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ガイノ・シス  作者: 川場託
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第五話 デート

 狭いアパートの自室を訪れてきた米崎(よねさき)佳彦(よしひこ)に、(いけ)(じゅん)はとりあえず冷たいコーラを提供した。

 佳彦は炭酸飲料が苦手なのか甘いものが好きではないのかわからないが少し嫌そうな顔を見せ、それでも黙って口をつけた。淳は佳彦の個人的な好みなど知りはしないし知りたい気持ちもなかったので特に反省はしなかった。

 そもそも公安に追われているはずだったが、こうしてひょっこりと姿を現したところを見ると、監危険ではあるので、ほどほどにして欲しいところではある。

 中身が半分ほどになったコップをテーブルに置くなり、佳彦は、

「先日のことだが……」

 絶対に言うだろうと思っていたことを口にしたので、淳は心の中でひそかに喜ぶ。

「実戦をしてみて、どうだった」

「超余裕でしたよ、余裕余裕」

 冗談は許さないとばかりに佳彦がギロリと睨みつけてきたので、肩をすくめた淳はほんとうに言うべきことを口にする。

「あの最強で有名な人をあそこまで引きつけられたうえ、実際の対人戦闘能力もわかったのは大収穫じゃないっすかね」

 既に訊かれるだろうことは想定していたので、すらすらと口から出る。佳彦が軽くうなずいている。

 最強で有名な人、とは杉村(すぎむら)環樹(たまき)のことである。有名、とは言ったが、一般人に知られているわけではなく、あくまで佳彦や淳の所属する世界においてのことである。

 さすがに挑発して引きつけるような真似は何度も通じないだろうが、それならそれで別にやりようはある。反省したからといって急激に性格が矯正されるわけでもあるまい。

「もちろん何度も通じる手ではないし、警戒されてしまったとは言えるでしょうが、今後も使いようによっては充分に有効な手段じゃないっすかね。

 警戒するにしたって、向こうさんの割ける人員も限られているし、どこかここかにほころびはあるでしょうよ。

 まああの有名人に当たれる人間は僕のほかには限られているでしょうが、奴だけが騎士なわけではないっすからね」

 淳はPDP内で最強の超能力者を自負しており、しかしながら正面切って戦えば環樹に負けるだろうことはわかっていた。だが、別に勝つ必要はなく、ある程度邪魔をすることさえできればこちらの目的は達せられる。それができるだけの実力さえあれば充分なのである。

「うむ。まったくそのとおりだな。私もそう思っていた」

 佳彦の相槌(あいづち)に、PDPの現状の順調さに期待しているのだろうと淳は見当をつけた。そうなると、今回はこの話だけに終わらなさそうである。

「そこでなんだが……」

 来たか、と思った。

 佳彦はカバンの中からいくつかのカプセルを取り出してコーラのコップが載っているテーブルの上に並べてみせた。

「これって、アレっすか?」

「我々の活動は新たな段階に入った。

 ついては、人員の再構成をしなくてはなるまい。

 そうは思わないか?」

「いやあ、僕もそう思いますよ」

 へらへらと笑ってみせる。

 面白いことになりそうだ、と淳は思った。



「いまなにしてるの?」

「ホテルでメシ」

「いいな」

「良くないよ。なんか普通のメシの三倍くらいの値段してる。破産すっかも」

「外で食べてくればいいのに」

「そこはほら、クライアントとの都合があるから」

「おいしいの」

「そうでもない」

「じゃあさ、出張終って帰ってきたらデートしよう。うまいもん食おうぜ」

「まだつきあってるわけじゃないのに、デートってことでいいの?」

「いいんじゃね? 嫌?」

「嫌じゃないよウェルカム」

「じゃあ約束ね」

「おう」

「それじゃあ~」

「じゃあ」

 光一(こういち)はモバイルのメッセージアプリを閉じた。

 口元がにやつく。

 旅に出てから毎日のように真理(まり)とメッセージのやり取りをしているが、今日はついに真理のほうからデートという単語が出てきた。

 友達から、という話ではあったが、もし相性が合うなら将来的には恋人になりたいという前提があっての関係である。デートという単語が出てきたところに早くも関係の進展が見込め、実際に会う日が待ち遠しくて仕方がなくなってくる。もちろん真理はたとえか冗談で言っているのだろうが、それでも嬉しくないわけがない。

