29.紫蘭の花、そして安堵な笑顔
ジースさんが宿に戻って来たところで、再び出発した。
馬車の中は今だに気まずい雰囲気だが、ティナのお陰もあり、幾分かは大丈夫であった。
取り敢えず、話せる雰囲気になるまで景色を眺める事にした。
先程までは森が多かったが、今は平地で草原が広がっていた。可愛らしい花や綺麗な小川が流れており、一枚の絵にして額に飾りたい景色だった。
そんな景色を眺めている時だった。流れる小川の近くであるモノを見付けたのだ。
(あっ、あれはっ!?)
通り過ぎて行くその場を私は乗り出して見詰める。
今まで無言でいた王子も私の突然な行動に驚愕し、流石に口を開いた。
「おい、どうした?」
王子の声も聞こえない程、私はその一点を見詰める。
そして、意を結したかの様に私は大きな声で叫んだ。
「アレク団長ぉぉー!! 馬車止めてぇぇー!!」
急な叫び声に驚愕したのか、アレク団長は変な声を上げて、慌てて馬車を止めた。
馬車が止まると同時に、ドアを開けて飛び出す。
「おい!? 急にどうしたって言うんだ!?」
アレク団長の声を無視して、私はさっき目にした小川の所まで走る。
そして私が目にしたモノまで辿り着いた。
「やっぱり……」
私は肩で息をしながら、それを見詰める。
私が慌てて走って行くものだから、王子も驚いて咄嗟に後を追って来たみたいだ。
「おい! 一体どうしたんだ!?」
私はその場にしゃがみ込み、ソレに手を伸ばす。
「?」
王子は何をしてるのかと覗き込む。
「花?」
そう、私が見付けたのは綺麗な紫の花だった。
「その花が何なんだ? 珍しいのか?」
「……この花はね、紫蘭って言う名前の花なの」
「!」
王子は瞬時に気付き、そして私の背中をただ見詰めた。
「私の一番好きな花なの。押し花にして栞とかに使ってたんだけど……」
そう、紫蘭の栞はお爺ちゃんが死んだ後、見たくなくて机の中にしまってしまったのだ。
私は優しく花弁を触り、お爺ちゃんと過ごした日を思い出す。あの時いっぱい泣いたのに、まだ涙が溢れて来そうになる。それでもグッと堪える。
すると、それまで黙って見ていた王子が隣へ近付き、私の頭をわしゃわしゃと乱してきた。
「ちょっ、何するのよ!?」
私は王子の方を見上げる。
すると王子は何故か私の顔を見て大笑いした。
「なっ、何笑ってるのよ!!」
私は立ち上がり、何故笑うのか聞く。
だが、王子は笑うだけで教えてくれない。
そんな事をしていると、ジース達が走って駆け付けてきた。
「どっ、どうされたのですか!?」
どうやら中々戻って来ない私達を心配して来てくれたようだ。そして普段あまり目にしない光景なのか、王子を見て驚いていた。
「えっと……これはどう言った状況なのでしょうか……?」
そんなの、私が一番聞きたい事だ。
暫くこの光景は続き、王子が落ち着いたところで、私達は再び馬車に乗り込んだ。
「カリンさん、咄嗟な行動とは言え、あの様に馬車を急に止めるのは危険ですので今後はお気を付け下さいね」
「はい、すみませんでした……」
当然だが怒られてしまった。
「それと殿下」
「なんだ?」
「あなたは一国の王子なのですよ! いつ危険に見舞われるか分からないのですから護衛も付けずに勝手な行動は慎んで下さい!」
王子も怒られていた。
「俺が勝手な行動を取るのはいつもの事だろう。何を今更……」
そして言い返した。
馴れているのか、王子はなんて事ない様子を見せていた。
ジースさんは呆れ顔で溜息を吐く。
「……それでは出発しますので何かありましたらまず私に知らせて下さいね」
ジースさんは返事を待たずにその場から離れて行ってしまった。
「……なんか、私の所為で怒られたみたいでごめんね」
何だか色々と申し訳ない気持ちになってきた。
何かに夢中になったり見付けたりすると周りが見えなくなってしまうのは私の悪い癖である。そうした事で周りの人達に迷惑が掛かってしまうとお爺ちゃんによく注意されていたのにだ。
落ち込んでいる私に王子は何かを出して見せる。
「……これ」
「やる。お前の好きな花なんだろう?
それと、別にお前の所為じゃない。気にするな」
私は紫蘭の花を受け取り見詰める。
さっきまでの口を聞かなかった王子とは思えない程、すごく優しかった。
今なら聞けるかもしれないと私は意を決して話してみる事にした。
「ねぇ、あの時何で私の話を無視してたの?」
「話?」
「私が起きた後、話し掛けても答えてくれなかったよね? その、何でか気になって……」
「お前何か話してたか?」
「へ?」
私は王子の返答に素っ頓狂な返事をする。
どうやら王子は本当に考え事をしてて、私の声が聞こえていなかった様だった。
(今まで悩んでたのはなんだったのよぉ……)
私は一気に脱力し、大きな溜息を吐いた。
しかし人の話を聞かない程、何を考えていたのだろうか。何か悩みでもあったのだろうか。聞いてみようと思い口を開こうとしたが、辞めた。言いたくない事だったら無理に聞くのも悪いし、詮索するのも良くない感じがした。
「王子」
「何だ?」
「ありがとうね!」
不安な思いも晴れたし、何より王子から貰った紫蘭の花が凄く嬉しかった。
鮮やかに色付く紫蘭の花を見詰め、私は微笑んだ。




