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第六章<運命の変化は夜会で5>

 ――王族に啖呵を切って会場を出て行った身としては、また堂々と戻るなんて、できるわけがない。

 

 正直に言えば、あんな場所に戻りたくなどない。

 

 しかし、このまま逃げ帰ったりすれば、仮に皇太子殿下が私のことを庇うような発言をしてくださったとしても、私は“王族に不敬な言動をしたことに対する罪の意識から逃げた”という風に捉えられるだろう。

 

 私がそう思っていなくても。

 

 ――だから、恥を忍んででも、私はあの場所へ戻るのだ。

 

 重い足取りで、できるだけゆっくり広間へ足を運ぶが、それでも結局は到着してしまうわけで。

 

 ふっと息を吐いてから、音をたてないように、ドアの隙間からこっそりと中を覗けば。

 

 ……そこには、まるで凍土にいるような冷気が漂っていた。

 

 凍てつくような冷たさに、ひゅっと息を吞んだ。

 恐る恐る、もう一度中を覗けば――その冷気の中心に皇太子殿下が居た。

 

 そして、その氷のような眼差しを直に受けて、今にも倒れるのではないかと思うほどに顔を真っ青にして、ルーク様とアメリア嬢が居た。

 

 言葉を一言も発することなく、ただ絶対零度の眼差しで二人を見ているアレン様は、この世のものでないという錯覚を覚えるほどに美しく――それ以上の畏怖を感じさせられた。

 

 現に、あの二人以外の貴族たちはもちろん、衛兵やメイド、それに国王夫妻まで、そこに縫い付けられたように動くことができないでいた。

 

 そんな人々を一瞥し、彼は口を開く。

 

 「――皇太子といえど、私は忙しい。本来ならば、こんな小国の社交界になどに参加する時間を割く余裕などない。……だが、フィオが国王及び王妃より、人が善意で招くもの、渡すものは、自分の事情で断ることは許されぬと。そう、諭されたゆえに、この夜会に参加した。それに、小国といえど、ないがしろにするわけにもいかぬとも思ったからな。――しかし、この国にはとても失望させられた。根拠のない噂話に、興味本位で乗じるもの。非がどちらにあるのかを深く考えもせず、一方的に陰口を叩く者。自分の欲望のままに、人のものを奪うことしか能のない者。自分に都合のいいように、親族の失態を見て見ぬふりする者――自身の婚約にどのような意味があったのかも、考えられぬ者。ランスの人間がこれほどまでに腐っているとは思ってはいなかったが、考えを改めざるを得ない」

 

 会場中の人々――特に、私の陰口を叩いていた令嬢たちがビクッと体を震わせる。

 

 ……自業自得でしょうに。

 

 そう思う一方、彼女らもまさか、フィオの皇太子殿下から糾弾されるとは思ってもみなかったのだろうと考えると、少し不憫な気もする。

 

 そんな二人を軽くにらみながら、彼はこう続けた。

 

「――特に、王族がこれほどまでに退化した存在になるとはな。自身の身勝手な感情で一方的に婚約を破棄し、さっさと別の者に乗り換えるなど、理解不能だ。仮にも二年間婚約していた相手だ、婚約をなかったことにするにも、配慮したやり方というものがあるだろう。……それとも、一度に発表しなかっただけで十分な配慮をしたつもりか?――この状況を見てみろ。リリアーネ嬢はお前から一方的に婚約を破棄されたにもかかわらず、まるで彼女が相応しくなかったから婚約を破棄されたような噂を立てられている。先ほどの様子を見るに、理解できない様子ではあるが。――まあ、良い。元属国とはいえ、愚か者しかいないこの国と、交流を続ける気は我が国にはない。よって、今日を最後に、フィオはランスとの国交を停止する」

 

 彼はそう言い捨て、踵を返す。

 

 しかし、言葉を選んではいるが、中々に辛辣だ。

 それに、国交を停止するとは……この国、終わったな。

 

 フィオとの国交が停止したとなれば、国力の低下したランスは今まで以上の速度で滅亡の一途を辿るだろう。

 

 また、この事実を隣国が知れば、ここぞとばかりに兵を差し向けてくるに違いない。

 

 ――これは、早々に亡命したほうがよさそうね。

 

 どこへ逃げるかは話し合う必要があるが、なるべく早く出発しなければ。

 

 これからのことをぐるぐると考えていれば、ふと、紙のように白い顔をしたルーク様が視界の端に映った。

 

 ……きっと、私に婚約破棄を告げたときは、こんなことになるなんて、考えてもみなかったでしょうね。

 

 ここまで大事になるなど、私も思っていなかったのだから。

 

 茫然自失といった様子の両陛下は、少しだけ気の毒に思わないこともないが、息子の婚約破棄を認めてしまったことは事実なのだ。

 

 だから私は、彼らのことを被害者とは思わないし、責任を感じるべきだと考えている。

 

 そんなことを考えていた私は、全く気付かなかった。

 

 ――皇太子殿下が、一直線に私のいる方向へ向かってきていることに。

 

 そのため、その声が聞こえた時、私は目を見開いて固まってしまった。

 

 「来い」

 

 先ほどまでの、一切の温度を感じられなかったあの声と同じ筈なのに。

 その声に、ちいさな温かさを感じたのは、幻聴だったのだろうか。

 

 彼がこちらへ来たこと、そして声をかけられたことで呆けてしまった私の手を、ひどく自然な流れでとった皇太子殿下は、外に止めてある馬車の方へ歩く。

 

 「えっ?ちょっ、まっ」

 

 混乱の極みにいた私は、慌てるあまり「と」と「て」が抜けた言葉を漏らしながら、アレン様に引きずられていったのだった。

(´・ω`・)エッ?マジですか?


2022年12月22日、改稿。


毒舌的思考が、読み返すとただの暴言なんですけど。。。

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