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「ええ!?」
「どうしたのですか? 急に大声を上げられて」
「あ、えっと」
ユナちゃんに心配そうに言われたけど、この子は今の現状をわかっていないのだろうか。それとも単に僕が男として認識されていないから特に気にされていないという展開なのだろうか。とにかく、きちんと説明しておいた方がいいだろう。
「あのね、ユイナさんから鍵一つしか渡されてないから……ユナちゃんもこの部屋に泊まることになるんだけど」
言いながら部屋の中を見渡してみる。ベッドが二つあってその他のスペースはそこまで広くない。ビジネスホテルみたいな感じだ。ただまあこの宿の性質からしてこれで充分なんだけどね。バスルームとかはなくて共有の浴槽を使うことになるのだけど……さすがにトイレで寝たくないよな。
「それが何か問題ありますか?」
「え?」
おい、イフ。この世界の貞操概念はどうなっているんだよ。さすがに男と同じ部屋に泊まることに抵抗がないとかおかしすぎるぞ。しかもユナちゃんってそこそこ生きているわけで。
『私に言われても知らないわよ……それからエルフの精神年齢は見た目相応よ?』
ということはユナちゃんは僕と同じぐらいと考えていいんだよね。僕の年代の女子がどこまで知識があるのか正直知らないけど……いやでもニュースとか……の話はやめておこうか。今はユナちゃんに説明をしておこう。
「まあ、ユナちゃんが気にしないのならいいのだけどさ」
「ケイ様だから問題ないだけですよ。勘違いしないでください」
「あ、はい」
『さて、けーはどうする?』
何もしないからね!? さすがにこの状況で手を出すほど僕は発情期じゃないからね!? さすがに疲れが酷いだろうからベッドで寝るけど、ユナちゃんのベッドに向かうとかそんなばかなことはしないから。
『つまんない』
「お前なぁ」
「あの、それで、ユイナ様は」
「ああ、あの人ね」
どこから説明したらいいのかわからないけど、まあ、時間はかなりあるだろうから全部話しておくか。それからこの宿のことも。
「あの人は昔お世話になった人でね。いつもいつも行く先々で宿を経営している不思議な人なんだ」
「そうなのですね。でも、凄いですね。それってケイ様たちの行動を先回りしているということですよね」
「あーというかユイナさんの空間魔法の力みたいなんだよね」
「空間魔法ですか!? 失われた古代魔法の一つですよ」
「だから存在さえ不思議な人なんだよね。イフは知ってるんだよな?」
『そうだけど、世の中には知らない方がいいことがあるのよ』
「はいはい」
前に聞いた時もそんなことを言っていたよね。正直謎が多いけど、向こうも僕たちのことを詮索してこないしお互い様と思うことにしよう。あ、詮索といえば僕ユイナさんに呼び出されていたんだっけ。
「気乗りしないけど向かうか……ユナちゃんは休んでおく?」
「いえ、お供します。私もユイナ様とお話ししたいと思いますので」
「わかった。それじゃあ向かおうか」
ほとんどないけど荷物を置いて僕とユナちゃんは部屋の外に出る。そして、階段を降りたら、そこにはユイナさんと水希がいた。
「水希?」
「水希ちゃんもいた方がいいと思ってね。どうせ話すつもりだったし都合がいいでしょ?」
「俺も話がしたかったけど少し待てって言われてたんだ……まさか柏木が来るとは思わなかったけど。てかそれを予知していたのか」
「ふふっ、女の勘よ」
「「誰が女だ」」
「え?」
『ユイナは性別上は一応男に分類されるわね』
僕と水希の言葉にユナちゃんは本気で驚いている。そうなんだよね。僕たちも初めて聞いた時にはかなり驚いたから。ユイナさんは見た目は30代前半ぐらいの感じの女性だ。でも、本質的には男性としてこの世界に生まれてきたのだとか。その言われ方からしてよくわからないけどね。僕たちの世界で言う所のオネエ系? と呼ばれる存在なのだろうね。
