執務室にて_2
ナイジェルがいったん話を切ったところで、アンリが珍しく少し興奮しながら言う。
「っ、はっ、皇帝の寵愛している側妃の出産を見守る侍女がたった一人ですって、そんなことがありますか。それに、双子の出産を医師だって知っているのに、その医師はどうなったんだ。突然いなくなったことに説明がつかない。ちょっと話に穴がありすぎますね。怪しすぎる。あと、バルトリスとの話では、皇帝がハニウェル夫人に命じたのは、カラチロ以外の血筋だったからだって言っていたよね。でも今のだと、それとは無関係だし。それに、皇帝がカラチロ以外の血筋を問題としているのなら、大事にしている側妃の出産にその侍女をつける理由がわからない。まあそれらを抜きにしても、カルドリ帝がそもそもそういうことをする人物だとはとても思えません」
「私には夫人の話のほうが疑わしい」
と、夫人の言葉を信じて疑わないバルトリスを一瞥した。
リーンが
「だな。それに加えて、夫人の目的は明らかにしたいところだ」
と頷き、尋ねた。
「夫人の血筋にカラチロ以外の者がいるという点については、何か言っていたか」
「いえ、それについては、詳しい話はしたがりませんでした。ただ、西部に遠縁がいるという先ほどの話を振ると、テリクと何かしらの関係があるようなことを言っていましたが」
「カラチロの事情と、夫人のルーツですね。何かしらの因縁があったのかな」
マキシムが言うと、リーンはため息をつきながら言う。
「相手がカルドリ帝でなければ、聞いてわかることならすぐにでも事情を聞くのだが。こればかりはムリだ。立場的にもそうだが、そもそも、双子や傷のことから話さなくてはならないし、ここはまず外堀を少しずつでも埋めていくしかない。例えば、カラチロで双子が伝統的に忌避されているというのは本当か。これは比較的簡単にわかるだろう。それから、トゥルーシナの出産時の侍女や医師の配置、セレナという侍女が実在したのか、したとするなら、その素性」
「そういう意味でも、彼女がこの城にとどまることを希望してくれたのはこちらにとっても助かります。安全を保障するというより、監視する意味合いが強くなってしまうけど」
リーンとアンリの会話と監視という言葉に、バルトリスは、まだ信じられないという表情で呆然としていた。
「いくらなんでも、疑いすぎでは、どうしてそこまで」
それでマキシムがいたわるようにバルトリスの肩を軽くポンポンとたたきながら、
「ともかく、優先するべきは、フォールシナ様の保護ですね」
と話題をそらす。リーンが
「そのことだが、マキシムはまず、ハニウェル夫人が七年前にフォールシナ様を見かけたという教会を特定してくれ。夫人ははっきりとした時期や場所や名称は言わなかったようだが」
と指示した。マキシムは
「まず、国中の教会を当たり、十数年前のできごとを知っていそうな人を探してみます。
でも、そういう人なら、おふれの人物についての情報も持ち合わせているだろうから、名乗り出てもおかしくないのではないかと思いますがね」
と応じた。ナイジェルは軽く頷いて
「まあ、それはともかくとして、何にしろ、彼女の話は全て精査が必要です。フォールシナ姫が本当にいたのかどうか、そんな教会がそもそも存在するのか。それに、彼女の血筋も、出奔したといういきさつも、出奔してからの経緯も。さらに言えば名前も」
とうっすらと微笑む。
「ちなみに、今になってなぜ名乗り出たのかを聞くと、バルトリスの聴取の時と同じく、罪の意識に苛まれたからだと言っていました。おふれを見てこれ以上、自分で背負うことはできないと」
「このまま帰路につけないほど身の危険を感じているのに、ですか?彼女の今の暮らしが脅かされるかもしれないのに?もし本当なら、彼女一人の問題ではなく、一族にも及びますよ。男爵は知らなかったとはいえ」
とアンリが気色ばむ。
「そう。もし本当ならね。ですから、精査が必要です。男爵が知らなかったのかについてもそうです。いや、そもそも、男爵と関係があるのかも。時間は少しかかるでしょうが。まあ、調べればすぐわかるようなことを偽るとは思えませんが」
とナイジェルはもう一度繰り返した。
「わかった。それについてはナイジェルのほうで調べてくれ。マキシムは騎士団のほうにも手を回して、フォールシナ姫の行方を捜してほしい。夫人には城から早く退いてほしい気持ちもあるのだが、しかたない。何らかのことが判明するまでは城に留め置くことになるだろう」
リーンの言葉に頷いて、二人は出て行った。
バルトリスは青ざめたままだ。痛ましいと思い、リーンは夢見の話をしてねぎらおうとした。
「バルトリス、そなたの夢見は今回も確かだったようだな」
「っ、でも、ナイジェルは」
「いや、フォールシナ姫はいる。それは確かだと思う。ナイジェルもほかの皆もそれは疑っていない。あのおふれの記述だけで、そんなところまで偽ってここに来ようとするとは思えない。あれには処遇のことは書いていないのだから」
バルトリスが少しほっとしたような顔をして一礼をし、ゆっくりと退室しようとする。
その時、言うつもりのなかった言葉が思わずリーンの口から溢れ出てしまった。
「バルトリス、そなたの夢見の人物は双子だった。双子の姉のトゥルーシナ姫に青い傷のある可能性はあると思うか」
バルトリスが虚を突かれたように顔を上げる。
アンリも目を見開いてリーンを見つめた。
けれど、今となっては誰にも確かめようがない。
それに、知っているかもしれないハニウェル夫人に聞いたところで、本当のことを言うかどうかはわからないのだ。
思い出の中のトゥルーシナはいつも屈託のない笑顔だった。
記憶を懸命にたどる。
笑顔の下はいつも首元まできっちり覆われていたように思った。




