08.黒いシミ、そしてとある魔物
私は重症な男性を横に寝かせて、心拍を確認する。
(……脈が少し弱いわね)
取り敢えず、気道を確保し、全体の様子を見る。
他の患者と比べても明らかに火傷や爛れが酷かった。
それに肌が所々黒ずんでいてシミみたいになっていた。
(なんだろう? このシミ……)
痣にも見えるそのシミを触れようとする。
「触るな!」
いきなり背後から声がして、つい手を引っ込めてしまった。
振り替えてみると、今まで何処に居たのであろうか、王子とジースさんがそこに立っていた。
「ちょっ、ビックリするじゃない!?」
「お前がソレに触れようとしたから止めたんだ」
「ソレってこの痣のようなシミのこと?」
私はもう一度黒ずんだシミを見る。
そんな遣り取りをしている内に、突然王子達が登場した事で周りが騒めき始めた。
皆口々に『……何故殿下が?』とコソコソ話しているのが聞こえる。
だが、そんな野次達など気にも止めず、私の方を見る。
「その黒ずんでるヤツは触れると伝染する。全身に回ってしまったら確実に死をもたらすものだ。ここにいる野次はソレに移りたくないから治療をしないんだ」
そう言って、蔑んだ目で野次を見る。
図星を突かれたのだろう、皆罰の悪い顔をして目を逸らす。
だからと言って助けないのは何か違う気がした。
「……それでも、私はこの人を助けるわ! 生死を彷徨ってる人を目の前にして助けない訳にはいかないわ!」
私は真剣な眼差しで王子を見詰める。
王子も私の方を見る。
やがて、王子はフッと笑みを溢し、私に近づいて来た。
「やはり、俺の目に狂いはなかったな」
そう言って、何故か顎をクイっとされた。
「なっ、なななななな何するのよ!?」
急な行動に動揺してしまい、言葉がおかしくなる。
(こっ、これって所謂アレよね!? 顎クイってヤツよね!?)
人生で顎クイなど初めてで、動揺し過ぎて目がグルグルと回る。
そんな私の様子を見て、面白そうに笑む。
「ジース、聖賓堂で有りったけの聖水を持って来い」
「分かりました。直ちに持って来て参ります」
王子の指示にジースさんは迅速に動く。
「それから、ハウラは居るか?」
「ここに」
近くに居たのか、即に王子の背後に立っていた。
「ハウラは火傷や切り傷などに効果のある薬草を庭園から持って来てくれ」
「畏まりましたわ」
ハウラ室長も王子の指示に迅速に動いた。
いつの間にか、顎クイされた手は離れており、ひとまず冷静を取り持った。
次に王子は私の横に居る人物に視線を向けた。
「おい、お前は第三騎師団の団長だな」
先程、助けを求めていた人だ。
「はい、第三騎士団団長のアレク=レイビンと申します。こいつは第四騎士団団長のフォレス=フェリオッドです」
どうやら、二人とも騎士団の団長だったみたいだ。
「何故、こんな事態になったか、事の経緯を説明しろ」
「……はい」
アレク団長はさっきまでの出来事を苦痛な面持ちで話始めた。
「……あれは東の森での討伐を終えた頃でした。
最近、魔物や盗賊が頻繁に活動しているという情報が入り、討伐依頼が出され、我々第三騎師団と第四騎士団が駆り出されたのです」
「確かに、東の森で魔物や盗賊が行商人を襲う知らせはオレの耳にも入っている」
「はい。なので我々第三騎師団は盗賊討伐を担当し、第四騎士団は魔物討伐の担当をし、分散して行ったのです。討伐依頼に関しては慣れていることもあり、お互い早く終えて第四騎士団と合流をして帰還しようと東の森を抜けようとしていた時でした。
急に現れたんです。こんな場所には決していないモノが……」
さっきまで起きた出来事が脳裏に蘇ったのか、肩が震えていた。
そこまで怯える程、一体何があったのだろうか。
私は次の言葉を待つ。
重苦しい空気が全体に広がる。
やがて、アレク団長がその正体を口にした。
「……アレが……スライムが!!」
その名を聞いた瞬間、私は『え?』と洩らしてしまった。