魔力は容易に回復できない
「うう……また来てしまった。って、あれ?」
幹人は辺りの様子が変わっていることに気が付く。
先ほど殺された草原ではなく、見たことのない町中へと降り立っていた。
「え、何? 町?」
『うむ、安心したまえ。今回は町からスタートだ。やっと冒険を始められるぞ』
「……そうなんだ。はあ~~~~……」
『うん? せっかく人のいる場所へ来たのに、やけにテンション低いな。どうしたんだ?』
「気が抜けたんだよ。それくらい分かってよ」
幹人は敬語も忘れて愚痴る。もはや神に対する畏敬の念など湧いてこない。
『そうか。まあさっきみたいな不運続きはそう起こらないだろう。私だってそう簡単に全滅するところは見たくない』
「え、あれってわざとじゃなかったんだ……」
『当たり前だろう? あくまでダイスの結果に従っただけだし』
「その結果が問題なんだけど」
『まあまあ。町の中なら草原よりは安全だろう。さあまずは冒険者ギルドへ行くといい。よくある冒険者登録だ』
「よくあるの? ……というか、冒険者になることが自然なのは間違いな気が。他の職業選択は?」
『スキルとか魔法使ってみたくない? 冒険者なら持てるぞ?』
「使ってはみたいけど……宮廷魔術師とか騎士とかじゃダメなの? なんで?」
『そんなところに転生した奴が自由に技術を振るえると思う?』
「う、うーん。でもゲームとかじゃ割と雑に王族とかに会ってるような」
コロコロ。
『さあ早く行くんだ、冒険が君を待っているぞ!』
「足が勝手に!? 分かったよ!? 行けばいいんでしょ! ていうか本当にダイス目操作してないの!?」
幹人は、強制的に辿り着いた冒険者ギルドで強制的に登録を済ませ、強制的に職業適性を検査した。
「ミキトさん、あなたの職業は……まあ、賢者ですね!? おめでとうございます!」
「はあ、どうも」
受付嬢がやけに驚いているが、内容が全く分からないので幹人には反応しづらい。
「で、賢者って何ですか?」
「魔法使いと僧侶、両方の魔法を覚えることが出来る職業です。魔法使いは攻撃魔法を、僧侶は回復魔法を扱う職業です」
「ええと……つまり、上位互換?」
「はい、いいとこ取りですね。色んなことが出来ますから、他の冒険者からも引く手あまたですよ!」
「他の……ああ、そうか。パーティーとかも組めるのか」
「何なら今ご紹介しましょうか? 今日中に会えるかは相手の都合次第ですけど」
「ああ、そうですね。それならとりあえずお願いして」
コロコロ。
「申し訳ないですけど、まだパーティーは組まないのでお断りさせていただきます。何言ってんだ僕は!?」
「え、そうですか? また気が変わりましたら声をおかけください」
「あ、はい。じゃなくて神いいいいいい!? ちょっと、どういうこと!?」
『いや、振ったら断っちゃって』
「嘘つけえ!? 絶対仕組んだでしょ!? この先ひとりで冒険させる気だな!?」
『人聞き、いや神聞きの悪い。出ちゃったんだからしょうがない。百面で振って一面しか断る目がないのにね。おかしーねー』
「どんだけ運がないんだ僕は!? くそう……と、とりあえずソロの依頼ありますか」
「はい、ございますよ」
幹人が受けたのは町周辺の魔物を退治する依頼だった。
今回指定されたのは、スライム種の駆逐だった。
早速町の外の草原へ向かい、スライムを探す。
「スライムか……意外と強いゲームもあったりするから慎重に行かないと」
『ええー、警戒なんてしなくていいよ。どうせダイスが決めるんだし。だいいち、負けないと幹人くんのスライムプレイが来ないじゃん』
「いらないよ!? 誰に需要あるんだよ!? ……まあスライムはどうも魔法が弱点みたいだし、大丈夫なはず」
『それが幹人くんの最後の台詞なのでした』
「嫌なナレーション付けないでくれる? ……この依頼終わったら、一回神様のこと殴りたくなってきた」
『え、何で? ひどいな。理由もなく殴りかかるなんて人として恥ずかしくないの?』
「理由ありまくりだよ!? ないと思ってる方が怖いよ!」
『そうカリカリしない。スライムにやられちゃうぞー』
「自分でダイス次第とか言ったくせに……あ、来た」
少し離れた位置に、水色のゼリー状の生き物が蠢いている。幹人の両手で抱えられるくらいの大きさだろうか。触れてみたいとは思わないが。
『よし、じゃあ戦闘か』
