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ガイノ・シス  作者: 川場託
4/7

第四話 友達から

 ベニーナンの上空に巨大な赤の×(バツ)印が浮かんでいる。

「酷い……」

 手にした巨大な斧を握りしめなおした環樹(たまき)の呟きが風に流れて聞こえてきた。

 建物が、機械が、そして生きている者が溶けるにおいで気が狂いそうになりながらも、光一(こういち)はガイノイド姉妹と環樹を引き連れ、上空を目指した。

 紅伊井南区(べにいいみなみく)はその名の通り王都である紅伊井(べにいい)の南側にあり、都民からは、ベニーナン、と俗称されている。

 そのベニーナンの上空に現れた×印の交点から赤い雫が雨だれのように落ちてくる。中肉中背の男性が丸ごと浸るくらいの大きさのそれは、地に落ちるや飛沫(しぶき)をまき散らし、触れた個所が真夏の炎天下の氷のようにどろどろと有機物/無機物を問わずに溶かしてしまっていた。

 この×印がこの世ならざる獣だと認定されたのは最初の雫が落ちてから数分とかからず、騎士団長の(かい)の命により光一はガイノイド姉妹と環樹を連れ、ベニーナンに駆けつけてきたのである。

「この星の現住生物という可能性もなくはなかったが、結局はそういうことだ」

 とは快の弁である。現住生物でないとわかったのは、祭祀庁の職員がこの獣を呼び出したとおぼしきエーテル・コープスを発見したからだった。現住生物とはこの惑星ペイルーフにもともと住んでいた生物を意味しており、テラフォーミングはペイルーフのごく一部にしかなせなかったため、手つかずの場所からそうした未知の生物がやってくる可能性はわずかながらもありえたのである。

 民衆の避難は警察等がやってくれているはずだと信じながらも、鼻をつくにおいに、それが何が溶けてできたものなのかを意識しないようにしつつ、それでも一刻も早くこの場を去りたいという欲求は捨てがたかった。においを無視したところで悲鳴は聞こえてしまっているのだが。

「高すぎるか……」

 いったん×印の交点の直下より少しずれた位置にあるビルの屋上に姉妹と環樹とともに着陸した。見上げるが、あまりの大きさと遠さに自分たちの手に負えるものなのかどうか不安になってくる。

 もっとも不安になったところで解決するわけではないので、とりあえずその気持ちはつとめて忘れるようにし、現実的な対応を考え始める。考えている余裕などあるのかと思うこともないではなかったが、だからといって無策に突っ込むわけにもいかない。

 雫による被害箇所が移動していることから×印の交点も移動していることがうかがえるが、ここからは遠すぎてその移動が知覚できない。

「俺のテレキネシスじゃ×印のある高度まで飛んで行けそうにない」

 光一は正直に告げた。それは自らがほぼ戦力にならないことを言うのと同義である。それは余計なプライドは捨てないと正しい判断ができないからだった。

「レン、アイ。

 あそこまで飛べるか?」

「いえ、さすがにあの高さまでは……」

「半分くらいの高さまでは行けると思うんだけどな」

 姉妹の両方とも首を横に振った。

 事前に手に入れた情報では高度二千メートルくらいのところに×印は浮いているらしい。飛行機などを用意すれば届かないこともないだろうが、向こうの能力の全容がわからない以上うかつにそんなもので近づくわけにはいかないし、そもそも調達している時間がない。

「アイ、テレ弾テレキネシス・ブリットは届くか?」

「それも無理そうだと思う」

「そうか……。杉村さんは飛んで届く?」

「私は、何とかぎりぎり、届くか届かないか、ってところだと思う」

「む……」

 環樹から目を一瞬そらした、が、すぐに見つめなおす。一人で行けと命じるつらさに一度は耐えかねたが、すぐに、そう命じるのが自分の役目だと思い直したのである。

「行って、くれるか」

「わかった」

 存外とためらいもなく環樹はうなずいた。つらそうな表情を見せるとばかり思っていただけに光一にしてみれば拍子抜けする思いだったが、環樹のその心中は計り知れない。かといってそのような思いにいつまでもとらわれているわけにもいかず、

「よし、行ってくれ。

 途中までのサポートは姉妹を先行させ、俺が横に並ぶかたちで行なう」

 言い終えるのと同時に人間二人と姉妹はテレキネシスで浮かび始める。光一の指示通り姉妹が先行して上空に向かい、その後を光一と環樹が飛ぶ。ただし、真正面から交点に向かうと雫が直撃してしまうので、少し横にずれた位置から飛ぶように指示を飛ばした。

 それから数秒もたたないうちに、レンが落下してきた、ように見える動きをした。

 レンは光一の下に潜り込んで真下に対してバリアを張る。

 怪訝に思ったが、その途端、

(だめだ……っ!)

