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「それでは、皆様全員が協力していただけるということでよろしいですね」
「はい……ただ、この場の流れで承諾した人もいると思います、実際に戦ってみて嫌になる可能性もあると思います」
「それは……いえ、わかりました。もちろん最大限援助いたします」
園田の主張に少しだけ眉を潜めていたけど、すぐに笑顔に戻った。まあ世界の一大事だからなんとしても戦ってもらいたいよな。まあ僕たちにそれを従う義理なんて絶対にないんだけど。
「さて、では次の話に移りましょう。具体的にはすぐに迷宮に言って実戦に取り組む人とこの王宮でしばらく訓練してもらう人に分かれてもらいます」
「どういう意味ですか? それに迷宮というのは」
「強くなるためには実戦で鍛えるのが一番です。そのためにこの近くにある『綱渡りの迷宮』がうってつけかと。しかし最低限の実力が伴っていなければ生き残ることができません。ですので実戦にでる許可を出そうかと思っています。もちろんしばらく訓練していただければ実戦に出ても構いません」
「なるほど。手厚く介護していただけるのであれば、嬉しいです。しかし、基準はどうなっているのでしょうか」
「はい。その前に能力値の説明を行いたいと思います。この世界の平均では筋力、俊敏、魔力は50。そして幸運は10となっています」
あ、この辺りの数値は変わっていないんだな。時代が変わったから平均値も変わるかと思っていたけど、そこまで変わることはないみたいだ。それにしても、と僕は自分の能力値と比較する。魔力はかなり強いけどその他が全くダメだ。まあ、これはわかりきっていたから別にいいけどね。
「それで実戦に出れる条件を教えてくれよ。俺は早く戦いたいんだよ」
高山が急かすように言う。まあこいつは珍しい2属性持ちだから戦いたくてウズウズしているのだろう。そしてその言葉を聞いて、老人は語り出す。
「かしこまりました。まず、今すぐに許可がでる条件をお伝えしましょう。まず、筋力、俊敏がともに100を超えているもの。どなたかいらっしゃいますか?」
誰も手を上げない。まあ許可が出るとはいえ、いきなり戦いたくなんてないものな。そもそもいきなりそんな能力値のやつなんているはずがないと思うけど。そして老人は続ける。
「次に少しの戦闘訓練で許可を出せるもの、次の条件のいずれかを持つものです。まずは属性が一つでないもの、」
その言葉を聞いたときに高山は自慢気な表情をした。最後まで話は聞いた方がいいと思うけどな。
「次に筋力、俊敏のいずれかが100を超えているもの。また能力値の合計が200を超えているもの。以上です。該当する人はいますか?」
高山が勢いよく手を挙げる。高山の他にも数人が手を上げていた。意外なことに園田は手を挙げていなかった。あいつ曰く、こういう時はクラスの委員長とかはかなり優れた能力値を持っていることが多いって言っていたから。
「さて、最後ですが、幸運を除き全能力値が平均を超えているもの、また合計能力値が150を超えているもの、です。先ほどと比べてもう少し厳しいものとなりますが、ある程度すぐに出るでしょう。該当者は教えて下さい」
そして、今度はかなりの人が手を挙げた……いや、ちょっと待て。これ、僕以外の人全員が手を挙げていないか? まあ別に焦るようなことはないんだけどさ。そして老人も、また王様もこの僕たちの様子を見て、かなり驚いたようだった。
「これは素晴らしい……もしかして全員が当てはまっていると」
「あー違います。僕は当てはまっていないです」
「……柏木」
「ざっこ」
後ろから嘲笑が聞こえてきたけどそれは当然無視する。僕は自分の能力に満足だし……それにそもそもこの能力値には当然理由があるわけだしさ。何人かは僕のことを心配そうな目で見ているけど、それも気にしてなんていられない。
「そうですか。では、あなただけ少し別の訓練を受けてもらうことになります。構いませんか?」
「はい」
正直言って、個別の方が色々と都合がいい。本当なら全てを話してしまえばいいのだけど、正直まだわかっていなことが多い中で自分の情報を開示することはあんまり良くない。そりゃ、エルフの国だからある程度の信頼はできるけど、全てを話すことができるかといえばそれは無理だ。
「他にも伝えるべきことは多いですが……今は混乱しているでしょう。今日はもうお休みください」
「は? 俺もう戦いに行きたいんだけど」
「……かしこまりました。今すぐに戦いたい人はそちらの騎士についていってもらえますか?」
