四阿の三人_1
「おとうさま!」
と叫んで、駆け出すトゥルーシナの背中を見ながら、リーンは先ほどのトゥルーシナの告白のことを考えていた。
あの告白を聞くまでは、ぎこちなくもあったがだんだんと幸せな気持ちになっていた。
そばにいるだけで温かい気持ちになるということは本当にあるんだな。
以前に顔を合わせていたときも、もしかしたら、こんな気持ちだったのかもしrない。
けれど、ずっと忘れていた。
トゥルーシナのいない三年間、リーンにあったのはただ喪失感だけだったのだ。
トゥルーシナに触れたい。
だから彼女から四阿のことを聞いたとき
四阿に着けば、もっとトゥルーシナと仲良くなれるのではないか。
そんなふうにも期待していた。
ところが、今しがた、トゥルーシナからは衝撃ともいえる告白をされた。
しかも、四阿にはすでに先客が待っていて、リーンの思惑を吹き飛ばしてしまった。
「からだに醜い痣がある」
それがどうしたというのだ。
何度もわきあがってくるくる負の気持ちを払いのけながら、トゥルーシナの後を追う。
もう一度トゥルーシナが
「おとうさま」
と呼びかけた。
カルドリ帝は目を細めて
「うむ、来たか」
と応じた。
トゥルーシナも微笑む。
「実は今、ちょうどリーンさまにお話ししたところです」
「そうか」
と皇帝は短く答える。
リーンは困惑した。
話?
今話されたのは、トゥルーシナにあるという痣の話だ。
その話のことだろうか。
ではトゥルーシナがその話をしたのは、カルドリ帝の意思だったのだろうか。
二人のやり取りの意味は分からない。
私は何か試されているのか。
だが、だからといって、とリーンは心の中で叫んだ。
醜い痣があるからといって、私が彼女を嫌いになるというのか。
それはあり得ない。
どんな姿かたちであっても、トゥルーシナはトゥルーシナだ。
そして、二人の様子に戸惑いながらも最低限の礼は尽くせねば、と挨拶をした。
「二人とも、そこにかけなさい」
四阿の中央に置かれた円卓にはすでにさまざまな料理が置かれていた。
カルドリが上機嫌で言う。
「早朝の散策で、腹も減ったであろう。天気もいいし、ここで朝食を摂りながら、少し話そう」
「それでは、いただきます」
勧められてリーンがつまんだサンドイッチには、カラチロ名産のローストビーフや野菜がたっぷりと
挟み込まれていた。
トゥルーシナも
「これ、私のお気に入りなの」
と口に入れた。
和やかな雰囲気で世間話をしながらひととおり料理を堪能したあとで、カルドリが口調を変えた。
先ほどとは打って変わって、厳しさすら感じさせる表情だ。
本題に入るのだろう。
「リーン殿、先ほどトゥルーから聞いたと思うが」
痣のことだろうと見当をつけつつ何を言われるのかと、思わず知らずリーンは身構えた。
「トゥルーには」
カルドリ帝の話をトゥルーシナが遮る。
「おとうさま」
きっぱりとした口調だった。
「私からお話します。私のからだのことですので」
それで、リーンにも先ほどの痣の話だと確信した。
トゥルーシナは右の鎖骨のあたりを左手でそっと押さえる。
「リーンさま。私には生まれた時から、首筋から左胸にかけて大きく盛り上がった青痣があります」
「首筋から左胸、ですか」
リーンは思わず、トゥルーシナの左手が添えられた場所を見た。
「そうです。大きな傷のようなものです。私自身はそれを醜いとも恥ずかしいとも思っていません。でも、リーンさまがどうお思いになるかしらと」
そういって顔を伏せる。
リーンは視線を彼女の左手に留めたまま黙り込んだ。
ここまでの展開に戸惑い、混乱していたのだ。
朝起きた時は、二人で親睦を深めるつもりでいた。
そして途中までは、間違いなく深められると思っていた。
ところが四阿には皇帝が待っていて、しかもつい先ほど聞かされたばかりの傷について、いきなり意見を求められてしまったのだ。
正直、先ほど話に出た「醜い痣」がそんな大きなものだとは思っていなかった。
どう思うか、と言われても、本当のところは、実際に目にしてみないとわからない。
リーンはそんなふうに思い至って、逆に少し冷静になった。
いや、たとえ見たとして、それが本当に醜いものだとして、それのせいでトゥルーシナに嫌気がさすことがあるだろうか。
トゥルーシナは少しだけ顔を上げてリーンのほうを見た。
そして、リーンの視線が自分の左手に釘付けになっているのに気づいたようだ。
「リーンさま、ご覧になりたいですか」
「っ、と、とんでもありません」
「トゥルーシナ、さすがに」
リーンが否定し、カルドリが咎めて、トゥルーシナを止めようとする。
そして、トゥルーシナの指先がためらいがちに首元に移動する前に、慌ててリーンが叫んだ。
「どんな姿かたちであろうと、トゥルーシナ姫はトゥルーシナ姫です。私の愛に変わりはありません」
先ほど自分に言い聞かせた言葉が思わず知らず、口から出てしまったのだ。
決して普段の私らしい態度ではなかったのだが。
トゥルーシナがはっとしたように顔を上げて、目を瞬かせる。
ああ、そうだ。
この笑顔。
リーンはさっきまで自分に燻っていた負の感情が払拭されたのを感じた。
リーンはトゥルーシナにそっと微笑んだあと、カルドリを見た。
ところが冷めた顔のカルドリが口にしたのは、リーンの言葉とは全く関係のない内容だった。
「さてリーン殿はなぜ、あんなおふれを出したのかな」




