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「あら、おかえりなさい」
「ユイナさん」
「ご苦労様〜無事に村を守り抜いたみたいね……にしてもあんまり表情が良くないわね」
「少しね」
ユイナさんに挨拶して、そのまま部屋に戻る。ジェミスとの会話はなんていうか、かなり疲れた。魔王を倒して、それで世界は平和になりました。よく物語では聞く話だけどその先の話なんてあんまり考えたことなんてなかったな。でも、これが普通のことなのだろうか。
「ん?」
考え事をしていたら、部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。もしかしてユナちゃんがきたけどさっきの僕を思い出して入りズラいとかそういう感じなのかな。それは少し悪いことをしたきがするよ。
「ごめん、ユナちゃん」
「ユナじゃなくて悪かったね」
「帰れ」
「うるせぇ、少しぐらい話させろ」
『はぁ、うるさいのが来たわ』
扉を開けたらそこにいたのは水希だった。水希は僕の部屋に上がり込んでくると、そのまま僕が使っているベッドに腰かけた。
「お、おい」
「ん? もしかしてこっちがユナだったか?」
「いや、僕が寝てるほうだよ」
でも、どうしてこいつがここに来たんだろうか。いや、わかっている。さっきのことで話がしたいことくらいわかりきっている。
「あの魔族が言っていたことで一つ相談があるんだが」
「なんだ?」
「俺たちでアリスを保護しないか?」
「は?」
でも、水希が出してきた内容は僕の予想をかなり超えていた。さっきのことを恐る恐る聞いてくるとか……いや、こいつはそんなことしない奴だったよ。
「お前俺が慰めるとでも思ってたのか? そういうのはユナにしてもらえよ」
「まだイフのほうがましだって」
『やだ』
「それより、どうしてそんな考えになったんだ?」
もうイフの言葉は聞かなかったことにして、水希の言葉の続きを聞く。こいつが考えなしに発言することはありえないから、その真意を聞きたい。
「……。まあ、お前ほどじゃないけど、あの魔族の言葉が引っかかってね。人間に捕まっても、魔族に捕まってもアウト。それにアリスって生粋のお姫様だろ? 俺たちが保護するのが確実だろ」
「それは、そうだけどさ」
「ま、それに俺はかつての知り合いのあいつを放って置く気はない。というわけで俺は明日の朝、ここから出て行く」
「は?」
「一応お前にも伝えに来た。それじゃあな」
そう言って水希は部屋から出て行った。部屋に残されたのは僕とイフリートのみ。
『それで? けーはどうするの?』
「アリスを助ける」
それだけは譲れない。自分の知り合いが死ぬかもしれないという状況に何もしないなんて選択肢はない。それにちょっと落ち込んでいたのは自分がどうするかがわからなくなっていたからだ。
『それは後回しでもいいんじゃないかしら?』
「そうだ……ね」
『ま、下に降りてみましょうよ』
「?」
急にイフリートが親切なことを言い出したからどうしたのかと思ったけど、他に選択肢もないわけだし、したにおりてみた。そこにはユイナさんとユナちゃんの姿があった。
「あっ」
「あら、ケイちゃん……もーだめじゃない。こんな可愛い子泣かせたら」
「な、泣いてたわけじゃ」
「そうだね。心配かけてごめん」
「いえ」
さすがに泣いていたというのは誇張であると信じたい。それはともかくユナちゃんに心配をかけてしまったのは事実なわけだし謝罪する。そんな僕をみて、ユイナさんは感慨深げにつぶやく。
「まあ、ケイちゃんの悩みは自然なことよ。自分がしてきたことが無意味だったかもしれないと突きつけられるのはある意味残酷よね」
「まさか人間が魔族を奴隷にするなんてね」
「そこはもう歴史が証明しているわ」
「ん?」
『あなたの世界でも似たようなものでしょ?』
「それを言われたら何も言い返せないな」
人類が成長するにつれて、文化が進むにつれて奴隷というものが生まれ、身分制度が生まれた。奴隷のほうが今は撤廃されているけどそれでも差別などは残っているし問題は山済みだ。
「ただ、一つ言えるのはあなたが立ち止まることをすずかちゃんが望んでいるのかって話よね」
「すずか、さん?」
「あいつの名前は出すな!」
「あら、ごめんなさい」
反射的に大声を上げてしまった。でも、それを言われたら弱い。あいつがこんなことで僕が悩んでいることを望んでいるなんてありえない。それは紛れもない事実だ。
「わかってるよ。あいつは僕たちがひたすら前に進んでいくことを願っている。だからあいつは」
「それ以上は言う必要はないわ」
「ふぅ」
ユイナさんに止められたので言葉を切る。この人は全部知っているんだよな。50年前に僕たちがしたこと、してきたことを。起きた出来事全てを。
「ごめん、少しだけ冷静さを失っていた」
「ま、ケイちゃんまだ若いもの。しょうがないわね」
「少しは成長したと思ってたんだけどね」
「ケイ様があそこまで荒れるのは初めて見ました」
『こいつはもともとこんな奴よ。旅を経て少しは成長したと思ってたけど、根っこはそのままね』
「余計なことを言うなよ」
そのまま脱力して机の上に体を倒す。なんかものすごく疲れた気がする。
「ふふっ、根底が変わっていなければいいのよ。人間だもの、急激な成長はできないわ」
「わかってるよ」
ユイナさんが慰めようとしていることはわかった。だからすぐに起きて、立ち上がる。
「どこに向かうのかしら?」
「水希のとこ……いや、それはやめとくか」
『ということは、決めたのね』
「ああ……ユナちゃん」
「はい」
イフリートの確認に後押しされる形で僕はユナちゃんに声をかける。水希のところに行って宣言するのも良かったけど、それだと水希のクラスメートたちに知られてしまう可能性があるわけだしやめておいたほうがいい。
「僕は明日、この宿を出る」
「それは」
「まあ、どうせ行く先でこの宿に出会う可能性があるわけだけど」
「うーん、どうかしら。細かい話はできないけど、多分しばらくは無理だと思うわ。もう少し時間が経ってからね」
「そ、そうなんだ」
ユイナさんが言っている意味がよくわからない。でも、それがいつもいつでもどこでも僕たちの目の前に現れていた秘密に関係することならば、深く追求することはやめておこう。それに、少しばかり、蛇足感あるし。
「それで、良かったらついてきてほしい。また、改めてお願いするよ」
「……もちろんです!」
『あれ? 私は?』
「もちろんイフも頼む……多分お前しか、僕を引き留めることができそうにないから」
『その役目だけは引き受けてあげるわ』
「引き留める?」
『ユナは知らなくていいことよ。こいつの問題だし』
「ユナちゃんはそのままでいてほしいな」
「は、はい?」
よくわかってないユナちゃんの姿をみて、思わず笑ってしまう。それでいいよ。この世界の負の側面なんて知るのはまだ早い。僕も知っているかと言われたら違うけど、ただ言えるのは、これからきっと、僕は、僕たちはそれと何度もなんども直面することになるということだけだね。




