二人の辺境伯_2
王弟から領地経営の考え方を、と問われて、ハーリードは苦笑しながら、
「いまさら、そのようなことをお聞きになりますか」
とやや呆れ気味に言った。
リーンは少し照れ笑いをしながら、
「いや、私はよくは知らなかったのだ。もちろん、数字に表れたものや事務方からの報告には目を通してはいる。ハーリード領の産業は林業、炭焼き、工芸品が中心、加えて狩猟は保護したうえで野生動物の肉や毛皮の卸売り、だったな」
と言い訳をした。
ハーリードが頷く。
リーンは続けてスイネ教会の教会長から聞いたハーリードの話を披露した。
「だが、生産高や売上高は必ずしも多くないなか、スイネ教会には今も金銭的にスイネ教会に多額の援助をしていると聞いた。テリクから干ばつを逃れてやってきた移民を受け入れたシエラディト殿もそうだが、教会を新たに創設して移民を受け入れたハーリード殿も寄付を怠らない。しかも何の見返りも求めていないという」
二人の辺境伯はそれが何かしらの自分たちへの糾弾につながるのではないかと思ったのだろう。
目に警戒の色を呈した。
だがリーンはそれを無視して続ける。
「それだけではない。領地経営のことも、だ。先ほども言ったがそなたの領地からの収入は必ずしも多くはないようだ。それは無理もないことだろう。そなたの領地は決して産業に恵まれた土地ではない。広大とはいえ、そのほとんどが深い森なのだから。それなのにそなたは領民のために税金は安く抑えていると聞く。しかも必要な政策は漏らさず施行している。と言うことは、そなた自身の資産から支出しているということだろう。失礼ながら、そなた自身の資産もそこまでは多くないはずだ」
ハーリードは、なおも警戒しているのか、緊張を解かない。
リーンもそのまま続ける。
「だが、そのような中で、他国から逃れた人々や彼らのために作られた教会を援助している。私はそれに心を打たれたのだ」
ハーリードが目を見開いた。
「ありがたきお言葉でございます。」
アンリも口を開いた。
「そういう意味では、シエラディト辺境伯も同じですね」
シエラディトがそれに対して
「私の領地も広いのです。ですがハーリード領とは事情が違います。国境近くの山脈では鉱物がとれますし、山がちな地形の割に肥沃なので、麓の住民は野菜など農業も営んでいます、肥沃ではない別の場所では放牧もしております。加えて窯業など、各種の産業が盛んなのです」
と自領の説明をした後、
「そういう意味では、自分の身を切るハーリード殿の奉仕の精神は」
ともちあげた。
リーンが思い出したように言う。
「そういえば祖父からはお二人とも多様性を尊重する寛容な人柄だと聞いていた。領民からも慕われているとも」
すると、そこまで静かに聞いていたエルベルトが
「私もまさに、そのようなお人柄に惹かれて、ご一緒させていただいています」
と反応した。
それに対してシエラディトも
「エルベルト殿下は既成の枠にとらわれない面白いものの見方をする方でいらっしゃいます」
と返し、エルベルトが照れ臭そうに笑う。
徐々に場の緊張が緩み、打ち解けていった。
その時、コンコンコンと扉を叩く音がする。
アンリが気づいて立ち上がり、扉を開けた。
扉の外に待機していた侍従が扉の中に入り、アンリに何やら囁いて折りたたんだ書付を手渡す。
アンリがエルベルトのところにやってきて、書付を手渡した。
エルベルトが中身を確認して、顔を上げる。
そして、リーンに
「テリクから何か書状が届いているそうです。申し訳ありませんが、私はこれで」
と告げた。
リーンも頷く。
エルベルトはその場を見回して一同に挨拶し、入口に留まる侍従にも軽く会釈をして部屋を出て行った。
アンリが侍従に茶の交換を命じて、侍従も退室する。
部屋に残されたのは四人。
シエラディト、ハーリード、アンリ、そしてリーンである。
このあと、サーシを呼んでいる。
しかし、テリクから届いた自分宛ての書状を確認するため、予想外にエルベルトが早く退出してしまった。
幸か不幸かサーシが来るまでにちょっとした時間ができたのだ。
さてこの時間をどうするか。
一度休憩と称してアンリとともに席を離れるか。
あるいは無難な話をしてやり過ごすか。
それとも。
リーンの中で、昨日は押しとどめていた気持ちが少しずつ大きくなっていく。
フォールシナのことやセレナの関与だ。
アンリが口を開き、二人の辺境伯の意向をそれとなく伺う。
「このあと、祖父のサーシを呼んでおります。少しお待ちいただくことになります。シエラディト殿とハーリード殿には長丁場の面会となって、申し訳ありませんが」
シエラディトが
「なんの、サーシ殿とお会いするのは何年ぶりか」
と言えば、ハーリードも
「本当に。こんな機会でもないと」
と言い、二人とも笑顔で
「楽しみにしております」
と声を合わせるように応じた。
二人ともサーシの来るまでの間も、このままここで過ごすつもりのようだ。
それで、リーンの心は決まった。
そして何気ない口調で切り出す。
「それにしても、フォールシナ姫がカラチロ国の第二皇女だったとは思いもしなかったな」
アンリが相槌を打つ。
「ですが、フォールシナ姫には貴族が受けるのと同等の教育がなされていたと、こちらで付けた教育係がほめておりました」
リーンに言われてフォールシナの教育を買って出たのは、キーツの異母妹、すなわちリーンとアンリの叔母でナイジェルの母であるクララベル・チューリング公爵夫人である。
続けてリーンが
「生活の変化にも比較的滑らかに対応したとカルドリ帝が喜んでおられた。スイネ教会の教会長からはその教育にハーリード殿が尽力したと聞いている」
とハーリードを労った。
リーンの言葉にハーリードは恐縮したような表情をしつつ、シエラディトのようすを窺う。
するとその時、シエラディトの考えを探るようにアンリが言った。
「シエラディト辺境伯は、フォールシナ姫の本来の場所、をご存じだったのですか」