 真理はメッセージアプリ上だと多少ぞんざいな口調になるところがあり、そのギャップに面白みを感じてもいた。むしろそういう口調のほうが本来の真理の姿なのではないかと想像させられ、それを自分に対して見せているのだと考えると嬉しくなってしまう。

 今、王都の紅伊井(べにいい)から車で一時間強くらいのところにある葉房(はぼう)市にある高級なホテルにいた。紅亜(くれあ)の旅の供という立場である。そうした情報の詳細は警備に関することだから真理には言っていない。

「あのさあ」

 正面の席にてなぜか呆れたような目で環樹がパンを口にしている。

「その女に自分が騎士だって話してんの?」

 その女、とは真理のことだろう。

 しかしなぜそのようにとげとげしい口調なのだろう。まるでこちらが悪いことをしていると決めてかかっているときの小学校の学級委員長ような言いかたをしている。

「なんとなく重い話かと思って、してない」

 真理には普通より少し忙しめのサラリーマンをしていると言ってある。ほんとうは日々命懸けの仕事をしているともなれば、真理との関係に余計な要素が入り込みそうな気がして気が引けていたのである。

「ほんとうのことは教えられない、その程度の関係ってことだね!」

 馬鹿にしたような笑みを浮かべてきた。

「何だよそれ」

「にやにやしてむかつくんだよ」

「んだよ……!」

 それきり二人は黙り込んで食事を続ける。

 レンとアイは光一の両隣で、

「正妻の余裕、正妻の余裕……」

 と姉妹とも暗い顔つきでブツブツ同じことを呟き続けながらそれぞれ本日六皿目のスパゲティを口に運んでいる。そのスパゲティとて決して安くはない。

 レンは先日うしなった腕も元通りに修理し、うしなう以前と変わらない動作ができるようになっている。

「ったく、雰囲気()りいなあ!」

 たまらず呟いた。

 すると突然環樹がハッとした顔つきになって光一の背後に目を向けた。

「どした?」

 と訊こうとしたところに、

傀儡子(くぐつし)の騎士というのはお前?」

 と涼やかな女性の声が投げかけられた。

 傀儡子、というのは人形使いといった意味の古い言いかたで、ガイノイド姉妹を使っていることからそう呼んだのだろうが、何者かと振り返ると、

「殿下っ?」

 慌てて椅子から環樹ともども腰を浮かそうとするも、紅亜は手のひらをこちらに向けて、

「そのままで」

 と制止して、

「二人とも、このたびは旅の供を引き受けてくれてありがとう。感謝いたします。

 ほんとうならばもっと早く言うべきだったけれど、なにぶん出かけはバタバタしていたものだから。

 いえ、言い訳ね、これは」

「い、いえ、そんなもったいない……」

 緊張のためか口元が歪んだ笑みをかたちづくる。丁度良い微笑みが浮かべられず、自分の不慣れさに苛立ちを覚える。

「今回の旅は、我が国の歴史においても重要な位置づけになるでしょう。

 あまり緊張はして欲しくないけれども、そのつもりでいてください」

「は……っ」

 環樹とともに頭を下げた。

 そんな間にもガイノイド姉妹は食事を続けている。あくまでも人間ではない以上ガイノイドやアンドロイドは人間の世界の礼儀にとらわれる必要はないという社会通念があるのである。要するに噛みつきさえしなければ礼儀に反しないというまるでペットのような扱いとなっている。

