第一章<リリアーネの婚約破棄>
「リリアーネ、君との婚約を破棄させてもらう。」
婚約者から唐突に告げられた婚約破棄宣言。
動揺したり、憤ったりしている気持ちの中で、どこか私は――
……ああ、やっぱりか、と。
そう、思っていた――。
***
私は、リリアーネ・ルミナス。この国、ランスのルミナス公爵家長女だ。
そして私は、自分で言うのもなんだが、子供の頃から常に優等生だった。
学園では常に一番上のクラスに最年少で入っていたし、成績は常に首席。体力テストも、10代になって、女子と男子で部門が分かれても、いつも男子より高い成績を出していた。
また、父親に似ていると言われるきつめの顔立ちと、この国では珍しい黒い髪を持つ私は、幼いころから同年代の令嬢や令息から遠巻きにされることが多くて、人前であまり笑うことができない娘に育っていた。
……だから、だろうか。
いつしか、令息たちから、妬まれることが増えていったのは。
前に私の噂話をしているところに遭遇してしまったことがある。その時私は、
「なんか、何でもできる優等生って付き合いにくいんだよな。自分より相方のほうができるって複雑でさ。」
と、そう言われていた。
――納得した。
ずっと遠巻きにされていた理由がわからなかったから。
でも、同時に沸々と怒りが込み上げてきた。
どうして、男子より女子ができるのが複雑なの?どうして、女性は一歩後ろからついていかなくちゃいけないの?どうしてどうしてどうしてどうして……っっ!?
それを聞いた私は、帰ってからしばらく部屋に引きこもっていた。
一粒だけ、涙が零れ落ちた。
――そして、これからどうするべきか、一人で考えた。
頭の固い教師や、令息たちの言うように大人しい淑女になるべきなのか、否か。
私の出した結論は、「これまで通りにすること」だった。
だって、頭の固い人が望むような“淑女”になった私なんて、私じゃないのだから。
そんな私に近寄りがたいのなら、近づかなければいい。
そう、思って。
12歳だった私は、自分の生き方を決めた。
そうやって生きてきた私の、デビュタント。
当時、私は16歳だった。
この国では基本、デビュタントを果たしてから婚約者を探す。
だからこの夜会は、私や、私と同じ年の人間が、婚約者に成り得る者を探す会でもあった。
しかし私は、婚約・結婚に対して一切興味がなかった。
両親も強制しないでいてくれている――いくら興味を持たせようとしても無駄だったから諦めた――ため、この夜会で婚約者を探す気はなかった。
それよりも私は、今興味のある医療について勉強し、そういった方面で誰かの役に立ちたいと思っていた。
――そう、私はあまり笑わない、かわいげのない女なのかもしれない。
それでも私は、誰かが笑っているのを見るのが好きだ。
だから、誰かを笑顔にすることができる人になりたかった。
私の力でその誰かの笑顔を引き出すことができたら――そう、願った。
そのため私は、お互いの腹の探り合いが全てと言っても過言ではない社交界を疎ましく思っていた。
そんな感情を持ちながら迎えた社交界だったが、全て思っていた通りだった。
何人かの男性に声をかけられたが、いつも通りの受け答えをすれば、すぐに離れていく。
――やっぱり、男を立てられない女は、女として見られないのね。
内心、自嘲した。
会場の隅へ移動し、壁の花に徹していると、父様に呼び出された。
行ってみると、そこにいたのは国王、王妃の両陛下及び、第二王子殿下、ルーク様だった。
王太子でこそないが、その美貌で有名で、若い貴族令嬢に人気の御人だ。
同じ年齢だが、学園のクラスがあまりにも離れていたため、あまり話したことはない。
確か、かなり底辺のクラスにいたような……。
そんな風に、考え事をしているさなかに、国王陛下から告げられた言葉は、私の平常心をぶっ飛ばすのに十分な代物だった。
「ルークと、婚約してほしい。」
嫌です。
――そう言えたら、どれほどよかったか。
……相手は王家で、こちらは公爵家。拒否権などあるはずがない。
というわけで、私は2年間、妃教育に励んだ。
もともと勉強は好きだったし、王族になることで、人の役に立つことができるようになると、割り切って考えるようにした。
そして、教師たちからも、
「もういつ結婚しても大丈夫です」
と言ってもらえるまでになった。
――だが、私は一つ誤算をしていた。
ルーク様との関係だ。
愛などというものを育むのは、結婚後でいいと思っていたのだが、それが間違いだった。
現に彼は、下級貴族の娘と恋仲になり、今こうして、私に婚約破棄を告げている。
私の2年間返してほしいという本音を押し殺して、私は息を吸い込む。
答えなど、決まっている。
「はい、承知いたしました。」
表情を変えずに、淡々と言葉を紡ぐ。
その態度に、ルーク様は眉をよせ、面白くないと言うかのように顔をしかめたが、生憎と、私がそれを気にすることはなかった。
別に、彼を愛していたわけではないけれど、無性に腹が立つ。
それでも、表面を取り繕うことなど、いくらでもできた。
これは、私の元からの性格だ。
――ただ、その反動か、決して表には出さなくても、私は超のつく毒舌家だった。
2022年12月5日、大幅改稿。
何話か、大幅に改稿したいと思います。大まかな内容は変わりません。
あまりに下手な文章だったもので……(;^_^A