皇女、皇帝に呼ばれる_1
トゥルーシナはカルドリ帝に自室に呼ばれた。
「おとうさま、お呼びでしょうか」
「最後に婚約者と会ったのはいつだ」
カルドリ帝に唐突に尋ねられる。
「えっ」
トゥルーシナは口籠った。
婚約者というのは、隣国のリーン殿下のことよね。
あっ、今は王様になっていらっしゃるんだっけ。
あの人と私ってまだ婚約してたんだ。
唖然とする。
何よ、会うどころか、もう三年以上、手紙もよこしてないじゃない。
友だちのフィアナが婚約者のことで騒いでいたのを思い出す。
伯爵令嬢のフィアナには侯爵家の次男の婚約者がいる。
いつもさまざまな贈りものをし、いろいろな場所に連れて行ってくれると言う。
昨日も確か、一緒に今流行りのお芝居を見に行って、ヒロインの髪飾りと同じものをプレゼントしてもらったという話を聞かされたばかりだ。
婚約者というのはそういうものだと思っていたから、自分が婚約していたことをすっかり忘れていた。
それに、今は大好きな二人のお兄さまの役に立ちたい気持ちのほうが強い。
学ぶのも好き。
だから、この国のことや近隣諸国のことをこの三年間は特にみっちり勉強したのだ。
公爵家に嫁いだお姉さまのことも大好き。
またご一緒に演奏したくて、一生懸命楽器の練習もしている。
もちろん、結婚が政略的なものだってことは十二分にわかってる。
それに、私も十八歳だ。
この国では結婚して、子どもが生まれていてもおかしくない年齢。
現にお姉さまには愛らしい双子、私にとってはかわいい甥と姪がいる。
でも。
この国でお兄さまやお姉さまの近くでいたい。
しばし沈黙したのち、トゥルーシナはきっぱりと言った。
「私、今更、隣国へなんか嫁ぎたくありません。リーン殿下とはもうずっとお会いしていませんし」
「ぷはっ」
カルドリ帝は、相好を崩して笑いだしてしまった。
「なんなら、どこにも嫁ぎません。おとうさまやお兄さまたちのそばにいたいの」
「そりゃあいい。私もトゥルーにはずっとそばにいてほしいと思っているんだよ」
「それなら」
とトゥルーシナは身を乗り出し、声を弾ませる。
「でもね、昔執り行った結婚の約束はまだ生きているんだよ」
「っ、ではなぜ、私は三年もの間放っておかれているのですかっ」
婚約したことなど忘れていたくらいだから、ついさっきまで何とも思っていなかった。
けれど、考えているうちになんだか無性に腹が立ってきた。
「トゥルーが怒るのも無理はない。実は、三年前にルトリケの国王が交代してリーン殿下の父君になったときにね、彼が一方的に約束の反故を言い渡してきてね」
「そんなっ。それならやはり、向こうに非があります。私、嫁ぎません」
カルドリは苦笑する。
「聞きなさい、トゥルー。その時、こちらからは何も返事をしていないから、婚約は存続しているんだよ」
「そんなっ。おとうさま、なぜ」
トゥルーシナはカルドリ帝から、ここまでのいきさつと四国の和平など、リーンと結婚することについての意味を説明された。
「だから、ねっ、トゥルー、トゥルーがリーン王と結婚するということも、この国にとっても、四国にとっても、重要な、とても意味のあることなんだよ。もちろん、トゥルーがどうしてもいやだって言うなら、無理強いはしないけど」
と優しく諭す。
何よ、無理強いはしないって言いつつ、しっかりと外堀を埋めてきてるじゃないの!
どうやらリーンとの結婚は避けられないと、トゥルーシナは観念し始めた。
「さっきも言ったけど、トゥルーにそばにいてほしいのは山々だ。本当だよ。だけど、これは相手のあることなんだよ。まずは相手とよく話して、解決するべきだよ」
「お話しする機会なんて、あるのですか。もう何年も顔を見ることはもちろん、お手紙ももらっていないのに」
トゥルーシナは、さっきまでの「嫁ぎません」の一点張りから、ほんの少しだけ態度を軟化させた。
カルドリにも伝わったのだろう。やや安心したような表情になった。
「それにね、トゥルーが結婚するかしないか、結婚するなら、誰に嫁ぐかということは、とても大きな問題なんだ」
とても大きな問題って。
トゥルーシナは驚いた。
えっ?何か今からすごく大事なことを言われるような気がするんだけど。
「おとうさま、それはどういうことですか。皇帝の未婚の皇女という以外に、私の価値が何かあるのですか」




