episode02
「結衣、結衣」
「ん…………、なに……」
「起こしてごめん、俺明日8時起きだから」
ベッドに戻ってうとうとしていたわたしの意識を引き戻したのはシャワーを浴び終わって寝室へやってきた翔の声だった。明日8時起きか。起きられない翔のためにアラームセットしなきゃ。暗闇の中、翔のスマホの灯りだけが光っていて寝起きのわたしにはそれすら眩しい。だんだんと覚醒していく脳と瞼に、もう完全に目が覚めてしまった。
「あれ、寝ねーの?」
「…翔のせいで目が覚めた」
「ふは、ごめんな」
「思ってないくせに」
ベッドへ潜りこんできた翔から嗅ぎ慣れたシャンプーの香りがする。わたしと同じ、シャンプーの匂い。頭上げて、といつものセリフを言われて素直に少し頭を持ち上げるとわたしの頭の下に当たり前のようにするりと敷かれる翔の右腕。
「……あの頃の夢見てた」
「んー?あの頃って?」
「翔と出会った合コンの夢」
「ああ、お前が俺にお持ち帰りされるって勘違いしたやつね」
「……覚えてるんだ」
「そりゃあまあ。だってあれ俺が…」
そこまで言ったかと思えば黙り込んでぴたりと止まった翔。スマホをいじっていた手を止めて何かを考えるように黙り込んだ翔に「俺が、なに?」と聞けばなんでもないとまたスマホを弄る手を動かし始めた。
「なによ、気になるじゃん」
「なんでもない」
「なにそれ、意味深な感じやめてよ」
「なんでもねーってば」
スマホの画面を見たままわたしのほうを見ない翔の表情からは、翔がなにを考えているのかさっぱり読み取れなくて。だめだなあ。三年も一緒にいても、翔太の気持ちなにもわかんないや。
「あーやば、もう3時半。明日朝よろしく」
「あ、うん」
おやすみ、なんて目を閉じた翔からは数分後に寝息が聞こえてきた。
……人の気も知らないで、呑気なやつ。
頭の下に敷かれた腕はきっと朝になればわたしから離れているのに、付き合い始めてから今まで一緒に寝るときは必ず腕枕をしてくれる。三年が経とうとしてる今でも続けられている翔のその行為に毎日安心してるなんて、わたしたちの関係は本当はもうとっくにだめになっていたのかもしれない。