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「ふぅ」
この世界にある6つの国の一つ、エルフの国、アルネル。その王都、ペルセルの王宮の中庭で僕はため息をついていた。
「こうなるとは、予想外だったな」
今、クラスメイトたちは中庭で訓練を行っている。何名かは今すぐにでも迷宮に行って戦いたいみたいだけど、それは国が許可しなかった。確かに今のあいつらは危ないからな。調子に乗って死んでしまうかもしれない。まあ、それでも僕より強いからあんまり見下せないけど。そして僕の予想外の点はクラスメイトからの僕への評価についてだ。現に、向こうにいる高山たちと目があって、
「おーい、柏木も来いよ。俺たちと模擬戦しようぜ」
「……はぁ。わかったよ」
高山たちのグループに呼ばれたので僕はそちらに歩いていく……こいつ、地球にいた時もそこそこ人をいじめていたけどこの世界に来ても変わらないみたいだ。その対象が僕に変わっただけで。
「あれから一週間、か」
この世界に戻ってきてから早一週間。色々なことが変わっていて驚いたけど、一番驚いたのは魔法の仕組みだ。正直少し気にくわないけど、僕はそれを否定できない。なぜなら、そのおかげで、
「ぼけっとすんな『水』」
「うわっ」
高山の声が聞こえて、そして僕の頭に水がかかった。高山が発動した魔法だ。あいつは風と水の二つの属性を持っているらしい。
「今のも避けることができないのかよ……かなり遅いぞ?」
「まあまあ、高山も人が悪いな。こいつかなり鈍いみたいだしあの程度も無理なんだろう」
高山たちの嘲笑が聞こえて来る。そう、高山たちに限らずにクラスメイトたちはみんな簡単に魔法を使うことができるようになっていた。これが変わっていたこと。魔法がかなり事務的にされていて、かなり機械的に考えることができるようになっていた。そのおかげで魔法というものがあんまり馴染みないクラスメイトたちでもかなりの数の魔法を使うことができるようになっていた。
「……」
「なんだよ。なんか文句でもあるのか? 文句あるならお前お得意の火魔法を使ってみろよ」
「うわ、さすがにひどいぞ。柏木は自分の魔法をコントロールできないんだからさ」
僕が高山たちと比べて弱い理由、それは魔法のコントロールができなくなっていたからだ。そもそも僕の属性である『焔』はイフリートとともに『火』が進化して生み出された属性だ。この世界における属性とは、火、水、風、土の4属性と珍しい光と闇、そしてそれらが進化した炎、氷、雷、地、陽、隠がある。それは置いておいて、イフリートとともに進化した魔法だからか、僕が使おうとすると、暴走してしまうんだ。
「『焔』」
高山たちの言葉に少しだけ苛立ちを覚えたので魔法を使う。ここで思わず反応してしまうのは僕がまだまだ未熟だからだ。僕の体から焔が生まれて……そして辺り一面に広がり始める。失敗、また、暴走だ。
「くそっ」
「お前、それで俺と戦う気かよ。見せてやるよ『水剣』」
高山の周りに水の剣が大量に発生して、僕の方向に向かってくる。そして僕の体にいくつか命中する。その勢いに押されてしまい、僕は地面に転がってしまった。
「ぎゃははははは、つまんねーの」
「さすが高山、柏木のやつ倒れたぜ」
「何事ですか?」
高山たちが笑っているときに中庭に降りてきた人がいた。僕たちの戦闘訓練を行ってくれているこの国の騎士団の団長、アルフさんだ。アルフさんは僕たちの様子を見て、そして僕を見て一言、
「君ももう少し強くなりなさい。タカヤマたちが強いのはわかっているが、情けないぞ」
「……」
「その様子だと君には迷宮にいく許可を出すことができないぞ?」
「わかってます」
客観的に見れば何も間違っていないし、そもそも僕自身も僕がかつての勇者であるとか一切言っていないので甘んじて受け入れる。ユナちゃんにもどうして公表しないのか聞かれたけど、今のこの世界の様子を見たら黙っておいたほうがいいと思ったからだ。ユナちゃん以外のエルフとはほとんど交流がなかったから僕のことを知っているエルフがいないのも幸いした。
「でも、こいつ、一回迷宮に放り込んだほうが強くなるんじゃないですか?」
「それは、そうだが、君たちが面倒を見てくれるか?」
「ええ、もちろんです」
してやったりといった笑顔で高山たちは笑っている。なんだかろくなことにならない気がするけど。その時、アルフさんの後ろから声が聞こえた。
「あ、では私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ユナ? 君仕事は」
