25
「え?」
「ふふっ、驚いた?」
「うわっ」
どうして、目の前にレオリアが? 美希ではなく別の人を殴っていたという現実に思わず、思考が止まってしまった。すぐに立て直しを図ろうとしたけれど、相手が悪い。一瞬の隙を見逃すような美希ではない。風が巻き起こってそのまま空中に飛ばされてしまう。
「これは……転移? くそっ、進化したのか」
「あら、正解」
美希は転移魔法を扱うことができる。以前は自分と、彼女の近くにいる人だけしか転移することができなかったけど……でも、それだと少しばかりおかしなことが起きている。だから進化と推測したんだけど、それが当たっているみたいだ。
「まあ、仕方がないけど圭たちよりみんな弱いからね。私はもっと強くなる必要があった」
「僕たちと比べるのはダメでしょ」
そもそも年季が違う。僕たちはこの世界で一年間生き延びたんだよ? それをまだたかだか一週間かそこらの人たちと比べるのはさすがにかわいそうだと思う。
「がはっ」
「「あっ」」
その時、レオリアが思いっきり血を吐いた。すっかり忘れていたけど僕の全力の拳に当たったんだよな。美希ならなんとかなると思って殴ったけど、他の人に当てるのはさすがにやばいかもしれない。
「だ、大丈夫ですか?」
「……問題ない」
「そうですか。なら、遠慮しません」
「うぐっ」
声をかけたら大丈夫だと返されたので試合を続けるとするか。さすがにやばかったら僕は自主的に敗北宣言でもしようかと思っていたからね。残りが二人になったら間違いなく美希が勝つだろうし。そしてその言葉を聞いた美希がレオリアを思いっきり吹き飛ばした。本来ならそのまま殴りかかるところだけど、せめてものってことで。
「ん?」
「『風』」
「『焔』」
後ろから大濱くんが風を吹かしながら近寄ってきた。でも、あいにくだけど気配がバレバレだよ。素早く焔を出して吹き飛ばす。
「どうして……」
「もう少し気配を消さないと動きを掴まれちゃうよ」
「そ、そんなことで」
そんなことで捕まっちゃうのがこの世界の恐ろしいところなんですよね。どうしようかなと思っていたら大濱くんの周囲に風が吹いて、そのまま吹き飛んで行った。
「うわあああああ」
「お前容赦な」
「だって、これ以上戦ったら怪我するからね」
美希なりの優しさっていうことね。これで二人が脱落したわけで残りが三人。ただ、僕も美希も目的が同じなので最悪残りのレオリアって人を倒してしまえば派手に爆発でもしてどっちかがしれっと場外に行けば問題ないよね。もちろん共闘なんてする気はさらさらないけどね。
「『焔』」
「『天の世界』」
「『風』」
三者三様に魔法を発動させてぶつかり合う。あの人、僕や美希と張り合えるぐらいの魔力を誇っているのだな。
「『不知火』」
「!」
でも、この攻撃を防ぐことはできないだろうね。僕の焔や美希の風に注意を割き過ぎてしまっていて、範囲魔法への対処が遅れた。結果として、レオリアは僕の焔に焼かれてしまった。焔が収まると、レオリアはその場に倒れている。
「これで、残りは美希だけ」
「ええ……そう、ね?」
「ん?」
美希が途中で言葉を切った。その理由はすぐにわかる。倒したと思っていたレオリアがその場から立ち上がったからだ。どうやら僕が思っていたよりもタフだったみたいだ。こうなることなら場外に吹き飛ばしておくべきだった。
「……お前らを、殺す」
「あら?」
「ん?」
そして、立ち上がったレオリアは目の焦点が合っていない。そして、体が少しだけ光り始めた。これはつまり、誰かの魔法でその姿になっていたということなのだろうか。
「人間はみんな、殺す!」
「うお」
「これはっ」
そして立ち上がったレオリアは、そう叫ぶと、自分の周囲を風で吹き飛ばす。こいつ、僕の焔を受けても平気でいられたのか。というか、さっき僕らを殺すって……ん? 人間?
「おい、今人間を殺すって聞こえたんだけど」
「レオリア。まさか、あなたは」
「俺は魔王様に仕える騎士。人間は全て、殺す」
「ジェミスと同じか」
まさかとは思っていたけど、今の言葉を聞いて、確信に変わった。こいつは、魔族だ。しかもやばいことにこいつはジェミスと同格ってことか。
「『風の弾』」
「!」
「きゃあああああ」
「ちょっと、観客への攻撃は禁止ですよ」
「うるせえな!」
レオリアは手を挙げたと思うと、僕たちの試合を見ていた観客たちに向けて魔法を放ち始めた。こいつ、容赦なく攻撃するのかよ。
「お前のあいては僕らじゃないのか?」
「全員殺せば変わらない……魔王様を殺したという刀。きっとかなり優れているに違いない」
「あー、うん」
「まあ、優れてる、わね」
レオリアの自信満々な言葉に対して、僕らは苦笑いで返すしかない。あの刀の特徴はものすごく頑丈で決して折れることがないということだからね。だからこそ、水希の武器として使い続けることができたわけだけど。でも、そんな返答はレオリアにとって意外だったみたいだ。
「お前ら、俺が観客を殺そうとしているのに、止めないのか?」
「間違ったことを言ってないからね」
「一応試合のルールは準拠しておきたいの。あとで文句を言われないように」
「ま、だから」
僕は素早くレオリアに近寄る。こいつがルール違反をしているから失格となるかもしれないけど、それでも、一応、大会のルールで決着はつけておいたほうがいいからね。
「『天の世界』」
「お前ら、まさか手を組んで」
「いやいや、不可抗力ですよ」
レオリアに一撃入れる。そして美希が会場に巨大な風を吹き鳴らす。その結果、僕も、レオリアも場外にはじき出されてしまった。
「審判、これで私が優勝よね?」
「え? あ、いやそうですけど」
「それじゃ、優勝商品を頂くわ」
「え?」
「それは俺が」
「ダメだよ『焔』」
「ぐっ」
美希が大会側の人たちに詰め寄っている。うん、僕も場外に出たわけだし負けたわけで、もう、これでルールに縛られる必要がなくなったわけだ。レオリアに向かって焔を放つ。
「お前、さっきよりも威力が」
『あんたたちって仲間同士で情報交換してないの?』
「精霊……、お前精霊使いだったのか」
「いや、ジェミスから聞いていないのかよ」
「あ? 知らないね」
えぇ……。精霊使いとか明らかにやばい奴が人間サイドにいるってことぐらい伝えておかないとやばいだろうに。いや、そもそもこいつとジェミスが出会っていない可能性もあるわけだけどさ。
「まあ、いい。お前から殺してやる『風』」
「無駄だって『焔』」
周りを見れば、水希と美希が観客たちを避難させている。おかげで思いっきり魔法を使うことができる。そしてアリスは……、うん。彼女もきちんと避難することができているな。なら、面倒なことにならずに済むな。
「何としても強くなってやるよ」
「その心意気はいいことだけど、『叢雨』は譲れないね」
「そうかい」
「!」
後ろから何かしらの魔力を感じたので慌てて横に避ける。後ろを振り返ってみたら、水の塊が飛んでくるのが見えた。
「ピスケル、お前邪魔するなよ」
「はぁ? 助けてくれた相手に対しての言葉なの? それ」
「お前は」
そこにいたのは紫色の髪の毛をもつ女の子だった。でも、レオリアと普通に話している感じではこいつも魔族の一人なのだろう。僕の視線に気がついた彼女は、僕の方を見て、優しく微笑む。
「初めまして私はピスケル。よろしくね」