 光一はすさまじいプレッシャーを下の方向から感じ、同時に、

「ああァァァ……ッ!」

 バリアを打ち破られ、突き破ったその力にさらされたレンが墜落していった。

「レン!」

 悲鳴まじりの声を上げてしまう。

 墜ちてゆくレンとすれ違いで黒尽くめの人間が上昇してくる。体格からして男と思われるが、目出し帽をかぶっているので何者なのかはわからない。

「デモクラシーの名のもとに!」

 黒尽くめは叫び、テレキネシスを投網(とあみ)状に放出してくる。

 自分ではこの力に対応できないーーそう悟った瞬間、

「杉村さん!」

「任せて!」

 環樹が方向転換をし、斧で投網を切り裂いた。

 発言からして共和国派のテロリストなのだろうが、自分たちに手を出してくるとは思っていなかったので完全に油断していた。

 確かに獣の被害を大きくするには騎士の妨害をするのが有効な手段の一つと言える。それがめったになされないのは騎士に戦闘能力があるためだが、その力を上回りさえすれば使える手として敵側にとって生きてくることになる。

(杉村さんに匹敵する超能力者がいたとは……!)

 環樹が最強の超能力を持つという触れ込みに安心していたところがどこかにあったかもしれない。

 空中で竜巻をなすようにぐるぐると回転しながらテレキネシスの応酬を繰り返している環樹と黒尽くめの二人はもはや余人の介入を許さない。

 そうなると、今回の作戦で中核をなす環樹が黒尽くめの相手をしている以上は光一は手をこまねいているしかできなくなってしまった。

「マスター?」

 アイが泣きそうな声を上げる。姉がやられたことでショックを受けているのだろうが、今は状況を打開するのが先である。

「ええい邪魔だっ」

 環樹は斧を放り投げる。飛んで行った斧はすぐ傍にあったビルの壁を突き破って中に埋まってしまう。ビルの中に生体反応はなかったから良かったものの、そうでなければ環樹もテロリストと変わらない行為をしたことになり、光一は焦った。

(杉村さん、ヒートアップしてる……?)

 思わぬ強敵との戦いに興奮し周りが見えなくなってしまっているのではないだろうか。

 斧を捨てたぶん環樹は動きが軽くなって次第にその強力なテレキネシスで黒尽くめに重圧をかけ始めている。

「潰れろ……、潰れてしまえ……っ!」

 しかしながらそうしている間にも×印の雫による被害は拡大しているのである。

「杉村さん!」

 正気に返そうと声をかける。

 環樹はハッとした様子で肩を動かした。その瞬間、黒尽くめがあさっての方向に飛び去ろうとする。

「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 咆哮にも似た声を上げ、環樹は黒尽くめを追って飛び去った。

<やめろ、杉村さん!

 深追いはよせ!>

 テレパシーを飛ばすが、圏外に飛び去ってしまう。

 環樹を黒尽くめにぶつけたのは判断ミスか。後悔がとろみをついた液体のようにべったりと心の中に張りついてくる。光一とアイの二人で黒尽くめに当たり、環樹一人で×印への攻撃を続けさせれば良かったのだろうか。

 環樹も環樹である。あのような冷静でない面があるとは思ってもみなかった。考えてみれば死屍累々の光景のなか既に精神的な変調をきたしていたのかもしれない。ためらいもなく先ほどの指示に従ったのはその証左ではあるまいか。リーダーとしてそれに気づけなかったのもミスである。

(くっそ、未熟か、俺!)

