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「新しい魔王の名はカストル、妾と同じく闇属性の使い手だな」
「カストル……水希は知ってる?」
「いや、知らないな」
アリスが教えてくれる名前に全く心当たりがない。50年前にいた魔族ならそこそこ知っているはずなんだけど知らないということは最近出てきた魔族なのだろうか。
「お主らが知らなくても無理はない。カストルは最近になって頭角を現した魔族だからな」
「最近……じゃあ50年前は何してたんだ?」
「奴隷だ」
「え?」
「人間の奴隷として過ごしておった」
「それは……」
アリスの言葉を聞いて愕然としてしまう。それは……つまり、カストルは人間の奴隷であったから、その影響で人間に対して憎しみを持っているということなのだろうか。その考えが顔に出ていたのだろう。アリスは神妙な顔でうなづく。
「お主らが考えておる通りだ。あやつはその時に人間からされたことが原因で人間に対して強い怒りと憎しみを抱いておる。それが結果的に奴を魔王にまで押し上げた」
「最近魔の国が活発なのもそれが原因なのですね」
「ああ、む? お主は人間ではないな」
「はい、私はエルフの国の住民です。私はケイ様に命を救われたのでこうしてお供しています」
「そうか。妾と同じなのだな……話を戻すぞ。カストルと同じく人間に対して強い憎しみを抱いておるものたちもいる。全部で12名」
「ああ、ジェミスとか」
「そうだ……すでに倒しておるとはさすがだな」
「いや、殺してはない」
殺す気がなかったから普通に逃したし。おかげでアリスの情報を得ることができたわけだけど。そう話すとアリスは少しだけ意外そうにした。
「まあ、お主らしいといえばお主らしいな。父上をきちんと殺してくれたし」
「どういうことでしょうか?」
「その話はしないでおこう……しないでくれ」
「ああ、俺もしたくない」
「すまない。お主たちにとって触れたくない内容だったな」
こんなこと口が裂けても言えないけど、ユナちゃんというか僕たち以外の存在がいるところで話したくないだけなんだけどね。それが、あいつの最後の望みだから。
「そしてお主らにとってもっとも触れてほしくない話題もここで済ませておこう。セルシアのことだ」
「ああ、死んだって聞いたよ」
「妾を守るために死んだ」
「カストルって奴が殺したのか?」
「いや、奴はそんなことはしないぞ。奴は、人間に対しては強く恨んでおるが魔族に対してはかなり優しい。セルシアを殺したのはあやつの配下、それも制御しきれなかったものたちだ」
「……」
魔族には優しい。少しいびつなようだけど、それはきっと彼が幼い頃に奴隷としてひどい扱いを受けていたことによることが影響しているのだろう。
「カストルは最後まで妾とセルシアのことを想っていてくれた。実際妾への追っ手は相当少ない」
「あいつが制御しきれてない奴らだけしか追ってきていないということなんだな?」
「そういうことだ」
「なるほどね……それで? これからどうするんだ?」
ここまで聞いてきてアレだけど、アリスの今後の展望はなんとしても聞いておきたい。そもそも、それならどうしてこうして逃げてきたのだろうか。それが知りたい。
「人間どもがまたしても勇者を召喚したと聞いた。お主たちが再度召喚されたと思ってお主たちに頼みごとをしようと思って」
「頼みごと?」
「ああ……妾の頼みは一つ、カストルを殺してくれ」
「……」
頼みごととアリスが口にした瞬間から嫌な予感はしていたけど、それが的中してしまったみたいだ。カストルを、現魔王を殺す。それは、かつて彼女が口にした願いだったからだ。
「理由は、話さなくても良いな?」
「わかってるよ。お前がそこまで言う相手なのか?」
「そうだ。あやつは人間と関わらなければ……つまりは父上が死ななければ今のようにはなっておらぬはずだ」
「後悔する気はないけど、間接的に僕らにも責任がある、か」
「柏木、一々全部背負っていたら持たないぞ」
「わかってるけど」
『分かっているならそんなこと口にしないわよ』
イフにまで言われてしまう。全部自分の責任にする奴って普通に考えてあんまりいい感じはしないからね。周りは迷惑だろう。
「アリス、そのカストルの強さってどれくらいだ?」
「そこは知らぬ。だが、現時点でセルシアよりも強いのは間違いないだろう」
「そっか」
「じゃあ、悪いけどすぐに魔王のところに乗り込むのは無理だ」
「そもそも武器なしで挑むのは無理ではないか?」
「水希が武器を壊すから」
「それ結果論すぎない!?」
まあ、本気で避難しているわけじゃないからね。必要な犠牲だったと思っているし。となるとまずは水希の武器を探す方が先決かもしれない。
「お前の武器ってどこにあるんだ?」
「いや、知らない」
「水希様の武器が必要なのでしょうか?」
「素手で戦うのに限界があるし、能力が使えないのもやばいから」
「水希が力を抑えればいい話なのに」
「それができたら苦労しないって」
「アリス、先に水希の武器を探すけどいいか?」
「構わぬ。頼みごとをしているのは妾の方だ。ある程度のことはお主らに合わせる」
「イフやシルフィは知ってるか?」
『さあ?』
『興味ないから』
こういうことに詳しそうな精霊たちに聞いてみたけど、全く興味なさそうな返事が返ってきた。アリスに許可を取ったし水希の武器を探すことを第一目標として動くとするか。
「多分、魔の国以外の国のどこかにあるよね?」
「その可能性は高いな。ただ」
「エルフの国で探すのは厳しい」
「書物の国も難しいよな」
僕だけ、または水希だけなら最悪なんてとでもできる。ただ、アリスと一緒に行動することになるわけだし、僕たちのクラスメイトが納得してくれるかといえば厳しいものがある。魔王を殺す目的が目的だからね。
「まあ、咲夜たちを探すこともできるし、国々を回ろうか」
「そうだな、それじゃあ、人の国か……ああ、人の国って二つあるからえっと」
「あ、ケイ様はご存知なかったのですね。50年前にケイ様たちが召喚された国は今では英雄の国となっています」
「そうなの?」
英雄の国か。要は僕たちが召喚されて魔王を撃って世界を救ったことに起因しているよね。でも、正直言えばそこには行きたくないな。可能性が一番高いのは間違いないのだけど。そして最後の国が獣の国か。その名前のとうり、獣人たちが生活している。
「私、人の国に行きたいです。エルフの国と同じくらい自然豊かだと聞いています」
「へえ、じゃあそうしようか」
『構わないけど、道わかる?』
「……咲夜どこにいるんだ?」
イフリートに言われてどうしようかと思う。もうこの世界の地形が大分あやふやになってしまっているんだよね。だからこういう時に便利な咲夜がいてくれたらなと思わずにはいられない。
『あんたら使えないわねー』
「戦闘特化だからな」
「むしろ支援特化のさくがおかしいんだよ」
イフリートがこぼした言葉に僕も水希も反論する。その分戦闘ではかなり役に立っているからね!
「はぁ。道は出会う人に聞けばいいとして、大まかな場所はわかっているだし、とりあえず人の国に行こうか」
「柏木の言う通りだな。アリス、お前の話を聞いていると時間がないように感じる。それに」
「いろいろな国が勇者を召喚したということは、全面戦争も近い可能性もあるからね」
「そうじゃな。さぁ、早く進もうではないか」
僕と水希の話を聞いて、アリスがまとめてくれた。まあ、戦力的には全く問題ないし、ひたすら進んでいくとしますかね。




