第五章<運命の変化は夜会で4>
口下手ながらも、私を励ましてくれた男性――皇太子殿下は、今回の夜会の主賓として招待されていたはずだ。
大国フィオと仲良くしておきたいがために、わざわざこんな小国に呼び出された麗しきフィオの皇太子殿下には、同情を禁じえない。
――まあ、私はルーク様に婚約破棄されてから初めての社交界だということにばかり気を取られて、そんなことすらすっかり頭から抜けていたわけだけど。
たるんでいるなと、内心でため息を吐く。
そのとき、ふと気づいた。
――待って。ということはあの二人、アレン様の御前で堂々と私に嫌味を言っていたの?
何をどう考えたらそんな阿呆なことが出来るのだろう。
愚行としか言いようがない。
大義名分が自分たちにあると思い込んでいるとはいえ、格上の国の皇太子の前で堂々と人を貶すなんて、本当にどうかしてしまったのだろうか。
そんな、二人に対する呆れを感じると同時に、ルーク様が王太子ではなくて本当に良かったと、心から思った。
断言しよう。
あんなのが王位に就けば、この国は絶対に滅亡する。
幸い、ルーク様の兄である現王太子殿下はまだ、常識人と言えないこともない。
ルーク様から婚約破棄を言い渡された日に、国王夫妻――元来精神的に不安定だったが、昔色々あったらしく、父様をはじめとした側近たちにおんぶにだっこのような状態でずっと王と王妃をやっていた――と一緒に謝りに来てくれたから。
――と言っても、私個人に対する謝罪と賠償金を支払ってもらっただけで、私に対する噂の払拭は一切やってくれなかったけれど。
まあ、その理由は見当がついている。
ルーク様が私に婚約破棄を言い渡した夜会から、国王夫妻はまるで抜け殻のようになっている。
もともと、精神的に安定していない上に、ルーク様を溺愛していたお二人のことだ。
愛息の不出来さを埋めるために決めた私との婚約を、彼が破棄したいと望んだことにショックを受けて、しかし息子の頼みを蹴ることもできず、結局婚約破棄を認めてしまったといったところだろう。
とてもではないが、噂を否定するだけの余力があるとは思えない。
王太子殿下も、使い物にならなくなった両親の執務や、ルーク様の婚約者として私が担当していた執務のしわ寄せが来ているようだから、私の噂なんかに対応する余裕はなかっただろう。
それに加え、現国王夫妻の代となってから、側近たちが頑張っているとはいえ、ランスの国力は低下の一途をたどっている。
また、それを狙って、ランスを勢力下に置こうと隣国が密かに画策しているらしいとの情報も数年前から入っていた。
そのため隣国との仲も年々悪化していて、王宮は今、かなり忙しいのだ。
だから、仕方がないと言えばそうなのだが、向こうの有責だということくらいは公言してほしかった。
それすらしなかったのは、ただでさえ傾きかけている王家の威信を保とうとした、と考えるのが妥当だ。
――結局、自らの過ちを認め、誠意をもって償おうとする覚悟すらない小物ということよね。
まあ、そんな分析は一先ず置いておいて。
大国の皇太子の目の前で、ルーク様とアメリア嬢が私に対して愚かしい発言をしたということは――私の首は、皮一枚のところで繋がったかもしれない。
テレパシーを使われたことに驚き過ぎて流していたが、彼は正論だから気にするなと伝えてくれていたし。
――もし、彼が私のことを庇ってくれれば、私や公爵家の評判は大分回復するだろう。
誰かが庇った人間を嘲笑することは、その庇った“誰か”を敵に回すことと同義なのだし、ましてやそれが格上の相手となれば、わざわざそんなことをする人間はほとんどいないだろうから。
また、隣国との関係改善を行おうとする活動は、父様が中心になって行っているため、もし今回の件でルミナス公爵家の持つ政治的な力が弱まれば、最悪の場合、隣国と戦になる。
そうなれば十中八九、国力が落ち、政治的に不安定なランスが負ける。
だから、私の家のため、ひいてはランスのためにも、彼が私のことを庇う発言をしてくれればと、願う。
そんなことを考えながら、私は会場へ戻るべく、のろのろと立ち上がった。
毒舌多めです♪
2022年12月9日、改稿。
この話もかなり修正しました。