執務室にて_1
ぼんやりとトゥルーシナと初めて会った日のことを回想しながら歩いていると、自然と執務室の前まで来ていた。
「習慣というのは恐ろしいな」
と苦笑しながらドアを押す。
「さてナイジェルはどんな話を持ってくるか」
今はナイジェルがハニウェル夫人の話を聞いているはずだ。
リーンの関心は、青い傷のある人物よりも、夫人のほうに向き始めていた。
青い傷のある人物が実在するというのは本当だろう。
そしてそれが、トゥルーシナの双子の妹というのであれば、彼女の名前を出してきたのもそれほど唐突なものでもない。
しかし、
と、先ほど隣で話を聞いていた時の、ハニウェル夫人の何とも形容しがたい雰囲気を思い出す。
彼女の話の内容それ自体は、バルトリスが同情するのも無理のない、傍で聞いていて辛い、悲しい身の上話だった。
それなのになぜ、胡散臭さ、噓臭さ、を感じてしまったのだろう。
夫人の言葉と行為の一つ一つを思い出してみる。
面と向かって間近で彼女の表情やしぐさを見ているバルトリスと、少しだけ離れたところから後ろ姿全体を見ていた自分たち。
表情やしぐさを目にしていないからこそ、見える、感じる何かがあった。
戦争に巻き込まれた村の視察に行った時のことを思い出す。
抱えきれない悲しみを持っている人々は隠そうとしてもからだ全体から本当の感情がにじみでていた。
けれど、どうだ。
彼女はそうではない。
決して疑いから始めるわけではないけれど。偽りであると決めつけてはいけないけれど。
ふいにノックの音がした。
扉がゆっくりと開き、ハニウェル夫人の聞き取りをしていたナイジェルがアンリとマキシム連れて執務室に戻ってきた。
二人はここに来るまでにナイジェルにいくつかの質問をし、彼から夫人の様子をいくばくか聞かされていたのかもしれない。
マキシムはともかく、冷静なアンリまでもが少なからず憤慨していた。
少し遅れてバルトリスも入ってくる。例によって静かに。
ナイジェルが事務的に話し始めた。
「ハニウェル夫人にひととおり話を聞きました。今は、城の一室に留め置いています。彼女は帰ることを希望しませんでした」
「ある意味、当然だろうな。理由は聞いたか?」
「はい。ただ、こわいとだけ。何かに怯えている様子です。詳しくは語りませんでしたが」
ナイジェルの言葉を受けて、最初に夫人の聞き取りをしたバルトリスが口をはさんだ。
「彼女は皇帝の命によって皇女を捨てたと言っています。この話がカラチロに漏れれば、と思うと、夫人が身の危険を感じるのも無理もありません」
「うーん、それとはちょっと違う気がしますがね。そんな、昔のことを怖がるというより、今、身に迫ってきているような怖がり方でしたね。きちんと話してくれれば、もっとうまく対処もできるんだけどなぁ」
ナイジェルの言葉を聞きながら、バルトリスは魔術師でありながらやはり素直でやさしい男なのだとリーンは思う。
「で、捨てられた皇女ですが、便宜上フォールシナ様と呼ばれていたそうです」
「便宜上とはどういうことだ」
「最初から捨てる赤ん坊に名づけはしなかったということのようです」
「えっほんとうに」
「それってひどくない?」
ここで止まっては話が進まないと、マキシムやアンリの反応を無視してナイジェルは続けた。
「やはり、フォールシナ様の容貌はトゥルーシナ様と瓜二つだったそうです。まあ生まれたばかりの赤ん坊ですからね。ここで瓜二つというのはつまり、ピンクブロンドの髪に翡翠色の瞳ということでいいようです。
次に夫人がフォールシナ様を連れ去った状況です。
夫人の話では、側妃は出産中に気を失ってしまったそうです。夫人によれば、かの国では双子は伝統的に忌避されており、生まれてきた姫君が双子であったことを知るのは、皇帝のほか、医師と当時側妃付きの侍女であったハニウェル夫人のみ。医師が別室で側妃の手当てをしている間に、皇帝がハニウェル夫人にフォールシナ様を排除することと、出奔を命じたそうです」
そう言って、ナイジェルはグラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。