「ペペロンチーノは飽きました。

 次はミートソースにしましょうか……」

「お姉ちゃん、あたしもあたしも!」

「今日は食べますよ……!」

「うん!」

 メニュー表を見ながら姉妹は盛り上がっている。旅の特別手当は出るはずだが、この調子でホテルの食事が続けば金が足りるかどうか疑わしい気がしてきた。

「それでは、頑張ってくださいね……」

 紅亜は去って行った。そのうしろ姿をしばらくの間見つめていると、

「綺麗な人なら誰でも良いんだね!」

 小声で、しかしながら鋭く環樹が言ってきた。すると両隣のガイノイド姉妹が、

「正妻の余裕正妻の余裕正妻の余裕……っ!」

 と、まるで念じるように呟きながらパスタを口に運び、

「がはっ、げふっ!」

 と姉妹とも同時にむせた。しゃべりながら食べていたせいだろう。

「何なんだよもう……」

 げんなりするしかなかった。



「真~理っ。

 何してんのっ?」

 車内にある食堂での食事中に同僚で友達の田中(たなか)美香(みか)が話しかけてきた。今日のメニューはハーフかつ丼で、美香のトレイをのぞき込むとハーフうどんが載っていた。美香はそのまま真理の横の席に居つく。

「ちょっと友達と」

 メッセージアプリを大急ぎで閉じ、カバンの中にしまう。

「彼氏じゃないの?」

「違うよ。

 彼氏っていったら、そっちはうまくいってんの?」

 真理はそう言ったが、美香の今の恋人は真理から奪った男なのである。美香は一体どういう神経をしているのかわからないが奪う前も奪った後も同じように話しかけてくる。もっとも、それに対して恨みごとも言わずに応じる自分も大概だと思うが。

「ん~?

 彼って、そんな話面白くないし、別れちゃった」

 道理で、と納得がいった。昨日その男から連絡が来たのである。無視したが、多分よりを戻したいという話だったのだろう。聞いていたとしてもそんな話は当然断るが。

 何にせよ、美香のことはどうでもいい。

 今の一番の関心事は光一のこと、二番にPDPのことである。

「でさでさ、その友達を彼氏にするつもりあんの?」

 今日の美香はしつこい。

「ないよ。ほんとうにただの友達だし」

 心の中で光一に詫びた。光一のことがあったから美香の件から立ち直れたというのに。

「ほんとうかなあ?

 さっきずいぶん顔がにやけてたよ~」

 からかうネタを見つけて嬉しいのか、美香はいやらしい笑みを見せた。言われた瞬間この女に対して隙を見せてしまったことに後悔を覚えた。

「ほんとうに違うってば!」

「え~怪しいな~」

 言いつつうどんをすすっている。

「じゃあさ、私にも会わせてよっ」

「何でそうなる」

「え~ただの友達だったら会わせてくれても良いじゃ~ん」

「めんどくさいことになったら嫌だから、ダメ!」

 その話はこれでおしまいとばかりに、食事を平らげたトレイを手に立ち上がって下げ口に持って行った。

 むかついてしかたがない。今夜はじっくりと光一とやりとりがしたかった。




 夜の葉房市に鈴が響く。

 この街の中心部にある広場あたりでは住民たちは強制的に退避させられており、紅亜とその配下の者たちしかいなかった。

 その広場のステージにて紅亜を中心に祭祀庁の職員たちとともに装束を身にまとって鈴や太鼓を鳴らしながら舞っている。その間みな無言なのは、酸素を大事にするために不要な発語を控えていた宇宙移民時代からの伝統の産物だった。

 その周囲を特別に編成された警察や光一たち騎士が近侍している。

(警察のほうは大変だな……)

 光一たちはエーテル・コープスの警戒をするだけで良いが、警察の場合はそれに加えてテロリストにも備えなければならないのである。もっとも先日のようなこともあるので、まったく騎士がテロリストのことを考えなくても良いということにはならない。

 コネクター・スーツにはいつ戦いになっても良いようにサイキック・サーバーから力が流れてきている。微々たる力に過ぎないと環樹は言っているが、ぎりぎり首の皮一枚つながっていたような戦いをしてきた身にしてみればそれでも充分に助けになっていると思っている。

 風が吹き、装束がたなびき、鈴や太鼓の音が流れる。

 乾いた夜の澄んだ空気には音がよく響く。

 伝統的な、それでいて非日常感のある独特なリズムはまるで異世界にいざなわれているかのようだった。

 光一たちの任務の後にはこうしたエーテル・コープスの鎮魂の儀式がつきものではあるのだが、この世ならざる獣を撃退した後はそれなりの作業があるため立ち会うことはない。だからこのように一緒の場所にいるのは場違いな落ち着かなさがある。

