老人との出会い
宵闇が深くなる頃、一人の少年ーー十歳程に見えるーーが道端に座り込んでいた。彼の白い髪はきちんと手入れされたようには見えず、かなり伸びている。赤い瞳の両目にはまるで光が無く、表情も虚ろだ。はらはらと舞う粉雪が少年の肩や腕に、溶けずに降り積もっていく。いったいどれほどの時間、この寒空の下で薄着のまま過ごしているのだろうか。おそらく長い間ここに座り込んでいたのだろう。しかし、誰一人として少年に目もくれない。
ふと気がつくと、ふらりと気配も無く現れた老人が少年の目の前に立っていた。老人が口を開く。
「少年よ、まだ生きたいか?」
「…………」
老人の問いに、少年は答えない。老人の方を振り向く力すら残っていないようにも見える。
「まだ生きたいか? 楽しみを見つけたいか? 喜怒哀楽を堪能したいか? その眠っている力を、開放したくはないか? 自分を変えて、別の人生を歩んでみたくはないか?」
矢継ぎ早に老人は問いかけを続ける。少年の様子に変化は無い。
「新しい智を、新しい力を、新しい心を手に入れたくはないか?」
「…………」
新しい、と言う言葉が老人の口から発せられた途端、少年は顔を上げた。その目には今までは無かった、微かな光が浮かんでいる。
「新しい智を、新しい力を、新しい心を手に入れるために、まだ生きてみたいか?」
「…………」
目に浮かんだ光が強くなる。それを見た老人は満足そうに頷くと、一番上に羽織っていた衣を脱ぎ少年に掛けた。
「今はゆっくりと眠るといい」
「…………」
老人が口を噤んだときには、少年は眠りに落ちていた。久しぶりに浮かべる、とても穏やかな表情をしていた。
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「……《一式・鎌鼬》」
少年の声と同時に見えない風の刃が空を飛び、岩を真っ二つに切り分ける。
少年が老人と出会って、早くも四年が過ぎていた。出会った当初は伸び放題だった髪も今では適切な長さに切られている。青白く虚ろで死人のように見えた顔も、今では生きている人の顔になっている。
「朝から元気じゃな」
「おはようございます、師匠」
いつの間にか少年の後ろに老人が立っていた。両手に抱えられた薪を降ろしながら、老人は口を開く。
「レイよ、お前が儂と出会って四年ほど経つな」
「そうですね、そのくらいです」
「そろそろ免許皆伝としても良いだろう」
「本当ですか!」
少年ーーレイは顔を輝かせる。彼は老人に、東洋の魔法である『陰陽道』というものを習っていた。とても奥が深く、神秘と呼べる陰陽道に関し、免許皆伝にしても良いかもと言われたのだ。それはレイにとって、嬉しいことだろう。
「そこでだ。お前の実力の試験として、コレを受けてもらう」
老人は帯に挟んだ紙を取り出し、それを広げる。そこには『国立魔導学院 入学試験』と書かれていた。
「国立魔導学院、あのすごいところですか?」
「そうだ。そこの入学試験に合格し、晴れて入学できたのならお主を免許皆伝としよう。まぁ余裕だろうが」
「分かりました、受けに行きます!」
「では早速書類を書くか。出発は明日だ、心構えをしておくと良い」
「はい!」
明るい顔のまま、レイは飛び跳ねるようにして朝飯の支度をし始めた。
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