「もー、圭ちゃんも水希ちゃんも酷いわね」
「え? え? あなたが、男性?」
「ユナちゃん、そこらへんは突っ込まない方がいいよ」
だってこの人見た目すら変わっていないから。なんでだよ。イフはまあ、精霊だから姿が変わっていないとしてもそこまでおかしくはないけれど、なんでユイナさんも50年前と同じ姿をしているんだよ。年齢という概念はないのだろうか。
「さて、と。もう少しお喋りをしていたいけど、そろそろ本題に入りましょうね……今の魔の国について私が知っている情報を教えてあげるわ」
「魔の国」
「ええ、今、あの国で魔王がいるのだけど……そいつがやけに好戦的でね。しょっちゅうこっちに戦いをしかけてきてるのよね」
「今誰がついているんだ?」
「さあ? 名前は知らないわね……そもそも先代ちゃんぐらいよ。名前を公表していたのは。まあしばらくはセルシアが代理として頑張っていたみたいだけど、ダメだったみたい」
「セルシア……」
「あれ? アリスは?」
「そういえば……あいつが魔王じゃないのか?」
水希が出した名前を聞いて、そういえばと思い出す。アリス・フェリル。先代魔王、つまりは僕たちが倒した魔王の娘。世襲制じゃないと言われたらどうしようもないけど、あいつが魔王にならないのはおかしい。それに、あいつは好戦的とは程遠い女の子だ。
「アリスちゃん? さあ、さっきも言ったけど名前は知らないから彼女が今の魔王かどうか知らないわ。ただ、私が知っているのは、セルシアが死んだという事実だけ。そして代わりについた魔王が他の国に戦争を仕掛けようとしているということ」
「!」
ユイナさんから与えられる情報はいつもいつも驚かされる。セルシアが死んだ。あいつも、魔族の中でかなり優れている奴だったのに。そいつが、殺された? 驚いている僕と水希に対して、ユイナさんは少し微笑みながら言葉を紡ぐ。
「悔しい? あなたたち、殺したがっていたわよね」
「え?」
「……約束だから」
「それに、誰かが止めないといけないなら、俺たちがその役目だろ?」
「そう……なら私がこれ以上言うこともないわね」
苦しそうな表情の水希。多分だけど僕も同じような表情をしているのだろう。確かに、あの時は殺したくて、殺したくて仕方がなかった。でも、できなかった。魔の国に行って、あいつと話をして……僕たちは彼の首を取ることができなかった。
『それで、ユイナ。その情報を私たちに渡してどうするつもりよ』
「私は情報を与えるだけよ。別に圭ちゃんたちをコントロールしたいわけじゃない……そもそもそんなことをしようとしたらあなたが許さないでしょ?」
『ええ、当たり前よ』
「ま、魔物が襲撃してくるってことは知っておいてほしくてね……それに、圭ちゃん。一応聞くけどお金持ってる?」
「ないよ……だから魔物を討伐すればいいんだな?」
「ええ」
にっこりと笑顔で言ってくる。まあ、正直神里さんが僕たちが他国の人間だと行ってしまったせいで村にはいられないし、そんな事情をわかってくれて泊めてくれるのはありがたい。だからまあ、これくらいはしてやるよ。
「待ってください、お金なら」
「いいのよ、えっと、ユナちゃんね。あら、私と一文字違いね」
「「性格は段違いだけどね」」
「あら? それじゃあもう少し働いてもらおうかしら」
「結構です」
「そう、残念。で、ユナちゃん、いいのよ。男の子が自分で働いてお金を稼ぎますって言ったから、女の子はそれを黙って受け入れるだけでいいの。そしてさりげなくサポートしたらいいのよ。男なんて単純だから」
「お前、いろいろ言われてるぞ」
「ここまでお世話になりっぱなしだったから何も言えないんだよ」
『けいーもう少ししっかりしなきゃダメだよ?』
誰のせいでここまで行き当たりバッタリになったと思ってるんだよ。まあ、その分の恩恵も大きいのだけどさ。