 心の中で毒づくが、それはそれとして×印への対応を急がねばならない。今も地上からは悲鳴が断続的に聞こえてきていて、建物などもドロドロに溶けて傾き倒れてゆくものもある。

 警察や消防隊等が総出で民衆の避難誘導にあたっているはずなのだが、どうもその動きが鈍い気がする。逃げる民衆に思っているより大きな被害が出ているのではないだろうか。

 テロリストは自分たち騎士にだけでなく民衆へも攻撃を仕掛けているということか。その可能性に思い至り、血の気が引く思いがした。

(俺は確かに未熟だが、それはひとまず置いておく!)

 決心し、

(始末書の百枚や二百枚、気象庁等各方面への土下座で救えるなら……!)

 ひとつ方法がないでもなかった。

「アイ!

 雷を落とせ!」

 命じた。

「わかった!」

 アイは天に向けて片手を伸ばした。

 その精神エネルギーが×印を超えてはるか上空の天候制御装置アポロンに達し、その支配下に置いた。

 見る見る間に×印の真上に黒ずむ雲が重たく集積し、天の唸り声を思わせる音を立てる。深夜のような暗闇の中、

「落ちろぉっ!」

 アイが叫び、同時に光り輝き(とどろ)く雷がいくつも×印の上に降り注いだ。その稲光が天空に×印をくっきりと浮かび上がらせる。

 ゆっくりと×印が地上に向けて落ちてきた。

 死んだわけではないようだが、確実に弱ってきている。充分に近づききったところを狙いすまして、光一はパイロキネシスによる炎の渦を作り出し、アイにはテレキネシス・ブリットで攻撃させる。

「うおおおおおおお!」

 絶叫し、炎を浴びせ続ける。

 そのさなか、アイが、

「マスターっ!」

 攻撃の手を止めてこちらに寄ってくる。

「何を」

 アイの行動を叱責しようとした瞬間、真横から衝撃を受けた。吹き飛ばされながらも意識をうしなわなかったのはアイがとっさに張ったバリアのお陰だと気づいていた。

 衝撃の正体は×印がその四本腕のうちの一つを光一に向けてふるってきたものだった。

(俺も周りが見えていない!)

 吹き飛ばされた勢いでビルの壁にぶつかる。気絶こそしなかったものの、空中に浮かぶ力を維持することができなくなり、風を切って落下していく。

(俺、こんなところで、終わる……?)

 こういう職業でいる以上は死の覚悟はしていないでもないが、だからといってたやすく受け入れられるものでもない。

「マスター!」

 その声は、

「大丈夫ですか!」

 レンのものだった。

 満身創痍のレンに空中で光一はかっさらわれ、近くのビルの屋上に運ばれる。

「大丈夫だったのか……。いや、大丈夫そうじゃないな」

「マスター! マスター! わたし死ぬかと思った!」

 こんなときだというのに光一を抱きしめて離そうとしない。レンのほうが身長が高いので、まるでその肉体に埋もれてしまうような感じさえした。

「大丈夫だ。俺も、レンも、そしてアイも生きて帰るぞ」

 そう言い、レンの身体を抱きしめ返した。

「マスター……!」

 レンは名残惜しそうに光一の身体を解放し、

「わたしを怒らせましたね……!」

 ×印のほうを睨みつけている。そしてビルの屋上を蹴って空中へ飛び出した。×印は四本腕を振り回してレンに襲い掛かる。しかしながらレンは撃ちだされたロケットのように空を切り裂いて上昇して四本腕の攻撃を突っ切り、×印の交点の上に降りた。

「まさかあいつ……」

 光一はビルの屋上のフェンスにしがみついた。

 レンはまるでそこに(さや)があるかのように何もない空中から一本の飾り気のない(つるぎ)を抜き出した。

「イデアの剣……っ」

 光一は我知らず声を震わせていた。

「今日のわたしに勝てると思わないでくださいね!」

 剣を逆手に持ち、×印に突き刺した。

 突き刺したところから傷口は広がり、切り裂かれた×印は二つのくの字になって、

「ヒィィィィィィィィィッ!」

 断末魔の叫びを上げた。くの字はそれぞれ山が崩れるような音を立てて地面に倒れ伏す。

 足場をうしなったレンはそのまま空中に投げ出された。剣はいつの間にか消えており、しかも、レンは二の腕の半ばあたりからそれぞれ両腕がなくなって血をその断面から吐き出している。声を上げないところを見ると気絶しているのかもしれない。

