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[完結]王と青龍を抱く乙女  作者: 文近成季
第一部 第一章
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執務室まで(王の思い)_1

リーンは執務室に戻る廊下を歩きながら、トゥルーシナのことを考えていた。


従者がハニウェル夫人の来訪を取り次ぐ直前、王と側近は王の結婚について話をしていた。


ナイジェルが結婚を話題にしたときにリーン一人が冷静だったのは、ほかならぬ彼自身が以前からずっと同じことを考えていたからだ。


画期的なこと、とナイジェルは言ったが、リーンもまた、この国を一つにまとめ上げられるような大きな祝いごとが必要だと思っていた。


そしてそれはやはり、王、すなわち自分自身の結婚だと考えていた。


確かに今のところ、自分の人気はいま一つである。


それでも、祖父王の時代から長らく王妃が不在だったことを思うと、結婚を機に打てる手立ては多い。


それに、幸い少しずつだが、王都にも周辺の町にも、講じてきたことの成果は出てきた。


もちろんアンリの言う通り、金がかかると考える者も少なくないだろう。


しかし、それを上回る効果は見込める。


国全体の雰囲気が華やいだものになり、国民の気分も明るくなるのではないか。


結婚そのものに伴う経済的な効果も見込めるかもしれない。


また、結婚を祝すという名目で、さまざまな、それこそ、普段ならできないような画期的な政策を思い切って実行できる可能性も高い。


いろいろな意味でいい話だ。



ただし、問題がひとつだけあった。


肝心の相手がいないことである。アンリを出産してすぐに母は亡くなった。


リーンが二、三歳の時だ。


つまり、先王キーツが即位した時にはすでに王妃は不在だったのだ。


そのため、王宮の舞踏会は一度も開かれていない。


キーツがまずやったことは隣国への侵攻で、敗戦後は内政どころか何も顧みず、自分の世界に沈んでしまった。


結果としてあらゆる意味で、リーンとアンリは先王の時代には放っておかれた。


政治を牛耳る一部の貴族は御しやすいキーツを担ぎ、キーツの時代が続くことを望んでいた。


ルトリケでは六十歳になると退位するという慣例があったが、キーツはまだ引退の年齢には遠かったこともあり、彼らは跡継ぎ問題にも無頓着で、王子二人が政争の道具として使われることもなかった。


キーツの異母妹が公爵家に降嫁していたのは幸いだったかもしれない。


リーンとアンリの叔母として、また、ナイジェルの母として二人の社交は見た。


ナイジェルやマキシムの家や彼らの婚約者の家の主催する夜会にせっつかれて行ったのである。


もちろん、そこで寄ってくる貴族令嬢は数多いた。


しかし、どうしても関心は持てなかった。他の令嬢と懇意になる余地などない。


誰が何と言おうと、自分の心に決めた相手はただ一人なのだ。


とはいえ、その名もとうに消えたはずだった。


だから、ナイジェルが結婚のことを話題にしたあのときも、冷めた気持ちで相手の名を尋ねた。


それなのに「それは」とナイジェルが出した名前が、トゥルーシナだったのだ。


他の高位貴族らとの話し合いにかける準備をすると、ナイジェルが引き取ってしまったため、詳しい説明はなかった。


しかし、もしかすると、本来はもう少し内容が固まってから公表するべきところを、ナイジェルが自分の失言を帳消しにしたくて思わず口に出してしまったのかもしれない、と希望的観測をしてしまう。


「だとすれば、あいつらしいな。それにしても、トゥルーシナ姫と私が結婚?ほんとうに?」


トゥルーシナの名前を聞くとどうしても、どうしても、ピンクブロンドで翡翠色の瞳を持つ愛らしい少女を思い出してしまう。


屈託のない微笑みは今もそのままなのだろうか。


父から破談を告げられたときには、ショックで何も手につかなかった。


今思えば、本当にものにしたいと思うのであれば、父に抗ってでも動くべきだったのだ。


なのに、会うことを試みるどころか、手紙のやりとりも、贈り物もしないまま、もう三年も経ってしまった。


ナイジェルは何度も


「そういう態度だと、女心は離れていくぞ」


と言っていた。


父の重石のなくなった今なら、自分のことを思い、忠告してくれていたのだと素直に受け止められる。


「けれど、トゥルーシナの心もそうなのか」


リーンにはわからなかった。

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