「片付けてきました……それに私も一度迷宮に行ってみたかったんです」
いつの間にかユナちゃんが来ていて、そして自分も同行したいと言い出した。これにはアルフさんも驚いているが、ユナちゃんは一歩も譲る気がない。
「うわっ、この子誰?」
「可愛い!」
ユナちゃんに気がついたクラスメイト(の男子たち)が騒ぎ始める。うん、確かにユナちゃんは可愛いよ。でも、今はそうじゃなくて、
「しかし、迷宮は危険だが」
「大丈夫ですよ。一人も二人も変わりませんし」
そして高山が鼻の下を少し伸ばしながらアルフさんに伝える。大方迷宮で華麗に戦う姿を見せようという腹づもりなんだろうけど、まあ、そんな気分でいれるのなら、それはそれで素晴らしいことだと思う。僕にはもう、決して思えない感情だから。
「そうか、まあ確かに実戦を繰り返すことで成長することもある。君もそれでいいかい?」
「構いません」
迷宮にいくことができるというのなら、それはそれで都合がいい。これで許可が出たと思えば少しずつ慣れていけるかもしれない。それに、迷宮にいる生き物たちは基本的に迷宮によって生み出されている生き物たちだから遠慮する必要がない。人を殺すことに躊躇いはもうないけど、さすがにクラスメイトに攻撃するのは躊躇いがある。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう……ごめん」
「いえ、お気になさらず」
さりげなくユナちゃんが僕のそばに来て体を起こしてくれる。そしてアルフさんはみんなの前で、
「さて、今日の王宮での特訓はここまでだ。各自迷宮へと向かってくれ」
「はい」
一週間も経てばいつも一緒にいるようなメンバーが自ずと固まってくる。大体4人から6人ぐらいで行動することが多い。高山と一緒に行動しているのは久留米久人と福本修の二人。三人で行動している……できているということは、それだけ彼らの実力が優れているということにほからならない。今日はそこに僕とユナちゃんが加わるわけだけど。
「さて、それじゃ行くぞ」
「おう」
迷宮へと向かっていく。王宮から少しだけ離れているが、普通に行き来できる距離のところにあるので歩いてそこに向かう。向かう途中に少しユナちゃんと話したいなと思ったけど高山たちをはじめ、クラスメイトたちがずっと話しかけていたので話すことができなかった。
「あの、皆様はいつもどれくらいで戦っているのですか?」
「うーん、今は3階層で戦ってるぜ」
「今日はユナちゃんがいるから一階層にしようか?」
「いえ、皆様に合わせますよ」
「そう? あ、ちなみにユナちゃんは属性何?」
「私は……光です。回復魔法も使えますので後ろでしっかりと支援しますね」
ユナちゃんと高山たちの会話を後ろから聞いている。ユナちゃんは光属性だったんだ。かなり珍しい属性だしおまけにさらに希少な回復魔法も使えるとか……凄すぎるな。それを聞いた高山たちはかなり興奮していた。
「マジか!」
「回復魔法! すごいな。いつも傷ついて進めなくなっていたから」
「なあ、ユナちゃん、俺たちのパーティーに来ない?」
そして勧誘を始めた。まあこんな人がいたら勧誘したくなるよね。実際僕も勧誘したわけだし。まあ、ここでユナちゃんが承諾したとしても僕は何も言わないでおこう。そう思っていると、
「お断りします。すでに別の人に誘われていますので」
「え? 誰に?」
「ケイ様です」
「え?」
「誰?」
あ、うんそうだよね。同級生の下の名前なんてあんまり覚えていないことが多いよね。仲がいいならともかく。でも、ユナちゃんが僕の方を向いて、はっきりと言ったので、高山たちも伝わったみたいだ。
「は? こいつと?」
「柏木! てめぇまともに訓練しないで何してるんだよ」
「僕が彼女と行きたいと思ったから誘っただけのこと。行くかどうか決めたのは彼女自身だ」
案の定詰め寄られたので僕は言い切る。堂々と言い切ったので高山たちは少しだけたじろぐ。そしてそれ以上何も言うことなく彼らはまた歩き始めた。
「ケイ様、その」
「気にしないで、ユナちゃんが綺麗だから嫉妬しただけだよ」
ユナちゃんが僕の顔をうかがうように行ってきたのでそう言い切る。僕の言葉を聞いて少し顔を赤らめたようだけど……うん、僕も少し恥ずかしい言葉を言った自覚があるのでそんな反応は困るな。そうこうしているうちに僕たちは無事に迷宮にたどり着くことができた。行く途中にずっと高山たちが話していたけど……大丈夫だよね?