10.架空のスキル、そしてお爺ちゃんの本
「この黒いシミは"地獄の業火"だ」
「地獄の業火?」
なんだ、その魔法使いが唱えそうな名前は……。
周りも分からないのか、首を傾げていた。
しかし、王子がその名を出した途端、ジースさんだけが驚いた顔をしていた。
「まさか、そんな筈はっ⁉︎」
「……ジース、俺の神眼に間違いはない」
その一言にジースさんが黙る。
一体何をそんなに驚いているのだろうか。
「ねぇ、さっきから何を話してるの? 分かるように説明してよ!」
私は少しムッとした顔をする。
二人だけで話し合わないで欲しい。
そう思いながら二人を見ていると、ジースさんが困惑しながらも説明してくれた。
「……地獄の業火とは架空のスキルと言われています」
「架空のスキル?」
「はい、このスキルは曾て炎獄の神として言われたイフリートが持っていたスキルなんです」
どんどん話のスケールが大きくなっている感じがする。
「イフリートは今では伝説上のモノなので存在しないのです。そしてこの地獄の業火というスキルも架空の存在だと伝えられていますので、実際にこのスキルを見たという例はありません。ですが……」
今それを目の前にしている。それでジースさん達は驚愕していたのだ。
だが、少し疑問が残る。
何故、王子達はこの黒いシミに触れると伝染することを知っていたのだろうか。黒いシミの正体を今まで知らなかったのなら、伝染することも知らない筈だ。
大概はそう言ったケースを目撃したら、それに関する治療法を見つける筈だ。
なのにそれが無い。
これは一体どういうことなのだろうか。
「……ねぇ、この黒いシミ今初めて見たんだよね?」
その問いにジースさんは首を振った。
「実際にこの目で見たのは初めてですが、黒いシミに関しては耳にしていた事なんです。
実は同盟国であるウェンディース国でこの黒いシミが蔓延していると報告を受けてまして、死亡者が多数出ているそうなんです。
今回鑑定師が居ないのも、その調査の為、応援に向かっていたからなんです」
「つまり、お前がこの黒いシミを治す術を見付ければ、こいつもウェンディース国も救われると言うわけだ」
無茶苦茶な事を言う。
だが、私が治療法を見つければ今苦しんでる人達を救う事が出来る。それは紛れもない事実だ。
とは言え、その治療法が思い付かない。
お手上げ状態でいると、フッとお爺ちゃんの本を思い出した。
(そうだ、お爺ちゃんの本なら何か分かるかもしれない!)
私は鞄の中に入っているお爺ちゃんの本を取り出した。
「その本はなんだ?」
急に取り出したものだから、王子が不思議そうな顔する。
「これは私のお爺ちゃんの本よ。お爺ちゃんも薬師で私の師匠でもあった人よ。この本はお爺ちゃんが薬に関する事を記録した本なの」
この世界で薬師をしていたお爺ちゃんなら、何か記録しているかもしれない。
私は本を開き、ペラペラとページを捲る。
だが、私の居た世界に関する薬しか記録が無く、異世界に関する事は一切書かれていなかった。
「…ダメね、それっぽいのは書いてないみたい」
溜息を吐き、本を閉じる。
何も得られないまま、本を仕舞おうと、鞄に手を掛けた時だった。
いきなりジースさんが止めに入ったのだ。
「カリンさん待って下さい!! その本、少しお借りしてもよろしいですか?」
急にどうしたのかと思いながらも、本をジースさんに渡した。
ジースさんは本を受け取ると、本を開くわけでも無く、ただ表紙の方を観察していた。
「ジース、どうしたんだ?」
王子も不思議に思ったのか、ジースさんの方へ近付く。
「……やはり、この本……」
何やらブツブツと喋っている。
「あの、お爺ちゃんの本が何か?」
私が問い掛けるとジースさんがハッとして、視線を本から私に移った。
「すみません、つい……。
カリンさん、少しお聞きしたいのですが、この本はお爺様の物と仰いましたよね?」
「ええ…」
「お爺様は薬師以外に医学の心得も持ち合わせてはいませんでしたか?」
確かに、お爺ちゃんは薬師だけど医学の知識も持っていた。
だが、何故ジースさんがその事を知っているのだろうか。
「カリンさん、もしかしたらお爺様はとても凄い方かもしれませんよ」
「それって、どういうことですか?」
「あなたのお爺様は王家専属一等医師かもしれません」
ジースさん曰く、王家専属一等医師とは、代々王家に仕える専属医師らしい。一等とは医師階級の事で、一番最高階級なのだそうだ。
「この本は王家専属一等医師が持つことが許された代物なんです。この本はとても貴重で、本の表紙に王国の紋章が入っていて、各王国に一冊ずつあった本なんです」
「だった?」
「はい、実はこの本、今では各王国には存在しない本なんです」
このお爺ちゃんの本はあまりにも稀少な故、各国の本が盗難にあったそうだ。各王国は必死に探したが結局見つからずに今に至っているらしい。
「この本が稀少と言われるのは、古来から現代までの医学知識がその本にすべて記載されているからだそうなんです」
「でもその本、お爺ちゃんが書いた薬草や医学しか記載していですよ?」
何度も読んでいるけど、そんな稀少な事書かれているページは一つも見ていない。
「カリンさん、この本は恐らくお爺様にしか見れない術が施されているんですよ。この本は持ち主にしか見れないようにしていた様ですから」
「じゃあ、その本、お爺ちゃんにしか開けないって事?」
そんな凄い本なら、もしかしたら手掛かりがあると期待したんだが、またもや振り出しに戻ってしまった。
落胆していると、王子が本を手にする。
「……俺が神眼で見る」
そう言って、王子は本を見詰め、神眼を開く。
「お待ち下さい、殿下! これ以上、神眼を使うとあなた様のお身体に障ります!」
「ジース、俺をあまり見縊るな。俺はまだ大丈夫だ」
アルカの強い物言いに、ジースさんは口を噤む。
王子の目が再び青く輝く。
そんな王子の姿を見て、ジースさんは小さく溜息を吐いた。
「……まったく殿下は、一度言ったら聞かないのですから……」
それでも王子の命令だ。従わなければならない。
王子付きも苦労が絶えない様だ。
「ねぇ、ジースさん、あの神眼って穢れのオーラや質を見るんですよね? 術が掛かった物とかも見れるんですか?」
「ええ、本来術というのは呪いと同じなんです。なので、術とかも神眼でどういったものか見れるんです」
なんとも便利な能力だ。
「ジース、分かったぞ」
私たちが話してる間に終わった様だ。
「どう? 解けそう?」
「この術式は古代術が使ってある。おまけに間違った解き方をすると確実に死ぬよう施されてる。だが、この本の持ち主の血縁関係なら術を解く事が出来る」
「血縁って、私? でも解き方なんて知らないわよ?」
そもそもこんな凄い本だなんて今まで知らなかったのだ。術の解き方なんて知る訳がない。
「解き方は俺が分かってる。だが、お前じゃないとこの本は開かん。教えるから来い」
私は王子の言うまま、側まで行った。




