
リーンはカルドリの手腕と即位した当時の自分の状況とを思い出して、少しばかり反発した。
同時に油断もあったのだろう。




