第三十章<夜会の後で1>
夜会が終わった後、私は湯浴みを終え、自室でアンナが淹れてくれたお茶を飲み、一息ついていた。
夜会は終了したものの、私の仕事はむしろこれからが本番だ。
政務はもちろんのこと、お義母さまや、その他の教育係のご婦人方からの王妃教育が待っているし…
前途多難ではあるが、難題であるほど燃える気質なので、やる気がないなんてことはない。
というより、私が一番どうすればいいのかわからないのは、アレン様との関係だ。
正直言って、物理的に距離が近い気がする。
あのクソ王子―こほん、元婚約者とは、ダンス以外で触れるなんてことは、ほぼほぼなかった。いや、できる限り触りたくなかったからいいんだけど。
それに比べて、アレン様は、初対面でハンカチを渡し、手を握り、そのまま引きずりながら馬車へ連れ込み…翌日には体を密着させてくるし…
改めて思い出し、頬が熱くなる。
深呼吸して、落ち着きを取り戻す。
しかし、その瞬間。
コンコン。
部屋の扉が、ノックされた。
アンナかと思って、
「入っていいわよ?」
と、軽く口にする。
しかしながら。
「失礼する。」
そんな言葉とともに、部屋へと入ってきたのは。まさかのアレン様だった。
それを瞬時に理解した私は、座っていた椅子からすぐさま立ち上がり、
「申し訳ありません!」
と、謝罪しながら勢いよく頭を下げた。
立ち上がった際、あまりの勢いに膝をぶつけたが、そんなことを気にしている場合ではない。
いや、かなり痛いのは痛いのだが。
「…大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です。」
眉をひそめられたが、こればかりはこう言うしかない。たとえ、心が読まれているとわかっていても。
はあ、と小さく溜息を吐きつつ、アレン様はソファーへと腰を下ろした。
そして、呟くように、言葉を紡ぐ。
「今日は、どうだったか?」
そんな問いに、ティーカップにお茶を注いでいた私は、ふっと小さな笑みを浮かべて、答える。
「思っていたよりも、楽しかったです。貴族の方々も思っていたよりも好意的で…弱小王国の王族でもない女がフィオの次期王妃になるなんて、もっと反発されると思っていたのですけど。」
―それに。アレン様とも、踊れました。
言葉にはしなかったけれど。
そんなことが、浮かんだ。
けれど。
一拍後、アレン様の頬が色づいたことにより、心を読まれたことに気付く。
心を読まない設定にもできるんならやってよバカーーー!!!
筒抜けかもしれないにも関わらず、私は胸の内で、叫んだ。
恥ずかしいやら何やらで、目をそむけてしまう。
それらを誤魔化すように、アレン様はわざとらしく、やや遅れた返事を寄贈した。
「そう、だな。皆、私に娘を差し出さずにすんだから、な…リリアーネ嬢は救世主のようなものだろう。」
まあ、例外はいたが…そう、付け足したアレン様の表情は、口角を上げているのに、どこか、寂しそうだった。
きっと。冷酷無慈悲だと言われ続けるのは。婚約を、三日と持たずに解消することになったのは。
アレン様を、深く、傷つけた。
それでも、それを口にしなかったから。できなかったから。
その傷は、冷え切って、固まって。
彼の一部に、なってしまったのだろう。
そしてますます、他人に対して仮面を被ることになってしまう。そんな悪循環を、作ってしまったのだろう。
それが、見ていてとても辛くて。
私は、ゆっくりと、頭を振った。
そして、こう、口にする。
「それなら…私は、得をしましたね。アレン様ほどの、婚約者なんて。なかなか見つかるものではありませんから。」
言い終わった後、微笑んで。
アレン様は、軽く瞠目して。すぐに目じりを下げた。
つられて笑みを深めながら、彼にティーカップを手渡す。
そんな穏やかな空気の中、私は、二杯目のお茶に口を付けた。
ルークがあの後どうなったのかは、次回にて。




