王と花束_1
「ナイジェルはいつも、本当に思わぬことを仕掛けてくるな」
リーンはナイジェルの行動力に舌を巻く。
彼と側近たちは十日後に控えたカラチロ訪問の準備に追われていた。
「カラチロに挨拶に行ってもらいます」
とナイジェルが言ってきたのが数日前のこと。
あちらの国とはすでに話が進んでいるらしい。
「婚約の話も進んでいます。カルドリ帝に確認したところ、婚約に関する取り決めに変更はありませんでした。今回の縁組に消極的だった貴族も、婚約の続行の事実とカルドリ帝の意向を伝えたところ、ほとんど大部分が賛成に回っています」
さすがはナイジェル、仕事ができる。だが、
「陛下もトゥルーシナ姫の婚約者という自覚をもっとしっかり持ってください」
という言葉は耳に痛かった。
何度も何度も言われて、リーンは一昨日、ようやくトゥルーシナに手紙と花束を届けた。
手紙には長らく音信不通で彼女を不安にしたことへの謝罪とリーンにしては精一杯の愛の言葉を書き連ねている。
花束はスズランを基調にして、トゥルーシナの髪色を思い出す薄いピンクのバラをアレンジしてもらった。
その時はちょうど、フォールシナの探索について報告しにマキシムが来ていて
「へぇ、リーンにしては、ロマンチックで意外に気の利いたチョイスだね。いいじゃん」
と感心した。
若干失礼な言葉が混じっていたような気もするが、気がよく回る彼からのお墨付きに、リーンの口元は少し緩む。
リーンがスズランの花を選んだのには、理由があった。
スズランの良い香りはトゥルーシナと婚約した時を思い出させるのだ。
そしてスズランの花言葉、幸せの再来。
今度こそ、とリーンは思う。
彼女は覚えているだろうか。
十三年前のあの日のこと。
「リーンの婚約者となるトゥルーシナ皇女だよ」
そう言われて、彼女と引き合わされたときのことは今でもありありと思いだせる。
リーンは七歳、トゥルーシナは五歳だった。
トゥルーシナはカルドリ帝の腰のあたりをそっとつかみ、後ろに隠れるようにして立っていた。
その指先が少しだけ震えていた。
もっと小さなときに一度だけ出会って、ハンカチを渡してくれたことを彼女は覚えていないようだった。
駆け出すような元気な子だったのにな。
変わっちゃったのかな。
それなのに「トゥルーシナ姫、こんにちは」と挨拶したら、それまで震えていたのが嘘のように前に出て見事な淑女の礼をし、にっこりと微笑んだ。
そして
「トゥルー、リーン王子にお前の自慢のものを見せてさし上げなさい」
とカルドリ帝に言われると、ちょっとだけはにかみながらも、水を得た魚のように
「こっちよ、わたくしのだいすきなおはなをみせてさしあげますわ」
と駆け出した。
あっ、やっぱり同じだ。
あの子だ。
あの、ハンカチのお姫さま。
長く垂らした柔らかそうなピンクブロンドを見失わないように、リーンも走り出すしかない。
もちろんすぐに追いついたけれど、初めて来たよその国であるカラチロで、こんなに自由だと思ったことは初めてだった。
「ここです」
トゥルーシナは目的の場所に着くと、ドレスの翻るのもかまわずにくるりと一回りした。
そして満面の笑みで
「みてくださいませ、このおはなたち。すずらんのおはな。わたしのだいすきなおはなです。だいじにだいじにしていますの」
と言って、見せてくれた一面のスズラン。
花の白を背にたつ彼女もまた、そこに咲く愛らしい花に見えた。
「ほんとうにきれいだ」
思わず感嘆を漏らしてしまう。
「メリー、おねがい」
侍女に目配せをして、トゥルーシナがリーンに手渡したのはスズランの花束だ。
青みがかった銀色の薄紙に包まれ、金色のリボンが結ばれていた。