 隣を見るとガイノイド姉妹が脳内エミュレータでゲームを遊んでいるのか、にやにやへらへらしていたので、

「ゲームはやめろ、今は」

 と小声で叱りつけた。

 姉妹は素直にやめ、真面目な顔になった。姉妹にとっては興味のない儀式であるゆえ致しかたない面もあるのだが。

 やがて紅亜の近くでエーテル・コープスの気配が光一の目に視えた。

 その白い色は明滅し、やがて消えゆくものと思われた。

(これが鎮魂か……)

 見たことがないわけではなかったが、改めてみると神聖ささえ感じられる。

 しかし、その上空からカーテンのように紫色の気配が視えた。

「しまった!

 杉村さん、レン、アイ!」

 構えるように指示を飛ばす。

 それは、この世ならざる獣の気配だった。



 紅亜たちのいたあたりの上空に直径が成人男性の身長ほどある青い柱が浮かんでいた。長さは百メートルくらいありそうである。

 紅亜たちは既に警察に誘導されて退避している。その間に柱はゆっくりと横になっていく。

 柱がゆっくりしている間にこちらから仕掛けるべきだろうか。しかし相手の手の内もわからないうちにうかつに攻撃するわけにもいかないのではないか。

 先日のような醜態はさらすまいと士気は高いが、空回りしないようにも気をつける気持ちが手出しを控えさせる。

 とりあえずは油断はしないで様子を見ることにし、柱のそれぞれの先端に光一とレン、横側に環樹とアイがつき、ひし形の頂点に位置するようにして見上げる。

 柱は突然すさまじい勢いで回転をし始め、周囲の建物を薙ぎ払い始めた。

 砕け散った破片が降り注いでくる。このあたりの住民はみな避難させられているはずだから人的被害はとりあえず考えなくても良いのは少しばかり楽だった。

 散開し、少し離れた道路上で集合する。

 回転の勢いで風がうねる。吹き飛ばされそうになる。

「レン、アイ!

 俺と一緒にあいつの回転をテレキネシスで止めるぞ!」

「わかりました!」

「わかった!」

「杉村さんには、回転がゆっくりになったら、その斧で真っ二つにして欲しい」

「はい……!」

 再びレンとアイを連れて柱の下に接近する。

 風に吹き飛ばされそうになるが、何とかこらえ、三つのテレキネシスで柱をとらえた。

 その回転が少しずつゆっくりになるが、いまだ環樹が近づくには難しい速度である。

 環樹はといえば、少し離れた位置にあるビルの上空で柱に突進する機会をうかがっている。この速度では近づきかねるようである。

「レン、アイ! もっとだ!」

「はい!」

「やってるよ!」

 テレキネシスにさらに力をこめる。

 柱の回転がさらに鈍り、

「ぶったぎってやるうううううッ!」

 柱の中ほどに飛び込んだ環樹が両刃の斧で真っ二つにした。

 環樹は勢い余って地面にめり込んでいったが、

「痛い!

 畜生!」

 めり込みながらに地面に作ったクレーターの中心でわめいていた。比較的無事そうなのはとっさにバリアを張ったからだろう。

 環樹のほうに駆け寄ったが、

「マスター?」

 レンが宙を指さした。

 柱が二つに分断されたまま空中でそれぞれ回転をしていた。

「落っこちてこないんでおかしいとは思っていたが、切れても死なない謎の虫みたいな生命力してやがるな!」

「気持ち悪いこと言うなあっ」

 環樹が少しばかり青ざめる。それは無視して、

「なら、各個撃破だ!

