第103話 昨日の話
2時間目の中休み―
私は人があまり来る事の無い裏庭のベンチに座り、デリクを待っていた。
すると建物の陰からカサカサと草を踏み分ける音が聞こえて彼が現れた。
「ごめん、アンジェラ。待ったかな?」
「いいえ。大丈夫よ。私もついさっき、ここへ来たばかりだから」
「そうか、なら良かった」
デリクは笑みを浮かべて私の隣に座ると早速、昨日の話を始めた。
「昨夜、僕が帰宅するとまだ夫人は屋敷に戻っていなかったんだよ」
「え?そうなの?」
それは少し意外だった。
「フットマンに尋ねたら、夫人は今夜は友人の邸宅に泊まると言う事だったんだ」
「友人…。きっとそれは嘘ね」
私の脳裏に夫人がニコラスとパメラと仲良さげに家の中に入って行く光景が蘇る。
「うん、僕も嘘だと思っている。きっと夫人は昨夜はあの家に泊まったんじゃないかな?」
「それで?伯爵は屋敷にいたの?」
一応私の中ではまだ伯爵も疑うべき人物の1人に入っていた。
「伯爵は執務室で仕事をしていたよ。一応鎌をかける為に夫人の事を尋ねてみたんだ。そうしたら、友人の家に泊まると聞かされているって答えたよ。その様子はとても嘘をついているようには見えなかった」
「それで?」
続きをデリクに促した。
「だから、伯爵に話したんだよ。夫人がニコラスとパメラと親し気にレストランで食事をしていた話と、店を出た後3人は高級住宅地にある1軒屋に入って行った事をね」
「伯爵はどんな反応をしていたの?」
「もう、それは大変だったよ。伯爵は顔を真っ赤にさせて、『何?!それは本当の話なのかっ?!』と叫んで、夫人の事を口汚く罵っていたよ。何と愚かな母親だと言ってね」
「そうだったのね…。それではニコラスとパメラに手を貸していたのは夫人の独断だって事ね?表面上は私達の味方をしていたけれど、実際は裏切っていたのね…」
「ああ、その様だったみたいだね。やっぱり夫人としては我が子を見捨てる事が出来なかったんだよ。でも考えてみればニコラスが親の援助なしに1人で生きていけるはずは無いからね」
「夫人は…自分のお金をニコラスの援助に使っていたのかしら…?」
考え込むように言う私にデリクは言った。
「いや、恐らくそれは無いと思うな。何しろ…夫人はお金使いが荒い女性だから」
「と言う事は…?」
「ああ、多分コンラート伯爵の管理しているお金に手を付けていると思う。伯爵はまだそこまでの考えには至っていないけれどもね」
「でも、お金を調べればすぐに分るでしょうね」
「勿論。実はコンラート伯爵家の財産管理は顧問弁護士と僕の2人で担当しているんだよ」
「え?そうなの?!」
「帳簿は今顧問弁護士が預かっているからね。屋敷の金庫のダイヤル番号は夫人も知っているから無断で使っている可能性がある。帳簿の残高と金庫の残高を照らし合わせればすぐ分るよ。取りあえず、今日ここの仕事が終わり次第、顧問弁護士を訪ねようかと思っている」
「伯爵にはニコラスが今何所に住んでいるのか報告はしたの?」
「勿論。ただ、伯爵は今朝から国王が招集した議会に参加する為に屋敷を出ているんだよ。戻って来るのは2日後なんだ。だから伯爵が帰ってきたらあの家に突撃する予定だよ。きっとさぞかし彼等は驚くだろうね」
デリクはまるでいたずらっ子のように楽し気な笑みを口元に浮かべた―。




