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[完結]王と青龍を抱く乙女  作者: 文近成季
第一部 第一章
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執務室まで(王の思い)_2

トゥルーシナの父であるカラチロ帝国皇帝カルドリは、先帝の穏やかな治世を受け継ぎながらも、徐々にではあるが国を富ませ、また、大国として周辺三国のバランスを考慮した外交を行っていた。


国民からも不満の声はほとんど聞かれず、先王の失政の影響の残るルトリケを治めるリーンが手本にしたいような君主である。


正妃マリエンヌとの間に二男一女があり、トゥルーシナは、側妃アリシアナとの間に生まれたただ一人の子どもである(少なくとも、ハニウェル夫人の告白を聞くまでは)。


トゥルーシナが二歳の時に亡くなったアリシアナは、マリエンヌの異母妹だった。


母親が違っているとはいえ、マリエンヌとアリシアナの姉妹仲はとてもよかったと言われていた。


また、マリエンヌもマリエンヌの皇子皇女も腹違いにあたるトゥルーシナを大変かわいがっていた。


そして、同じ男を姉妹で夫に持ちながら家庭が円満であるというのは、やはり夫たる皇帝の人柄によるのだと国民は噂した。


リーンも、カルドリ自身が妃、皇子、皇女をこよなく愛し、とても大切にしていることを、その目で見、知っていた。 


祖父が王であった時代に何度かカルドリに謁見して実感していたのである。


けれど、リーン自身は母の愛というものがよくわからなかった。


それでも、三歳頃までは一緒にいたのだ、母の顔も知らないアンリはどうなのだろう、と弟に思いを馳せる。


祖父サーシには弟も自分もたいそうかわいがられているが、父キーツと何かをした記憶はほとんどない。


そういう意味では父の愛というものもわからなかった。


なにしろキーツと息子二人は仲が良くなかった。


父は生後すぐから自分にあまり容貌の似ていない二人の王子を疎んじていたのだ。


いや、そもそも子どもそのものに関心がなかったのかもしれないとリーンは気がつく。


二人とも放っておかれたのだから。


それで祖父が二人の後見となり、一切の面倒を見始めたのである。


もしかしたら、祖父と父の仲もよくなかったのかもしれないな、とリーンは思った。


容貌だけでなく、性格も父よりも祖父に似ていた。リーンも、アンリも。


父は父で孤独だったのかもしれない、と今は思う。


リーンとアンリの母はアンリを出産してすぐ亡くなった。


だが、父のキーツは新たに妃を迎えることはしなかった。


選りすぐりの容姿を持つ侍女たちにも手を付けることはなかった。


亡くなった妃をとても愛していたからだと周りからはくどいほど聞かされたが、母の死後、母のために父が特別に何かをすることなど見たことなかった。


いつも自分の好きな小物に囲まれ、自由気ままに生きている、それがリーンの父に対する見方だった。


だから、父が即位してすぐに、隣国レキラタに侵攻したのは意外ともいえるし、予想できたともいえた。


「好きなことをやる」のが父だとしたら、侵攻という面倒なことをするのは意外だったが、自分のやりたいことが戦争だというのであれば、予想できたことでもあった。


「それに父上の即位した年はカール帝即位からちょうど百年だった」


キーツの即位は、この国の礎を作ったカール帝即位からちょうど百年にあたる。


この国では王は六十歳の誕生日に譲位するという慣例がある。


サーシが退位し、キーツが即位したのがたまたまそういう年に当たったわけで、実のところ、それそのものには何の意味もなかった。


けれど、そこにキーツは意味を持たせようとしたのだ。


十年ごとに祝われる「建国祭」だ。


九十年の時は、リーンとトゥルーシナの婚約がお披露目された。


華やかな活気のある祭りだった。


民も生き生きと楽しんでいた。


そして、百年ということもあり、さらに盛大に様々な催しが行われるはずだった。


それをキーツは台無しにした。


レキラタに侵攻し、支配下に置いて、自分の威光を見せつけ、後世に名を残す年にしようともくろんだのだ。


「自分の虚栄のために、民を本来ならあるはずのない危険にさらして」


「戦争を始めるために、私の婚約も破談にして」


リーンは幾度となく心の中で思ってきたことを思わず声に出した。

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