 俺に続いて攻撃してくれ!」

 パイロキネシスで炎の柱を作り出して片方をあぶる。続いて環樹とガイノイド姉妹のパイロキネシスも同じ柱の一方を襲った。

 その隙を狙ってか、残ったほうの柱が地面に降りてこちらにすさまじい勢いで転がってくる。半分になったとはいえそれなりの長さがあるので、周辺の建物や広場にある木々、オブジェ等を砕きながら進んでくる。

<散開!>

 一瞬迷ったが、ぎりぎりのところでテレパシーで指示を飛ばせた。光一と環樹と姉妹は散り散りになり、

<各自、飛びながら俺の攻撃に続け!>

 と再度の命を飛ばす。

 先ほど焼いたほうの柱に再びパイロキネシスをかける。燃え上がるがまだ命を保っているようである。

 空中を各自ジグザグ飛行しながら燃やし続け、しかしながら燃やされていないほうの柱も各個撃破とばかりにアイを狙っている。

「甘く見やがったなああああッ!」

 テレキネシス・ブリットをマシンガン状に連発し、狙ってきた柱を撃つ。ダメージで柱の動きが鈍り、アイはその場を離脱する。

「妹ちゃん、どけて!」

 叫んだ環樹が空中で何かを両手で持ち上げるようなしぐさを見せた。斧はいつの間にかどこかに放置したようである敵の数を増やしてしまう斬撃は有効でないと考えたのだろう。

 光一には視えた。環樹の両手の間には高濃度に圧縮されたテレキネシスの塊があった。

「テレキネシス・ボムか!」

 叫ぶと同時、環樹がアイを追う柱に投げつける。

 ぶつかったテレキネシスの塊は大爆発を起こし、柱の三分の二を粉々に砕いた。

 砕かれた破片の一つ一つがさらにばらばらになって行動し始めたらと思ったが、さすがにそれはないようである。

 ここまで優勢になれば、あとは消化試合のようなものである。油断しないように気をつけつつそれぞれをパイロキネシスで攻撃し、焼き尽くした。



「やはりこのような被害が出る可能性が未来にあるとなると、早いうちに鎮魂の旅をやり遂げねばならないか……?」

 避難所代わりで使っていた市郊外の小さな公園で、紅亜は呟いた。

 周囲は紅亜に傷をつけまいとピリピリした空気になっているが、紅亜の立場としては慣れたものだった。

 やがて獣の撃退の知らせを受け、紅亜は中断したエーテル・コープスの鎮魂の儀式を再開し、その魂を完全に鎮めた。



「ちょっと、きょろきょろしないでよ」

 部屋に上がり込んできた淳に真理はとげとげしい声を向けた。仕事を終えて帰ってきたところ、突然コンタクトを取ってきたのである。PDPの仕事は楽しいが、今日はほんとうなら光一とメッセージのやり取りをしたい気分だった。

「ふん、こんなにおいすんのね」

 この少年めいた男は真理の部屋をそう評した。

「最っ低……」

「何? 文句あんの?」

 狂気を宿した瞳の淳がへらへら笑いつつ近づいてきて頬の両側を親指と人差し指で掴んできた。

「うが……っ?」

 珍妙な悲鳴を上げてしまう。

 そこへ、口の中にポケットから取り出した何かをねじ込まれた。

「噛むなよ」

 手を離した淳から暗く重い声で言われ、失禁しそうなくらいに恐怖し、がくがくとうなずいた。

あにおえ(なにこれ)……?」

「スイッチ入れると、ドカン! ってやつさ」

 その言葉で爆弾だったのだと知れた。慌てて口から手のひらの上に吐き出すと、それは小さなカプセル状のものだった。

「小さいからって甘く見ないほうが良いよ。

 このアパートくらいは軽く吹き飛ばせる威力はあるからね」

 そんなものをひとの口にねじこんだこの男の狂気に真理は言葉をうしなった。

「真理ちゃんにはそのうち、それを使って、役割をこなしてもらうよ」

 真理は目を見開いた。口元が緩む。

 つまりついに自分にも本格的なPDPの活動の役割が与えられた、ということである。

「今日はそれを伝えに来たんだ。

 じゃあ、僕は帰るよ、バイバイ!」

 淳はそう言って、去り際に、

「デモクラシーの名のもとに、ってね」

「デモクラシーの名のもとに……!」

 真理はその言葉を繰り返した。

 淳が去って行った後のドアをぼうっと見つめる。

 嬉しすぎる。カプセルが載っていないほうの手を握りしめる。

 光一相手にはこんな話はできないが、それでもいま自分が嬉しいことを光一に伝えたくて、モバイルのメッセージアプリを呼び出した……。



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