「お姉ちゃん!」

 アイが飛び出し、空中で受け止め、光一の傍に運んでくる。

「良くやった、レン」

 横たわるレンの頭を撫でてやる。腕くらいの損傷ならすぐにとはいかないまでも少々の時間をかけて修理すれば直る。

「あたしもあたしも!」

 レンの傍でアイが壊れたバネのようにぴょんぴょんと跳ねている。光一はたちあがり、

「お前も良くやったよ」

 と同じく撫でてやる。

「えへへ……」

 くすぐったそうな笑いをアイは浮かべた。

 そこへ、一つの人影が光一の傍に着地した。

「ごめん……なさい」

 がっくりとくずおれて、人影の正体である環樹が謝罪した。

「うっせ馬鹿! 暴走してんじゃねえよ地味子のくせに!」

 アイが金切り声を上げるが、

「お前は黙ってろ」

 と制止し、環樹のほうに視線を向ける。

狩野(かの)さん……、私、私……」

 泣き出しそうな環樹を見下ろし、しばらく黙り込む。

 別にプレッシャーをかけているわけではなく、言うべき言葉に迷っているだけである。しかし環樹はそうはとらなかったか、

「人がいっぱい死んでるのを見て、冷静じゃなくなってた……。

 それに、挑発されているみたいな動きをされてさらに冷静さをなくしちゃって……」

「次からは、気をつけてくれ」

 その言葉の少なさにかえって衝撃を受けたらしく、

「それ、だけ……?」

「ああ」

 もっときちんと叱ってやれればこのように傷口をえぐってしまわずにすんだはずなのに、その器量を持たない自分を歯がゆく感じた。

「ああああああー……ッ!」

 結果として環樹は幼子(おさなご)のように泣き出してしまう。泣いてもらうしか慰めの方法をみいだせなかったので、光一はその姿から目をそらし、しかしながら傍から離れなかった。

 今回は切り札を二枚も使ってしまった。アイの天候操作にレンのイデアの剣と、二回も秩序を乱しかねない強大な力をふるってしまい、特に後者は哲学的観念から神々の世界に働きかけて取り出した力であるゆえ、この世界に歪みをもたらしかねない。

 レンが両腕をうしなっただけの代償で済んだのであればいいが、もしそうでなかったのならと思うと恐ろしくなる。アイのほうに関しては各方面に謝るだけですむだろうが。

 なんにせよ、

(今回ばかりは、さすがに死ぬかと思ったな……)

 先日環樹がキスをしてきた理由もわかるような気がした。



 われわれは完全民主党(PDP)である。

 このたびの紅伊井南区におけるこの世ならざる獣の騒ぎに関与し、多くの命を奪った。

 これはいまだ暴虐なる王権により支配され、完全な民主制がしかれていないことに対するエーテル・コープスの嘆きの叫びである……

 そんな言葉から始まる犯行声明がネット上に流された。

 ぐずり続ける環樹をトラックに押し込み、箱の中に入れた回収した斧を積み、棺桶の中に姉妹をしまい込んで、何気なく見たモバイルにそのような情報が入ってきたのである。

「うるせえよ!」

 光一はモバイルを地面に叩きつけた。トラックの中で環樹が、

「ひっ」

 と悲鳴を上げた。光一は謝らなかった。そんな余裕はなかった。

 結果として甚大な被害が出てしまった。光一の判断ミスもあり、環樹の醜態も原因の一つだと思うと、うしなわれた命に対して申し訳ないとさえ言えない気持ちになってしまう。

 そもそもが黒尽くめたちテロリストが介入さえしてこなければここまで大きな状況にならなかったはずではあるのだが、それを見越した立ち回りができなかったことは悔恨の極みである。

 それに、いつもより濃厚ににおった自分たちの死の気配が今更ながらに足元から這い上がってくるようで、何か意味のあることを話そうとすればその途端に環樹以上に泣いてしまいそうな気がして、黙り込まざるをえない。

