皇女、皇帝に呼ばれる_2
トゥルーシナはしまったという顔をした。
私の価値、という言葉が、何か違うように思ったからだ。
けれどカルドリはそこには反応せずに言う。
「トゥルーには、龍痕があるよね」
「りゅうこん?」
「そう、トゥルーの首から左胸にかけての…」
「ああ、この痣のようなものですね。これはりゅうこんというのですか」
トゥルーシナは、自分の胸元に手を当てて、こともなげに言った。
幼いころからカルドリに隠すようにと言われて、首の詰まった服を着ている。
秘密を知っているのはあとは侍女のメリーだけだ。
確かに青く盛り上がった皮膚を見て、もしもこれがなかったら、と思ったことは何度もある。
これのせいで、胸元の開いたドレスは着られないし。
ただ、それを醜いとか恥ずべきものだと思ったことは、生まれてから一度もなかった。
「龍痕というのは、つまり、龍の痕跡と言うことだよ。トゥルーのかあさまの血筋には龍神が関わっていてね。トゥルーのその痣のようなものは、トゥルーが青龍様から力を賜ったしるしなんだそうだよ」
トゥルーシナはひどく驚いた。
この痣、というか、龍痕にそんな意味があったなんて。
思わずそっと首筋から左胸をなぞった。
「その龍痕は、婚儀によって、相手に恩寵をもたらすものなのだよ。だから、結婚するかしないか、結婚するなら誰とかというのは、とても重大な問題なんだよ」
カルドリの話はさらに衝撃的なものだった。
「おとうさまはそれをご存知の上で、リーンさまに嫁ぐようにとおっしゃるのですね。おとうさまは、リーンさまに私の力を渡すべきだとお考えなのですね」
「そうだよ。やはり、トゥルーは聡いね」
トゥルーシナは一瞬だけカルドリのほめ言葉に喜んだが、父の本心を訝った。
「ほんとうにリーンさまなのですね」
「トゥルー、私がリーン殿を選んだ理由は先に話した通りだ。だけどさっきも言ったとおり、相手のあることだから、二人でよく話し合いなさい。できればリーン殿を好きになれるといいね。そうでなくても心から信頼しあえる相手に」
そして、一呼吸おいてから、言った。
「急な話だが、二週間後に即位のあいさつも兼ねて、こちらにやってくるそうだから」
トゥルーシナは耳を疑う。
なんですって、二週間後?
というか今の話だと結婚前提のような。
どうしてかわからないけど、すごく困る。
会いたくないわけでは決してなくて…
でもやっとのことで気を取り直し、これだけは確かめておかなくてはと思うことを尋ねた。
「それは、龍痕の話もしていいということですか」
「うーん、それは、トゥルーが話してもいいと思ったらね。自分から話すかどうかは、自分で判断しなさい」
それってどういうこと?
私が言わなくてもおとうさまがお話をなさるってことかしら。
部屋に戻ったトゥルーシナはひどく混乱していた。
今日は情報が多すぎた。
いつものように、家庭教師に勉強を教わっているほうがずっと平常心を保てる。
そもそも婚約って、何。
今も続いていたって本当なの?
いつの間にか、自分は誰とも結婚はしないのだと思い込んでいた。
トゥルーシナはベッドの上で足をバタバタさせた。
もうどうしたらいいの。
それに二週間後にいらっしゃるですって。
カルドリがトゥルーシナから貴族令息を遠ざけたせいで、リーン以外の若い男性とはほとんど話したことがない。
そのリーンだって、会う機会じたいが少なかったし、最後に会ったのは何年も前だ。
今更どんな顔をしてあの人と会えばいいのかしら。
そりゃあ、リーンさまはすらっとしていて、お顔が小さくて。
目鼻立ちがくっきりしていて、凛々しいのに、柔らかく微笑んで。
青みを帯びた銀色の少し長めの髪がなびくのもすてき。
それだけじゃないわ。
ほんの少し話しただけでも、聡明で誠実な方だとわかった。
それに、いつだったか、自分の望みや思うことを話し合ったとき、心が震えるほど共感した。
でも。
トゥルーシナには、正直なところ自分の気持ちがわからなくなっていた。
好きか嫌いかと問われれば、もちろん好きだ。
嫁ぎませんとは言ったが、それは、これまでずっと音沙汰なく放っておかれた、宙ぶらりんの自分の矜持を保つための言葉だった。
好きは好き。
政略結婚ということもわかる。
そして龍痕のこと。
おとうさまは恩寵だとおっしゃったけど、人によっては気味が悪いと思うかもしれない。
私は気にしていない。
むしろ、これは私の一部だもの。
それにおかあさまの血を受け継いでいることの証ならなおさら。
けど、リーンさまは、こんな痣のあるからだをご覧になったらどう思うかしら。
触れてくださるかしら。
いいえ、これが理由で、私のことを嫌うのなら、こっちからお断りよ!
トゥルーシナは何度も何度も同じことを考える。
考えても考えても答えは見つからなかった。
いいね、ブクマ、ありがとうございます!
励みになります。




