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序曲

 夜の道、池のほとり、かえるの声。

 黒い水面に街灯の明かりが反射してところどころ黄色く光り、揺れる。

 道を歩いていく少女が2人。縦に並んで歩く彼女たちのセーラー服の白とリボンの赤が水面に映ったり消えたりしている。

 水の跳ねる音、かえるが一斉に鳴きやみ、風が吹く。少女たちの話し声が聞こえてくる。



「私ね、白石さんと会ってから、いつもの毎日がなんだか今までよりずっと楽しいって思うの」


「私もだよ。君と会ってから今までとは全く違う人生を生きてるって感じてる」


 そう言って白石さんは私を振り返ってニコってした。そして私はなんだかドキッてする。白石さんはたまにちょっとだけ大げさなことを言う。



 一匹のかえるがなきだす。それにつられて他のかえるたちもなきだす。



 学校の裏のフェンスに着く。ここを乗り越えて学校のグラウンドに忍びこむんだ。


「さ、行こ」


 白石さんは颯爽とした言い方でそう言ったけれど、体が全然伴ってなくて、たいして高くもないフェンスなのにとってもモタモタしている。けど「できない」と言ったり、私に手伝ってもらおうとしたりなんかせず、ただひとりで何とかしようとしている。

 私はちょっとの間その後ろ姿を見ていたけど、このままだと白石さんはいつまでたっても向こう側に行くことができない気がしてきたので手を貸すことにする。白石さんのとなりに行ってフェンスに片足をかけた。あ、「手」じゃなくて「足を貸す」なのか。


「白石さん、私がここに足ひっかけてるから踏み台にしていいよ」


「うん、ありがとう」


 親切は素直に受け取る。白石さんの新しいローファーが運動靴を履いた私の足を踏み台にして越えていく。なのにフェンスのてっぺんに足をかけたところでふたたびモタモタしだす白石さん。

 私は白石さんの太ももの下のほうを手で押してあげる。やっぱり「手を貸す」で合ってた。白石さんのからだはふわふわしてて猫みたいだ。動きも猫みたいだったらよかったね。

 白石さんは猫とはほど遠い動き方でおそるおそるフェンスから降りたあと、フェンスの向こうからまるで私がモタモタしてたかのような、でも全然嫌ではない言い方で


「君もはやくこっち側においで」って言った。



 夜の学校のグラウンドの真ん中ってこんなに暗かったのか。向こうのほうに道路の街灯が見えるけど、ここまでは明るく照らしわしない。

 私はスカートのポケットから線香花火を取り出して白石さんに一本わたす。暗くてよく見えないせいか指と指がふれた。

 勝手に持ってきたお母さんのライターで2本の線香花火に火を点ける。

 飛ぶ火花、花火のけむり、火薬の匂い、花火に照らされた白石さんの顔、目が合う。


「ねえ、君、いいこと教えてあげる」


「え、なに?」


 白石さんは2人だけのときだけ私のことを「君」って呼ぶ。けどみんなの前で呼ぶときは「斉藤さん」。「踏歌さん」とは呼ばれたことはまだない。けど、私は白石さんに「君」って呼ばれるのが、なんだか特別な存在なのかなって思えてけっこう好きだったりする。



「あのね、線香花火の火花って触っても熱くないんだよ。ほんとだよ」


 ええ?そうなの?ほんと?白石さんは冗談なんて言わないような顔をして、時どき私のことからかうからな。


「ほら」と言って白石さんは人差し指で火花をさわっている。


 あ、たしかに熱くないみたい。私も恐る恐る火花に指を近づける。


「ほんとだ!全然熱くない!ふしぎ、なんでなんだろう?」


「ね、火なのに熱くないってふしぎだね」

 そう言ってニコってする白石さん。


 白石さんの線香花火はだんだん火花の勢いが強くなって、そして落ちて消えた。

 地面に転がった小さな黒いかたまりは、もう火花を出さない。

 でも私の線香花火は燃え続ける。



 一束の線香花火はすぐに終わってしまった。

 あと半分を切った夏休みもきっとあっという間に終わっちゃうのかもしれない。


「夏が終わったらさみしいね」

 白石さんが私の思ってたことと同じことを言う。



 夜の学校のグラウンド、花火の残り香を風がどこかに運んでいってしまう。

 暗い場所にたたずむ少女たちはそれぞれ、2人で共にすごしたこの夏の時間を思い出していく。




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