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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オデラン狩り   ある異世界の日常

作者: かつエッグ


 お母様(ムーザ)に率いられて、あたしたちはモゾの森にでかけた。

 オデランを集めるためだ。

 森の入り口には、古い古い石組の門がある。

 門の前で、お母様があたしたちに言う。

「みんな、ヘルビーを出しなさい」

「はい、ムーザ」

 あたしたちは、いっせいに、胸の袋からヘルビ―を出して、片手ににぎった。

「わかっているとは思うけど、決して、止めたらだめよ。なにがあっても回し続けなさい」

「はい、ムーザ」

 あたしたちは、柄を握った手を、細かく動かす。

 すると、柄の先についた三枚の羽根がぐるぐる回転して


 ムウウウウウン


 ヘルビ―から、透明な波が広がっていく。

「それでは、入るわよ。二列にならんで」

 あたしたちは、お母様について森に入る。

 一歩入ると、まるで水の中のように、どろりとして、濃密な森気があたしたちを包んだ。

 銀色の鱗木が林立し、茶褐色の腐り蔦がはりめぐらされ、そこかしこにダマの小さな粒が漂っている。

 繁茂するたくさんの草木の放つ香りの粒子をあたしたちは吸い込む。

 樹冠に覆われ、薄暗い森の中が、さあっと明るくなった。

 森がこんなふうに明るく見えるのは、吸いこんだ草木の香気で瞳孔が開くからだ。


 アゲラガド!

 アゲラガド!

 アゲラガド!


 森のどこかから聞こえてくるのは、ザクチェンの鳴き声だ。


 アゲラガド!

 アゲラガド!

 アゲラガド!


 それを聞くと、いつも、何かその鳴き声に意味があるような気がしてしまう。

 お母様に言わせると、それがザクチェンの手口だというのだけれど。


「ゼレー、ヘルビ―をちゃんと回しなさい」

 お母様が、あたしたちに目を走らせて、ゼレーの様子に目をとめ、注意した。

「あっ、はい、ムーザ」

 ザクチェンの鳴き声に気を取られ、手元がおろそかになっていたゼレーが、あわててヘルビ―を持つ手を動かす。

「ゼレーはうっかりもの」

と、あたしの後ろのほうから、ささやく声がきこえた。

「いつもそう、そのうちきっと……」

と、また別の声が答え、クスリと笑う。

 きっとあれは、ベルナとジブカだ。

 二人はいつもゼレーをばかにしているから。

 確かめようとあたしが振り返ったとき、それがおこった。

「あっ、あっ」

 ベルナの回していたヘルビ―の羽根が、垂れ下がっていた腐り蔦にひっかかった。

 ベルナがあわてて、柄を持つ手を払った拍子に、羽根がぱきっと割れて、ヘルビ―の回転が止まる。

 その瞬間。

 樹冠の高みから、ひゅうっと黒く細長い腕が落ちてきて、

「ぎゃぐっ!」

 ベルナの頸を、一掴みにつかむと、ベルナごと一瞬のうちに樹冠にもどっていった。

 一拍おいて、頭上からぼとぼとと滴ってきた緑色の液体は、ベルナの体液。

「ムーザ」

 振り返ったお母様に、あたしはいった。

「ベルナがられました」

 お母様は静かに言った。

「そうね。さあ、先に進むわよ」

 その声には動揺はない。

 あたしたちは、ヘルビ―を回しながら先に進んだ。


 ※     ※


「止まって」

 しばらく進んだところで、お母様が合図した。

「動かないで」

 あたしたちは、その場でじっとかたまる。


 ……ジゲルキ

 ゲルファンカトス……

 ……ジゲルキ


 か細い声が聞こえてきた。

 鱗木の隙間を、何者かが、つぶやきながらやってくる。

 ひょろりと細長いその姿。引き延ばされて、ひどく歪んではいるけれど、その顔には見覚えがあった。

(ザハ……)

 あたしは、口に出さずにその名をつぶやいた。

 ザハは、この前のオデラン狩りのときに、森に獲られたのだった。

 いま、そのザハは、細長く引き伸ばされた姿になり、あたしたちにはわからない何かをつぶやきながら、ヘルビ―を回しながら立ち止まっているあたしたちの前を通り過ぎていく。

 ザハが、ふいとその顔をあたしたちにむけた。

 紫に透き通っていたはずのザハの目は、いまは白く濁っていた。

 ザハの視線はあたしたちに向いたはずだが、そこにはなんの反応もなく、また前をむいて、そして歩き出す。

 ヘルビ―を回しているあたしたちは、ザハには見えないのだろう。


 ……ゲルガンスク

 オモングラング……

 ……ゲルガンスク


 どこにいくのか、あたしたちにはもはやわからない言葉をつぶやきながら、ゆらりゆらりと歩いていくザハを、あたしたちは見送った。


 ※     ※


「このあたりで気配がする」

 立ち止まったお母様が言った。

「探しなさい」

「はいっ、ムーザ」

 あたしたちは、散開した。

 ヘルビ―を回すのは忘れない。

 それぞれが、一本ずつの鱗木に近づく。

 鱗木の幹を、見上げながらぐるりと回っていく。

 樹冠からわずかにこぼれる陽光に、幹の鱗がチカリときらめく。

 ああ、ちがう。

 この木はだめだ。

 次の木に移る。

 みんながそうやって、次々に鱗木を見ていく。

 そうやって、あたしたちが探し始めてからしばくして

「ムーザ、ありました」

 そういったのはゼレーだ。

 あたしたちは、急いでゼレーのところに集まる。

 お母様は、ゼレーの横に立って鱗木を見上げ、うなずいた。

「うん、あるわね」

 お母様が、鱗木に、ぴたりととりつく。

 あたしたちは、全員で鱗木を取り囲み、ヘルビ―を回す。

 ヘルビ―の作る波が合体し、鱗木をとりまく大きな波紋になった。

 お母様は、するすると鱗木をよじ登っていく。

 樹冠にほど近いあたり、鱗木をおおう鱗が、そこだけ不自然に膨らんでいる箇所にたどりつくと、お母様はその手の鋭い爪で、幹から鱗をはがした。

 鱗はあっさりはがれ、その下から真っ白なものが現れる。

 柔らく、白い、まるで樹液のかたまりのようなそれ。真ん中に黒い点が二つ。

 外気にむき出しになり、プルプルと揺れている。

 オデランだ。

 お母様は、オデランをそっとつかんで、胸の袋にいれた。

 そしてまたするすると下りてくる。

 地面につくと、ゼレーに言った。

「よくみつけた。この調子だよ」

 ゼレーが嬉しそうに答える。

「はい、ムーザ」

「ほかのみんなもがんばって」

 あたしたちは声をそろえる。

「はい、ムーザ」


 ※     ※


 その日の狩りで、あたしたちは、オデランを五つ、見つけて帰った。

 帰り道では、だれも森に獲られなかった。

 今日はベルナを獲られたけど、オデランは五つ見つけたから、差し引き四。これからあたしたちは、四人増えるんだ。

 そう思うと、気持ちは明るかった。


 ベルジギスト……

 ……アレハンス……

 ベルジギスト……


 森を出るとき、森の樹海の奥で声がした。

 ああ、あれは森に獲られちゃったベルナの声なのかな。



読んでくださってありがとうございます。オデランて何? 考えるな! 感じるんだ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な物語ですね。違う世界のことで、単語もよくわからないけれど不思議なリアリティがある。この世界とは別の生命の形が育まれていることが分かります。面白いなぁ。
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