 モバイルを拾い、運転席に身を押し込める。

 無言でトラックを操作し、宮殿の騎士団長のもとに報告に向かう。



「このたびの獣の出現とテロリズムで、エーテル・コープスの鎮魂を急がねばならないことがはっきりしました」

 王はげんなりする思いで姉の言葉を聞いていた。最近の姉が宮殿内の王の私室に来る用事といえばそればかりである。

「姉上……」

 と口にするが、その続きが出てこない。

「私たち王族は、これまでエーテル・コープスと向き合うことを怠ったとは言わないまでも、積極的にはしてきませんでした」

 うたうように紅亜(くれあ)は言葉を紡ぐ。

「もはや一刻の猶予(ゆうよ)もないのです。

 急ぎ、鎮魂の旅を始めねば、民に大きな被害がでつづけるでしょう。

 ついては、旅のスタッフの選別をお命じくださいませ……」



 正直言ってぞくぞくした。

 モバイルを手にあおむけに寝転がる真理(まり)はベニーナンで起きたこの世ならざる獣の襲来に便乗したテロ(PDPから見ればレジスタンス行為なのだが)のニュースを知り、ベッドの上で両脚をこすり合わせた。

 自分がそのような組織の末端にいるということを思うだけで恐怖してしまう一方で興奮を抑えきれないでいる。愉悦を感じてさえいた。

「やった、やってくれた……!」

 生きていて良かったとさえ思う。自分の人生は無価値なのではないかと考えていたが、こういう一件があるとなるとそのような考えは瞬く間に吹っ飛んでしまった。

 早くPDPから自分に対してもはっきりとした行動の命令が下らないかと夢想さえする。はっきりとした行動、飛び散る鮮血、そして、むせかえるような血の匂い……それらを思うだけでいてもたってもいられない。

 明日は仕事を仮病で休もうか。浮足立って仕事にはなるまい。不審な姿を同僚に見せて怪訝に思われるよりは、姿を隠してやり過ごしたほうが良いだろう。自分の潜伏テロリストめいた考えに足をじたばたとさせてしまう。めいた、というよりもそういった人物たちと地続きの立場にいるのではあるが。

 何かしらの続報が待ちきれない。

 この調子だともっと良いことがありそうである。



 紅亜の鎮魂の旅が正式に決定し、光一と環樹は同行のメンバーとして選ばれた。

「紅亜殿下は張り切っておいでだ。

 期待に応えられるよう努力してもらいたい」

 快からそのように告げられ、新たな任務に光一は緊張を覚えた。

 環樹は先日の悲劇から今は立ち直っていた。少なくともそのように見せていた。環樹がそうしている以上、光一がくずおれるわけにはいかない。

 王都と各都市を行ったり来たりでしばらくはこの任務にかかりきりになり、プライベートな時間も少なくなるだろう。いつもより多い頻度で獣と戦わなければならなくなるかもしれない。緊張とともにほとばしる恐怖に対して闘志を燃やして跳ねのけねばなるまい。

 恐怖とはつまるところ、死、である。

 それを意識している限り、昨日を悔いるような行動はとれないと感じた。思い残しをして今日を生きることはできないと、ある種の興奮に似た感情に突き動かされ、光一の足は紅伊井北区(べにいいきたく)にある一つのアパートに向かって動いていた。

 その部屋の一つの横にあるインターホンを押す。やがて聞こえてきた、

「はあい」

 という声に、光一は、

(もう逃げられない……!)

 と緊張を高まらせていた。

 のぞき穴からこちらを見るわずかな間の後に開け放たれたドアから、

「光一、君……?」

 驚きの声に、

「ごめんなさい、岡さん。ストーカーみたいな真似して。

 嫌だって言うなら、もうこんなことはしない。

 けれども」

 そこまで言って、言葉がつかえた。

 真理はこちらをじっと見ている。続きを待ってくれているようだった。その様子に勇気を得て、

「けれども、もしで良ければ、俺と」

 真理は黙っている。こちらの意図を察したかうっすらと頬が赤らみ(かす)かにくちびるが震えているようである。

「俺と、友達になってほしいんだ」

 恋人になって欲しい、ほんとうはそう言いたかったが、そこまで突っ込んだことを言う度胸はこの以前一度会ったきりの女性に対しては持てなかった。

 光一の言葉に、真理はゆっくりと返事の言葉を口にした……。





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