01.お爺ちゃんの手紙、そして掃除
「……これからどうしようか」
取り敢えず、異世界に転移したのは理解した。
しかし、こんな知らない世界に来て私は一体どうしたらいいのか分からなかった。
とは言え、いつまでもこうして座り込んでいる訳にもいかず、移動しようと立ち上がった。
「それにしても埃っぽいし薄暗いなぁ」
窓はカーテンが引かれ、隙間から薄っすらと光が漏れていた。床は埃が積もっていて何年も使われてない様に見えた。
周りを見渡してみたが、薄暗い事もあり電気のスイッチが良く分からない。
仕方なくカーテンを開ける為に窓の方へと向かう。
カーテンも暫く開閉されてなかったのか蜘蛛の巣が付いていた。
近くに何かないか探して見るとはたきらしき物があり、それで蜘蛛の巣を取り除いた。
ある程度取り除いたのを確認し、カーテンを開ける。
カーテンを開けた瞬間、強い陽の光が一気に差し込んだ。
薄暗い部屋が一気に光に照らされ、部屋の現状が露わになる。
部屋は暖かみのある木造で中央にはテーブルが置いてあり、端には本棚やキャビネットが置いてあった。
「なんか、お爺ちゃんの書斎に似てるかも」
全く一緒とまではいかないけど、何処となく雰囲気が似ていた。それにもう一つ似ている箇所があった。
「薬の匂い」
そう、部屋からあの独特な薬の匂いがしたのだ。
棚を見てみると、乳鉢や煎じた薬瓶が大量に置かれていた。
どうやら此処は薬を作る部屋のようだ。
奥に目を向けると扉があった。まだ、部屋は続いているみたいだ。
取り敢えず、部屋を一通り見て周ろうと扉に手お掛けた。
「さて、扉の先はなんだろなぁー!」
私は段々、好奇心が強くなり不安がすっかり消えてしまっていた。
ドアノブを捻り、ゆっくり押すとキーっと軋む音が鳴る。
私はドアの先をそっと覗いてみた。
「……リビング?」
覗いた先はキッチンとテーブルとソファーが置いてあり、それだけならリビングと言えただろう。だが、今見ている光景は今いる部屋と対して変わらない部屋だった。
「何、この本の山……。それに薬草がいっぱい散らばってるし……」
正直に言おう。めちゃくちゃ汚い。足の踏み場がないくらい散らかっている。
「何をどうしたらこんなに散らかるのよ⁉︎」
おまけに良く分からない謎の液体が床に溢れており虫が集っている。臭いも最悪だ。
私は一旦ドアを閉めた。
「アレは流石に入れないわ……」
とは言ってもあそこを抜けないと外に出られない。
あのゴミ部屋の先にもう一つドアがあるのを確認していた。恐らく外に出る扉だろう。
「……掃除、しないといけないわね」
覚悟決めるしかなかった。
いや、それよりもだ。もう少しマシな所に転移して欲しかった。
私は抱え込んでるお爺ちゃんの本を睨み付けた。
すると、本の間に何か挟まっているのに気付いた。
「何だろ、これ?」
挟まっている先を指で摘み、引っ張り出してみる。
「手紙?」
挟まっていたのはどうやら手紙だった。
手紙には私の名前が書かれてあった。
「これお爺ちゃんの字だ」
手紙の封を切り、折り畳んだ手紙を読む。
花梨へ。
今花梨がこの手紙を読んでいるとするなら私はもうこの世にはいないんだろうね。
私がいなくなった後、花梨は私の本を必ず手にすると確信していたよ。
花梨はあの本に凄く興味を持っていたからね。
今頃、花梨は驚いていると思うけど、今から話す事は大事なコトだから良く読むんだよ。
今、花梨が居る場所は私の本を通して転移した異世界なんだ。
まぁ、花梨の事だから早くに理解していると思うがね。
私は理解するのに時間が掛かったけどね。
実はね、私も転移者なんだよ。
(え!?)
本来は今花梨のいる所が私の故郷なんだ。
(うっ、嘘でしょっ!?)
異世界に転移した事よりもこっちの話の方が驚愕だった。
今まで隠していてすまなかったね。
正直、こんな話しても夢物語でしかないと思われるのがオチだと思って話せなかったんだ。
ただ唯一、花梨のお婆ちゃんだけは知っていたよ。
椿さんだけは私の話を信じてくれたんだ。
私が異世界の人間だと知りながらも私と一緒になってくれたんだ。
(そう、だったんだ……)
私はお婆ちゃんを写真でしか知らない。
お婆ちゃんはお母さんを産んだ後、1年も経たずにあの世へ逝ったと聞いた事があった。
だからお婆ちゃんがいたという感覚がなかった。
けど、お爺ちゃんと一緒に写っている写真は凄く優しそうな顔をしていた。
きっと、お爺ちゃんのことが大好きだったんだ。
そんな事もあってか私は元の世界に帰ろうなんて考えなくなってしまったんだ。
だからか、あの本に触れたり開いたりしても元の世界に戻ることは無かった。
だがある日、本に異変が起きたんだ。
本が時々だが熱を持つ様になったんだ。
それが日に日に間隔が短くなっている事に気づいたんだ。
私は何となくだが死期が近いのだと思った。
そして、一つの仮説が生まれた。
“私が死んだら異世界への扉が開く”とね。
だから、私は花梨にこの本を託したんだ。
花梨ならきっとこの本を通して私のいた世界に転移するとね。
花梨、これは私のエゴだ。
私の勝手な想いを花梨に背負わせているに過ぎ無い。
だが、聞いて欲しい。
花梨、私の代わりにこの異世界で薬師をやって欲しいんだ。
(えっ、薬師!?)
