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「それで、水希達はどうしてここに?」
「その話をしてもいいけど、今は一旦宿に帰ろう……ユイナさんがいるんだ」
「まじで? あの人ほんとどこにでもいるな」
確かにこんな誰が聞いているのかわからないところで話をするわけにもいかないからね。それに、ユイナさんが経営している宿があるというのならさらに都合がいい。というか、あの人僕たちが行くところ行くところどこにでもいるんだけど本当に何者なのだろうか。でも、ユナちゃんはその名前に心当たりがないので僕に質問してきた。
「あの、ユイナさんというのは……?」
「あー、その前に、水希どこまで話してる?」
「何も。だから初対面のフリをしたほうがいいぜ。向こうもこっちの意を汲んで初めて会ったように振舞ってくれるから」
「了解。あー後で話すよ。あと、できれば水希とは初対面のフリをしてくれ」
「わかりました」
水希と、それからユナちゃんと簡単に話をした後、僕は水希のクラスメイトであろう人達に向き直った。でも、その中の一人に見覚えがあることに気がついた。
「君は」
「ああ、そうか確か一度会っているんだっけ」
「斎藤くん、紹介してくれる?」
「ああ、いいぜ。こいつは俺の親友の柏木。それから……」
「ユナって言うんだ。この世界の人間だけど優しい人であることは僕が保証する」
『そして、私がケイが約一週間で契約した、精霊の、イフリートよ、よろしくね』
「おまっ……まあ、運が良くてね」
ユナちゃんだけならなんとか誤魔化すことはできるけど、イフリートまでもってなると正直厳しいぞ。運がかなり……ものすごく、最高に良かったとかそういう方向で誤魔化すことにする。そして水希はクラスメイトの紹介を始めた。
「柏木が会ったことあるこいつは有木直弘。そしてもう一人の男子が俺の親友の里村孝宏。そして女子の方だけど背が小さくてつり目が神里京香でもう一人が涼宮光里だ」
「そっか。柏木圭です。よろしく」
「よろしくお願いします」
僕たちは水希が互いに紹介してくれたことでお互いに自己紹介をした。そして僕たちはそのままユイナさんが経営しているという宿に向かって歩いていく。すると、神里さんが僕に話しかけてきた。
「そういえば、柏木くんって属性は何?」
「ん?」
「あ、私の属性を先に教えた方がいいかな? 私は風なんだよ」
「ああ、僕は火だ」
「へえ、じゃあ光里ちゃんと同じだね〜」
本来なら自分の属性なんて教えない方がいい……まあ戦えばある程度は絞ることができるけど。そして、思わず言ってしまったけど……水希やイフリートが笑っているのは少し不愉快だな。
「どうした? 水希」
「いや、別に。ああ、俺の属性は水だから」
「水希だけに、か」
「うるせえよ……お前こそ柏木の癖してなんで土じゃねえんだよ」
「苗字だからいいんだよ」
「その理屈はおかしいだろ」
そう言って笑いあう。最初に会った時も同じようなことを言い合ったからね。なんだか懐かしいよ。そんな僕らを見て、有木くんが少し不思議そうに話しかけてくる。
「お前らって本当に仲いいんだな。それに柏木くんも戦い慣れしてるし……あ、そういえば斎藤がタメで話しているってことは俺たちど同級ってことでいいんだよな?」
「色々あったんだよ……それで合ってるよ。僕は君たちと同じ年だ」
「斎藤もそうだけど、よく戦えるよな」
「経験だよ」
「経験ねぇ、斎藤も同じことを言っていたけどまだ一週間だよね?」
「俺たちは子供の時に色々やんちゃしてたからな」
「そんなところ」
やっぱり疑問に思うよね。僕が彼らだったとしたらきっと同じことを疑問に思っただろう。まさか以前にもこの世界に転移していましたなんてことは想像できないと思うけど……。完全には納得できていないようだったけど、それでも有木くんは一旦引いてくれた。
「ふうん、何してたかは聞かないでおくよ」
「そうしてくれると助かるかな」
「そういえば、柏木ってどうしてここに来たんだ? 俺たちは今実践訓練と国の防衛を兼ねてこうしてあちこちに派遣されているのだけど」
「ん? ああ、この世界を周りたいと思って抜け出してきた」
「もしかしてユナちゃんが柏木くんを助けたの? それで一緒に行動しているとか」
「えっと」
「そんなところだね」
おそらく水希が宿で話したかったことを全部教えてくれた。向こうで水希が頭を抱えているのが見える。でも、おかげで彼らの中で一つのストーリーが生み出されたから良かったと思うことにしよう。それに、僕も別に嘘をついているわけじゃないし。
「お前ら、村に着いたぞ」
「ああ、到着〜」
そんな風に色々話をしていたらいつの間にか、水希たちが泊まっているという村に到着したみたいだ。
「ユナちゃん、僕の側から離れないでね」
「え? あ、はい」
一応大丈夫だと思うけど、念のためにユナちゃんを側に置いておく。水希もそれに気がついたのか、僕の近くに寄ってきてくれる。まあ、元から近くに居たんだけどね。
「あれ? そういえば、柏木くんたちって、この国の人間の人じゃ」
「走るよ、ユナちゃん」
「俺が案内する。こっちだ……みんなも何も言わずに宿に帰るぞ」
「え? ちょっ」
「『焔』」
「うわっ」
思い出したかのように、神里さんが言った瞬間、僕はユナちゃんに走るように指示を出した。そして水希も同様に走りだして僕たちを先導してくれる。神里さんの言葉を聞いた村人たちが一斉の僕の方を向いてきたので、すばやく焔を出してみんなの視界を奪うようにする。その隙に全力で走る。
『全部燃やす?』
「それは最後の手段……水希、どれくらい走る?」
「少し」
「どうして急に走りだしたの?」
「今この世界は国同士が緊張関係にある……おいそれと他国から来たとか言っちゃいけないって」
ベルリンの壁とか万里の長城とかみたいなはっきりとわかる国境というか境目はこの世界には存在しない。村があったり街があったりしてだいたいこの辺りが境だよねって感じになっているだけだ。だから僕たちはこうして書物の国に入ることができたわけだし。でも、それは同時に間者たちが入り込んでいる可能性があるわけで村人たちも最低限の警戒をしていたとしてもおかしくはない。
「見えた! あそこだ」
「わかった」
しばらく走っていると目の前に大きな建物が建っているのが見えた。あれが、ユイナさんの宿屋。予想よりもはるかに大きい。そして僕たちが向かっていると、その玄関が開いて、中からユイナさんが出てきた。
「ユイナさん! こいつら『訳あり』だけど部屋ある?」
「もちろん、あるわよ」
水希が走りながらユイナさんに叫ぶ。ユイナさんは、僕の方を見て、すぐに何が起きていたのか理解したようで、即答してくれる。
「それじゃ、中に入っておきなさい。これが部屋の鍵よ」
「ありがとうございます」
「あとで、きちんと説明ちょうだいね……水希ちゃんたちもおかえりなさい」
「はい」
「た、ただいまです」
あとの言葉は僕だけに聞こえるように呟いた。水希が言ったみたいに、ちゃんと合わせてくれた。そのことに感謝しつつ僕は指定された部屋の鍵を開けて中に入る。向こうは水希がなんかうまいことやってくれるだろう。
「ふぅ」
「あの、何がおきたんですか?」
「え? ああ、それじゃあ説明……」
部屋に入って一息ついた時に、後ろにいたユナちゃんから説明を求められる。そしてそれに答えようとして……僕は今、とんでもないことに気がついてしまった。
「あれ? 部屋の鍵、一つしかもらってない……?」