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[完結]王と青龍を抱く乙女  作者: 文近成季
第一部 第一章
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王弟と王

執務室で、リーンの隣にアンリが並ぶ。


二人だけしかいないなのに、アンリがリーンにわざわざ耳打ちした。


「ハニウェル夫人が夜、人目を避けて部屋を出ているのを目撃している召使いが何人かいます」


「なんだと。本当か」


「本来なら、もう少し早くお知らせするべきでしたが、確証がなく」


「いや、ある意味、仕方なかろう。さっきはバルトリスもいたし、変な先入観を与えるわけにはいかないからな」


「ナイジェルには僕のほうから話しておきます」


「そうだな、あいつは知っているほうがよいだろう。それで、部屋を出て何をしているのか、つかんでいるのか」


「昨日は護衛に後をつけさせました。城の中を探っていたのではないかと」


「ふむ。そうだとしたら、彼女にできることはまずないな。どこに何があるか、などほとんどわからないのではないか。確かに今日で五日になる。だがこの五日間、日中は部屋から出していない。窓から見えるものも、あの部屋からなら知れている。そもそも夫人のいる東館は、ああいう客間が中心だ。知られて困るような隠し扉も、隠し通路もない」


「確かに、おっしゃる通りです」


「いや、でも、ありがとう。彼女がそういう動きをしているということがわかっただけでも収穫だ。彼女の目的が何かはわれわれの知りたいことの一つだからな」


リーンから礼を言われて、アンリの顔がほころんだ。


「微力ですが、お役に立てれば」


「何を言う。私がカラチロに行っている間、アンリには私の名代として、やってもらわなくてはいけないことも多い。頼りにしている。頼むぞ」


アンリはリーンをこの上なく尊敬している。


その兄から頼りにしていると言われて、うれしくないはずがない。


リーンのカラチロ行きに同行するのは騎士のマキシムと魔術師のバルトリス、そして後見人として祖父キーツの時代に力を持っていたアルファス公爵。


一方、王の不在の間をアンリとナイジェルが守ることになっていた。


「お任せください、なんて、言うのもおこがましいですが、精一杯頑張ります」


「うむ」


話が一区切りついたところで、アンリは姿勢を正した。


「兄上、ご結婚、心からお祝い申し上げます」


「なんだ、藪から棒に」


アンリはリーンのしかめっ面を見て、ゆっくりと微笑んだ。


「お祝いを申し上げるのが、少し、遅くなりました。本当によかったですね」


「ああ」


少し表情を柔らかくした兄を見て、アンリの心も和らぐ。


うれしいことをうれしいと素直に言えないのが、兄上の長年しみついたさがなのだ。


喜びだけではない、悲しみも辛さも憎しみも。


兄上は第一子だったゆえに、皆から本当の感情を外に出すことを戒められてきた。


だから、誰かに微笑むことはあっても、それは作り笑いだ。


必要だから、笑い、必要だから、辛そうな顔をする。


それが、比較的自由に育てられた自分との大きな違いのひとつだ。


アンリは、人からはよく冷静で論理的だとか、客観的に判断すると称賛される。


でもアンリからすれば、それは一面的な評価だ。


今回のおふれの件一つとっても、敬愛するカルドリのことになるとつい興奮して、感情的になってし

まった。


本来は喜怒哀楽の激しい人間だ、そうアンリは自覚している。


「どうした」


リーンの目が笑っている。


兄の目に宿った久しぶりの穏やかな色にアンリは温かいものを感じた。


アンリは先ほどまでの思いをごまかす。


「いえ、結婚してしまわれると、今までのようには普段は接することができないのかと」


「何を言う。アンリはただ一人の兄弟だ。屈託なくものを言い合えるのはこれからもお前だけだぞ」


そうだ、そういうふうに言って、兄はいつも自分のことを守ってくれていた。


幼いころ、祖父とともに兄弟二人で、辺境の地に身分を明かさずに滞在していた。


たったひと月の滞在だったが、周囲にいる同年代の子どもたちとそれなりに仲良くなった。


いや、仲良くなったつもりだった。


けれど実際は、年齢も一番下で、非力、体格も劣るアンリを標的にするいじめだった。


でも、必ず、どこからか兄上がとんできて、自分を助けてくれた。


それで、いつか自分も兄上のようになりたいといつも思うようになった。


目の前にいなくても、困った時には必ず助けとなる存在。


気持ちがそのまま言葉になってしまう。


「兄上、今更ですが、ずっと兄上のことを尊敬しています。兄上ならきっと、今まで誰も成し遂げてこなかったことができると信じています」


「何を言う。今生の別れでもあるまいし。それに、これからやろうとすることは一人ではできることではない。みなの助けが必要だ。そしてその一番大きな力がお前なんだ、アンリ」


キーツが王に即位したばかりのときは、リーンとアンリのどちらを王太子にするかで貴族が割れていたこともあった。


誰の目にも、キーツ王の時代は長くは続かないように見えたのだろう。


キーツ王の次をめぐってリーンにつくものとアンリにつくものが反目しあったのだ。


しかし、キーツが失政のために一部貴族の傀儡となると、勢力争いの真っただ中にいる自分たちにとっては、むしろそのままのほうが御しやすくなった。


それで、政治の中枢で後継者についてあれこれ言う貴族はいなくなったのだ。


さらに、リーンとアンリの仲が裂きようもないほどよかったこと、二人が側近らと力を合わせてキーツ王を退位させたことなどを通じて、王と補佐の役割分担が誰の目にもはっきりし、次第にそうした争い自体も鎮静化していた。


「兄上、兄上が出立される前に、一度、お爺様のところにご挨拶に行ってまいります」


「それはいい考えだ。お爺様なら、お前によいことをご指導くださるだろう」


「兄上のご結婚についても、お話してきます」


「確かに、それは大事だ。お爺様が調えてくださった縁談だった。アンリ、頼んだ」


一週間後、リーンらはカラチロに出発した。

いいね、ブクマ、いつも本当にありがとうございます。

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