「変な目を出さないでくださいね、絶対に」
『そいつはダイスに聞いてくれ。そーれ』
コロコロ。
『ちっ、魔法で先制だ。撃つといいよ』
「何で舌打ちするの? おかしいでしょ?」
『ほーらー、早く』
「早くって、命中するかどうかもあるんでしょ」
『おっとそうだった』
コロコロ。
『命中。ちっ、グラサイが』
「また舌打ちしたよね? ていうかグラサイって何ですか」
『子供は知らなくていいんだよ。はい、じゃあどうぞ』
「よし――ファイアボルト!」
呪文名を叫んで炎の矢を放つ。
初めて使った魔法だったが、過たずに炎はスライムへと命中した。
不定形の体から水分が蒸発し、わずかな灰だけが地面に残る。
「うわあ、すごい。これはいい」
『やだ、ダサい。魔法を思いっきり叫ぶとか恥ずかしくないの?』
「え、何で? 格好いいじゃない」
『神に詠唱とか必要ないし~。無言で思った通りにできるし~』
「はいはい、そうですか。こっちは喜んでるんだから、水を差さないで欲しいな、もう」
コロコロ。
「ん?」
『はい、じゃあまだスライムはいるからその調子で頑張ってね』
「いや、待って。今ダイス振らなかった?」
『振ってないよ?』
「何で嘘つくのさ。ちゃんとこっちにも聞こえてるんだから」
『え~、知りたいの~?』
「知りたいに決まってるでしょ。なんか変なこと起きてたら嫌だし」
『そうか、じゃあ周りを見てみるといい』
「え? ……あれ、何か焦げくさ」
幹人が周りを見ると、火に取り囲まれている。放った炎の矢が草に引火したらしい。
『ああ、何てことだ。無闇に魔法を使うからとんでもない事故が』
「事故じゃないだろおおおお!?」
『そうだな、人災だな』
「そういうこと言ってるんじゃない!? 何で隠そうとするんだよ!? 言えよ!?」
『まー、平気平気。ダイス振るまで炎も来ないから』
「あ、ああ、そっか。いや、良くはないけど。……で、これ止められないの?」
『水の魔法も使えるからそれで上手くいけば止まるだろうね』
「じゃ、じゃあ早くダイス振ってよ」
『ふふふ、ダイスを待ち通しにするとは染まって来たね?』
「染まってないから。動けないから早くして欲しいだけだから」
『つれないなー、幹人くんは』
コロコロ。
『ちっ、成功。水魔法を使って草原に広がる炎を消し止めたよ』
「いちいち舌打ちするのやめてもらえません?」
すぐさま幹人は水魔法を放って火を消した。
消火が終わったところで、改めて草原を見渡す。
「よし、再開だ。残りもやってしまおう」
『やる気あるね。相手が楽勝だと分かった途端これか。やーねー、最近の若い子って。バリボリ』
「やれることやってるだけなんだから別におかしくはないでしょう。ていうか、変な音してるんですけど、何か食べてるんですか?」
『せんべい』
「……休憩時間じゃないんだから、もう少し真面目にやってくれません?」
『どうせダイス振るだけなんだからいいじゃないか。それに戦闘が楽勝だからつまんないし』
「やっぱ、あんた神じゃないでしょ」
『何言ってるんだい、神とは常に試練を与えるものだよ。さて遭遇遭遇、と』
コロコロ。
『ふむ。今度は三匹か』
「う、数が多いのはひとりだと嫌だなあ……まあ確実に一匹ずつ倒せるんだからいいか」
『はい、それじゃ行動決定ー』
コロコロ。
『魔法発動だね』
「よし、これで数が減らせる――」
『しかし魔力が足りなかった!』
「……は?」
神から衝撃の言葉を告げられ、幹人はその場で固まる。
『しかし魔力が足りなかった!』
「……いや、繰り返さなくていいです。……魔力が? ない? 何で?」
『そりゃもちろん、さっき水魔法をたくさん使ったから』
「は!? 一瞬で済んだでしょ!? 何でたくさん使ってることになってるの!?」
『え、だって草原に「広がる」炎を消し止めたんだから、当たり前でしょ』
「何だその詐欺みたいな説明は!? やっぱりおかしい! 絶対ダイス目操ってるよ!?」
『不正はしてないって。えー、じゃあ敵三匹の攻撃ね』
「くそっ、頼む! かわせかわせ!」
コロコロ。コロコロ。コロコロ。
『クリティカル!』
「おいいいいい!?」
『あ、ダメージ振るまでもないや。即死だ、これ』
「嫌な死刑宣告するな!? ……うあ、あつっ!? いたっ!?」
スライムが体に取りついてくる。すぐさま皮膚も肉も骨もドロドロに溶かされて幹人は死んだ。




