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残された本、そして異世界へ

 

「……雨……」


 灰色に染まる空からポツポツと降り始める光景をただ呆然と見詰める私、薬師寺花梨(やくしじかりん)は漆黒を身に(まと)い、前でお経を唱えるお坊さんの後ろに座っている。

 周りにはシクシクと(すす)り泣きする音が部屋中に響き渡っていた。

 そう、今日は私のお爺ちゃん薬師寺紫蘭(やくしじしらん)のお葬式なのだ。

 お爺ちゃんは凄く優しくて周りからも凄く信頼されていた。

 私はそんなお爺ちゃんが大好きでいつもお爺ちゃんの側に付いていた。

 そんなお爺ちゃんが一昨日の夜、急に倒れてそのままあの世へと逝ってしまった。

 突然の事だった。

 お爺ちゃんが倒れた時、私はその場に居なかった。

 あの時、私はお爺ちゃんに頼まれて山に入っていたのだ。

 山から帰って来た時には、もうお爺ちゃんは息を引き取っていた。

 私はお爺ちゃんが倒れた時も死んだ瞬間さえも側に居られなかった。いつも側に居たのに……。


「……」


 周りはお爺ちゃんの死に涙を流していたけど、私は何故か涙が出なかった。悲しい筈なのに泣けなかった。優しく笑うお爺ちゃんの遺影をただ呆然と見つめていることしか出来なかった。

 そんな私の姿を見て誰もが思うだろう。お爺ちゃんが亡くなったのに泣きもしないなんて酷い孫だ、あんなに可愛がられていたのに涙ひとつ流さないなんてねとそんな心の声が私には聞こえて来る。

 私だって泣きたい。でも涙が出ないのだから仕方ないじゃないか。此ばかりは周りにどう思われてもどうしようもない。

 私はこの重くて湿っぽい空気が広がる部屋を早く出たかった。一人になりたかった。

 そんな事を考えてる内に葬儀は終わっていた。

 長く感じていたけど意外と呆気なかった。

 火葬場でも最後のお別れとしてお爺ちゃんの顔を見たけど、死んだとは思えない程安らかな顔をしていた。本当に死んでるのかと疑ってしまう程、お爺ちゃんは眠る様に棺に入っていた。

 焼かれて骨になったお爺ちゃんの姿を見ても涙が流れなかった。

 家に帰り着いても湿っぽい空気は変わらず、私は一人になりたくてお爺ちゃんが良く使っていた書斎へと入った。

 書斎の中は大量の本が積み重なっていて、本棚にもびっしりと本が詰まっていた。どれも薬草や調合に関する本ばかりだ。

 机には薬草の入った瓶や乳鉢(にゅうばち)が置いてあり、その周りにいくつか薬包紙が散乱していた。

 そう、この書斎はお爺ちゃんの仕事場でお爺ちゃんは薬剤師をしていた。

 私はお爺ちゃんの仕事を手伝いに良くここへ来ていたのだ。


「……もう、お爺ちゃんは居ないんだ……」


 お爺ちゃんが死んだ事に今更実感する。正直、今まで死んだのだって嘘なんじゃないかと自問自答していた。

 けど、今この場所にお爺ちゃんは居ない。ここでいつも薬草をすり潰していたお爺ちゃんは何処にも居ないのだ。


「……あれ?」


 お爺ちゃんが居ないのだと実感した瞬間、頬に何か熱いモノが伝い落ちるのを感じた。

 私は手で自分の頬に触れてみて、初めて涙を流している事に気付いた。どんどん溢れて来る涙は止まる事なく、私はその場から崩れ落ちた。


 どうして倒れた時、側に居てあげられなかったんだろうか。

 どうして死ぬ間際に側に居てあげられなかったんだろうか。

 どうして…………お別れ……言ってあげられなかったんだろうか…………。


 悔やんでも悔やみきれなかった。

 私はしばらくその場から動けず、涙が枯れるまで泣いた。

 涙が収まるのにどのぐらいの時間が経っただろうか。雨が降っていた空はいつの間にか晴れていて茜が差し掛かっていた。

 私はその場から立ち上がり、覚束ない足取りで机の方へと近寄った。

 薬の独特な匂いが鼻を(かす)める。

 何冊か積み重なっている本の中で一際お爺ちゃんが大切にしていた本を手にする。題名も何も書かれてない本だ。

 お爺ちゃんはいつもこの本に何か書き込んでいた。

 気になった私はその本が何なのかお爺ちゃんに聞いてみたことがあった。けど、お爺ちゃんは微笑んだまま答えてくれなかった。

 結局、その本が何なのか分からずじまいだった。


「ごめん、お爺ちゃん」


 心の中で何度も謝りながら本を開いた。

 すると、開いたページから眩い光が目に差し込んで来た。


「っ!?」


 あまりの眩しい光に私は目を思いっきり閉じた。

 光は部屋中を包み込み、全て真っ白に染まった。正直、何が起きているのか全く分からなかった。

 暫くして私は目をゆっくり開ける。何だか薄暗い。それに強い光の所為で目が霞んで良く見えない。頭もクラクラして酔った様な感覚だ。

 取り敢えず周囲を探る為に手を動かす。何かないかと床をペタペタ触る。すると、手に本らしき物が当たった。おそらくお爺ちゃんの本だろう。

 私はそれを手に取り抱える。

 そうしている内に徐々に視界もクリアになって来た。

 そして、改めて周囲を見渡して驚愕する。


「……ここ、何処?」


 そう、お爺ちゃんの書斎にいた筈なのに何故か知らない場所に座り込んでいたのだ。

 私は動転しながらもどういう事なのか、記憶を辿る。まず書斎に入り泣いて、暫くしてお爺ちゃんの机に近付いてお爺ちゃんの本を手に取る。適当に本を開いたら強い光が差して視界を奪われる。気付いたら何故か知らない場所に居た。


「……え? これってつまりこの本を通して知らない場所に来ちゃったって事?」


 正直、有り得ない話だ。漫画や小説じゃあるまいしこんな事が現実に起こるはずがない。夢でも見ているんじゃなかろうか。

 試しに自分の頬を(つね)ってみるが痛いだけで夢から(さめ)めることはなかった。


「マジですか……」


 どうやら私は異世界へ来てしまったようだ。



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