疑惑_3
「いや、結婚相手を見つけてくるというよりは、むしろキーツを射止めよ、という命令じゃろう。狙いはそもそもキーツじゃ」
サーシが言いきった。
そして、先ほどまで二人に見せていた躊躇いが嘘のように、厳しい言葉でフィオラを糾弾する。
「正式な婚約の前にリーンを妊娠したのも、既成事実を作って、周りを黙らせるためじゃ。少なくとも、わしはそう見ておる。事実、わしたちは結婚に反対する術もなくなっていた。本来なら、どこぞの王女をと言う話もあったのじゃ。それをあの女は、、わしに言わせれば、フィオラは強かな女じゃ」
当時抱いていた思いそのままに感情を昂らせてしまったのかもしれない。
リーンはサーシに聞こえないようにふーっと溜息をついた。
どこぞの王女を娶っていたら、私たちは今この世にいない。
それはともかく。
私たちを大切にしてくれているはずのおじいさまが、私たちの前で母上のことをそんなふうに悪しざまに評するなんて。
何より、キーツによって語られたフィオラへの愛にあふれたエピソードが、サーシの手によってフィオラによる策略の疑いを帯び、リーンもアンリもいたたまれない気持ちになった。
アンリがたまりかねたように声を出した。
「おじいさま、でも、母上は、父上が飲むはずの毒をあおって亡くなりました。僕にはそれは偶然だとは思えません」
リーンも言う。
「母上は毒入りのお茶だと知っていて、死を覚悟のうえで飲んだのだと思います。父上をかばい、何者かから、それはナリエトロ家かレキラタ王家からかわかりませんが、とにかく何者かから父上と私たちと何よりルトリケを守るために犠牲になったのだと思います」
サーシは黙り込んだ。
その寂しげな顔にリーンは察知した。
ああ、おじいさまも恐らく母上のことをわかっていらっしゃるのだ。
わかっていらっしゃっても、やはり、やり場のない思いを抱かざるを得ないのだ。
父を思い、母を思い、祖父を思って、リーンは何とも言えない気持ちになる。
それでも、今はそんな感傷に浸るときではない。
おじいさまとの面会の時間は限られている。
気を取り直してリーンは新しく何も書かれていない紙を取り出した。
「おじいさま、ご覧ください」
紙に系譜図を簡略して書いていく。
「おじいさま、フルーラ王女の母君はミリアーラ様です。その母君はノーラ様です」
サーシが、何を始めたのかと言うような眼で見る。
「そうじゃ、ノーラ殿はカーラ殿、つまり、フィオラの母君の妹じゃ」
簡単に線でつなぐ。
以前、レアードに見せられた系譜図をもっと簡略化して書けば、母上もフルーラ姫もまっすぐにサイザリス家とつながった。
もっと早く気がついてもよかったのかもしれないが、その時は母上の父上がどなたかに気を取られすぎていた。
それに、フルーラ姫の思惑もまだわからなかった。
仕方がない、とリーンは納得する。
アンリが声を上げた。
「要するにルトリケの王族を縁続きになろうと考えているのは、レキラタ筆頭公爵のサイザリス家なのですね」
サーシが大きく頷いた。
「気づいたか。キーツ暗殺をもくろんだものがいるとすれば、ナリエトロ侯爵家ではなく、サイザリス公爵家じゃろう」
リーンが念押しのように確認する。
「レキラタの王家ではなく?」
「ああ。レキラタの陰の実力者はサイザリス公爵じゃ。もう何代もあらゆる権限や利益を握っておる。十年前のケイズ王への譲位もサイザリスの意向じゃ」
「そんな、僕、てっきりケイズ王とヒラリス殿下の」
レキラタの王と王弟を敬愛していたアンリの気落ちするかのような声をサーシが遮る。
「いや、だからと言って、全くの傀儡になっているわけではない。ケイズらのできる範囲で最善を尽くしているのだ。ただ、何をやるにもサイザリスにまずは諮る必要があるというだけで」
リーンが重ねて確認する。
「レキラタは中央集権でかつ国情は安定していると思っていました。また、灌漑設備などの施策も成功して、農業の生産高も毎年増えていると聞いています。それは」
「主要どころをサイザリスが抑えているのが大きいな。どれもその上に成り立つ政策だろう」
アンリも尋ねた。
「では父上の調査依頼を受け流したのも」
「サイザリスだとわしは思っておる」
「そうですか。そこまでわかっていたのでしたら、父上にお教えすればよかったのではありませんか。差し出がましいようですが」
リーンの口調がついサーシを責めるものになってしまう。
サーシが声を少しだけ荒げる。
「何を言う。そうすれば、わしがフィオラを疑っていたことが露見するではないか。あやつに悲しい思いはさせたくないのじゃ」
リーンもアンリも驚いた。
祖父が父をそのように思っていたとは。
「…が、リーンの言う通りじゃな。フィオラへの疑いは隠し通して、サイザリスのことだけ言っておけば、わしに黙ってレキラタに戦争を仕掛けるなどという愚行もしなかったかもしれぬ」
父上とおじいさまはおそらく、お互いにお互いのことを気づかっている。
なのに、すれ違っている。
先日、リーンがキーツを訪問した時、彼はリーンから戦後悪徳貴族の傀儡となったことを責められて
「レキラタに戦争を仕掛けるつもりのあることを父上には話していなかった。父上はたいそう怒っておられた。その責を取り、とことん無能を装って、膿みを出し切れという指示だった」
と言った。
お互いの気づかいが空回りせずにどこかで心が通じ合っていれば、戦争も戦争後の混乱もなかったかもしれない。
リーンは胸を痛める。
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