「よっしゃああ」
「休まれたい方は向こうの使用人についていってください」
僕は当然今すぐに戦いたいわけではない。だから使用人の方に進んでいく。しかしまた意外だったのはほとんどの人が戦う方に向かったことだ。もう少し休みたい人が多いと思っていたけど……ああ、自分が手に入れた能力とかについて知りたいのかな。
「やっぱり行こう」
「知っておいて損はないからな」
そしてなんていうか集団心理というべきか一人、また一人と数が多い方に進んでいった。最後には今日は休もうというのは僕だけになってしまった。……お前ら、なんかすごいな。いや、これは僕が前を知っているからでクラスメイトと同じように今召喚されたのならきっと、無邪気でいられたのかな。
「では、進みましょうか」
「はい、お願いします」
そして僕は使用人に連れられて大広間から出て行く。みんなは騎士に連れられて別の扉から出て行った。さて、と。どうしようかな。こっそりとここから抜け出すというのも面白いけど……いや、まずは情報を手に入れる方が先かな。それに、今すぐに出たらあいつらを見殺しにすることに繋がるかもしれない。そんなことを思いながら進んでいると、使用人の女性が急に立ち止まった。
「どうかしたのですか?」
「こちらの階段を上った先が皆様の寝室となります。食事時になりましたらお伝えに参りますのでそれまでお休みください」
「ありがとうございます」
どうやら目的地に着いたみたいだ。僕は案内してくれた人にお礼を言って、階段を登り、いくつかある部屋の中から一つ扉を開ける。開けると、中で女の子がベッドを敷いていた。
「あれ?」
「申し訳ございません。すぐに終わりますの……で、」
「ん?」
その女の子はこちらを向くと、言葉を失ったようだった。綺麗な銀髪が特徴的な美しい女の子だった。なんとなく見たことある面影をしているけどどうかしたのだろうか。そして女の子は僕を見て、まるで、信じられないものを見るような顔をした。
「え、えっと?」
「ケイ様!」
「え?」
そして僕の名前を呼ぶと同時に少女は僕の元に駆け寄ってきて、そして僕に思いっきり抱きついてきた。いきなりのことでかなり慌ててしまう。
「え、えっと」
「ご、ごめんなさい。嬉しくて。やっと……やっと会うことができました」
「き、君は」
この少女が誰なのかよくわからない。でも……さっき僕を見て圭様って呼んだよな。そんな風に呼ぶ人は……たくさんいたからなんとも言えないな。そして目の前の少女に誰なのか聞くと、少し寂しそうに教えてくれた。
「わからないのですね……私です。ユナです」
「ゆ、ユナちゃん!?」
え、あ、ちょっと待って。ユナちゃんって確か50年前はほんの小さな少女だった。それがこんなにも美しく成長しているとは……まあ50年と言ってもエルフだから身体的成長はそこまで変化していないのだろうね。
「嘘だろ……綺麗になったね」
「! あ、ありがとうございます。思い出してくれたんですね」
「ま、まあね。忘れるはずがないよ」
忘れるはずがない。僕たちのことをかなり慕ってくれてついてきてくれた少女のことを。そして僕が本当に覚えていることを確認したらユナちゃんは嬉しそうに笑った。
「そ、そっか。ユナちゃんは50年ぶりになるんだね」
「そうですね。あの日、ケイ様たちが消えてから、ずっとお待ちしてました」
「う、うん」
なんだろう。さっき笑った時もそうだけど、ユナちゃんがあまりにも美人に成長しているものだからなんだか調子狂うな。今もお待ちしておりましたって言われてドキッとしたし。僕は再召喚されたのはほんの一ヶ月ぐらいだしそれでも少しこの世界の人のことを懐かしく感じたから、ユナちゃんはきっと、かなり待ったのだろうな。だからこそ、こうして僕に抱きついて、泣いているのだろう。
「会いたかった……皆様に会いたかったです」
「そっか……ごめんね。何も言わずに消えて」
50年前、僕たちは、この世界からいなくなることを選んだ。それはあいつとの約束だし、僕たちがこの世界にずっといたとしてもダメだということがわかっていたから。それに、地球には僕たちの友人や家族といった大切な人たちがいたから。でも、それでユナちゃんたちをかなり悲しませてしまったんだろな。
「言いたいことはたくさんありますけど……全部許します」
「うん、ごめんね」
「うっ……うぅっ」
「うん、うん」
僕も聞きたいことはたくさんある。あるけれど、何も言わないでユナちゃんの背中をずっと摩り続けた。そうすることでしか、彼女の50年に報いることができそうになかったから。