人は耐え忍び生きる
「おーい、幹人ー……ん? お前、それ何持ってんの?」
「何って、次の文化祭で使う模造紙だけど」
クラスメイトに呼び止められた幹人は、抱えている紙束を示しながら言った。
「はー、また生徒会の仕事? 大変だなあ」
「そう? あんまり気にしたことないけど」
「いやー、お前変わったよ。だって、昔はそんな色々やらなかったじゃん」
「そうかな? だって何ていうか……積極的にやらずにぼうっとしてると、自分にとって良くないんじゃないかと思って」
「学生なんだから遊んでていいじゃん。過労死するなよ」
「しないって。そんな過酷じゃないよ。それより、何か用だった?」
「あー、そうそう。落とし物した女子がいてさ」
「何を落としたの?」
「いや、それがよく分かんないんだけど。探してたみたいで」
「分かんないって……本人は?」
「向こうにいた」
「……じゃあ、連れてきてよ。何で分かんないのに伝えに来たの」
「だって知らない子だしー。任せた」
「ええ……しょうがないな」
呆れながら幹人はクラスメイトに教えてもらった方へ歩いていく。
そこには、必死に何かを探している眼鏡の女子生徒がいた。
「阿久津さん?」
「ひゃっ、ひゃい?」
びくりと震えて女子生徒が振り向く。見覚えのある顔だ。少し前に転校してきた、阿久津真子だった。
「探し物?」
「え、ええと」
会話するのが苦手なのか、阿久津は目線を逸らす。
幹人は少し考えた後、口を開く。こういう場合、詳細を聞き出すよりこちらから手掛かりを渡す方が進みやすい。
「そういえば、今朝生徒会の方で落とし物を拾って保管したんだけど、もしかしたら阿久津さんのかな?」
「あ……」
「これかな?」
幹人が保管箱から取り出したのは、サイコロのような立方体の彫刻だった。ひとつだけではなく数個置かれていた。
表面には数字の代わりに動物の絵が彫られている。犬や猫、山羊や鷲の他、龍や麒麟など実在しない動物が彫られている物もあった。
「……あの、ありがとうございます」
彫刻を手渡すと、阿久津が小声で礼を告げた。
「いや、お礼はいいよ。拾ったのは他の人だから。……けど、なんだか珍しい物だね。もしかして自分で掘ったの?」
「え、そ、その……」
阿久津が困ったように視線を逸らす。きっぱりと否定されなかったので、幹人は肯定されたものだと思って話を続ける。
「すごいな。綺麗な彫り物だね、これ」
「……え?」
「こんな小さい所に絵を掘れるなんて、手先が器用なんだね。尊敬するよ」
幹人が褒めると、何故か阿久津は動きを止める。そして、唐突にポロリと涙を流した。
「えっ、ちょっとどうしたの?」
「す、すみません……私、これを変としか言われたことなかったので……」
阿久津が涙をぬぐう。激しく泣いたりはせず、すぐに落ち着きを取り戻した。
「突然ごめんなさい。本当にありがとうございました」
「……いえ、どういたしまして。また何か困ってたら相談してね」
「はい……あの、これ。もしよかったら」
「?」
阿久津が彫刻を幹人へひとつ手渡した。
「え、もらっていいの?」
「はい、お礼です。……嫌なら捨ててしまっても構いませんので」
「いやいや、そんなもったいないことしないよ。どうもありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました。……本当に、ご迷惑をおかけしました」
「気にしなくていいって」
阿久津は何度も頭を下げながら生徒会室を出て行った。
残った幹人は、渡された彫刻をそのまま手の上で転がす。
「…………」
何やら心にざわつくものがあった気がする。
ただ――自分の手で転がしていること自体には、なんとなく弾んだ気分が湧いてくるようでもあった。
「それっ」
机の上に転がしてみる。
天使は上空から幹人の様子を眺めていた。
幹人にあの時の記憶はないはずだが、魂の奥底に刻み込まれているのか、以前とは全く違う人生を歩んでいる。
「あれならもう問題ないでしょう」
天使は安心したように囁く。と、同時に阿久津の方へと視線を向ける。
「懸念もありますが……まあ、反省するようになったのなら心配無用ですかね」
深く息を吐いて、天界へ戻ろうとする。
その前に、最後にもう一度天使は幹人の方を見やった。
「……気を付けてくださいね。自分の運命を他者に振らせたりはしないように」
誰ともなく呟いて、天使は姿を消した。
コロコロ。
後に続くように、小気味いい音を立てて幹人のダイスが回った。
終