薬師になって人々を救ってやって欲しい。
今居る世界はおそらく薬師が居ない。"聖女の泪"で作り出した"聖水"によって薬師が廃れてしまってるんだ。
この世界には薬師は必要な存在なんだ。
だから薬師を廃れさせないためにも花梨にやって欲しいんだ。
これは私の最期の望みだ。
花梨、色々押し付けてしまってすまないが頼んだよ。
紫蘭より。
「…………」
正直、どう受け止めればいいのか分からなかった。
お爺ちゃんが異世界人で、転移した私をこの世界で薬師をやれと言う。
お爺ちゃんの望みを叶えてやりたい。
だが、知らない世界で薬師なんて私に出来るであろうか。
正直言って不安だ。
(どうしたものか……)
考えても考えても答えが出ない。
「だぁぁぁぁー!! もう考えるの面倒臭い!! 取り敢えずやって見よう!! お爺ちゃんの遺言でもあるし、何かあったらその時に考えよう!!」
私はそう決意した。いや、考えるのを辞めた。考えてたって先に進まない。ならやれるところまでやってしまおう。そう思ったのだ。
「そうと決まったらまずは掃除ね」
そう、このぶっ散らかった部屋を片付けなければいけない。薬を作るにしてもこうも汚いと衛生的に良くない。医療機関に携わるなら清潔は基本だ。
私は箒と塵取り、バケツと雑巾を探した。
箒と塵取りは割と早く見つかったが、バケツと雑巾が見つからない。
「なんでバケツと雑巾が無いのよ」
仕方なく代わりになる物を探した。
炊事場に盥があり、それをバケツ代わりにした。雑巾はそこらに落ちてたぼろきれを使う事にした。
まず、床に散らばっている本を片付ける。本は乱雑に置かれて埃を被っていた。
本はどれも薬草に関する物らしく、色々な薬草の絵や文字が書かれてあった。おそらく煎じ方だろう。
私はパラパラと本を捲りながら片付けていく。
床に散らばっていた本が綺麗に無くなり、本は本棚へと綺麗に仕舞った。
「本はこれでお終いね」
次に箒で埃を掃く事にした。
何十年と溜まった埃がどんどん綺麗になっていく。
空気入れ替えをする為、窓を開けた。その際に外がどんな所なのか覗いてみた。
「わぁー、綺麗!!」
窓の先は緑に囲まれ、花も色取り取りに咲き誇り、まるで御伽の国を思わせる光景だった。
「まぁ、異世界なんだから当然か」
景色を堪能しつつ、掃除が終わったら改めて外に出ようと思い、再び掃除に取り掛かるのだった。
最後に盥に水を入れる為、炊事場へと向かう。
「……水、出るわよね」
恐る恐る蛇口を捻る。長く使って無かったせいか蛇口が硬い。ギーギーと嫌な音が鳴る。
私は蛇口が壊れない様にゆっくり捻っていく。
蛇口から水が少しずつ出て来た。
「取り敢えず水は出るみたいね」
水が出た事を確認し、盥に水を汲んだ。
長く水を出してなかった事もあり、最初は錆が混ざっていて濁った水だったが、ずっと出している内に綺麗な水になった。
水を並々に汲んだ盥を置いて、ぼろきれを水の中に入れた。
「さて、まずは床にこびり付いた頑固な汚れを落とそう!!」
私は一心不乱に床を磨いていく。
本当はデッキブラシかモップが欲しかったが、どうも無さそうだったので、仕方無く四つん這いになり拭き上げた。お陰で腰が痛い。
「やっと終わったぁー!!」
前のゴミ屋敷から一変して、隅から隅まで塵一つ残さず綺麗に仕上がった。
「やっぱり綺麗な部屋の方が気分が上がるわね」
見た目の綺麗さと達成感で気分上々になり、改めて外に出てみる事にした。
ドアの前まで来て、一旦深呼吸をする。そしてゆっくりとドアノブを捻り、ドアを開けた。
目に飛び込んできたのは、さっき窓から見た光景を更に上廻る程美しい光景だった。
窓からでは確認出来なかったが近くに川が流れていた。
川の方へと近づいてみた。
川は浅く底が透き通る程綺麗に見えた。
緩やかに流れる水に私は手を入れてみた。冷たくてとても気持ちいい。
「水が綺麗だから色んな花が咲いてるのね」
この環境だったら上質な薬草が取れそうだとワクワクしながら、明日山の散策に出ようと考えるのだった。