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ガイノ・シス  作者: 川場託
2/7

第二話 叱る

 宮殿の王の私室に王の姉の紅亜(くれあ)が訪れたのは、夕食を終えてしばらくして、そろそろ眠る準備に入る頃合いだった。

「なんの御用でしょうか、姉上」

 王としても紅亜の存在をいい加減に扱うことはできないらしく、丁重な礼を示してくる。

 もちろん形式上では王のほうが位は上であるから、紅亜のほうも、

「夜分遅くに失礼いたします、陛下」

 うやうやしく一礼してみせる。

 うわさ好きの者にはいまだ賢愚さだかならずと言われることもあるが、紅亜の目に映る王の姿はよくやっていると充分に言えるものだった。威厳が足りないのは少年王であるからしかたないとしても、その人徳には名君の兆しがある。

「急ぎの用事でしょうか」

 とがめるわけでもなく王はそう言った。

 このような時間に押しかけて、本来であればとがめられてもおかしくはない。小さい頃はだいぶ痛めつけて泣かせたから恐れられているというわけではあるまい。成長した今となってはそのようなことは些末事に過ぎないはずである。

「急ぎ、といえば、善は急げと申しますので、急ぎには違いありません」

 もってまわった言いかたをしたが、

「それは、ほんとうは急ぎではないということでは」

 と苦笑されてしまった。

「あら、そうとられてもしかたありませんね、ふふ」

「それで、用というのは」

「ほかでもありません。

 陛下は、先日わたくしがこの世ならざる獣に襲われたことはご存じでしょう」

 王のうなずきを待って続ける。

「そのとき、わたくしは痛感したのです。

 先の内戦で数多く生まれたエーテル・コープスを鎮めてゆかない限り、民には被害が出続けると」

「それは……すでに祭祀庁や騎士団が対応していることでしょう?」

 そう返されるのは紅亜にとっては想定済みのことだった。

 胸を張り、口にする。

「それだけではいわゆるお役所的対応になりがちでしょう?」

「姉上……」

 王の目にとがめるような光が宿ったが、すぐさま、

「いえ、なんでもありません。続けてください」

「そこでわたくしは思いつきました。

 王族の者が率先してエーテル・コープスを鎮めてゆけば、祭祀庁や騎士団の者に奮起を促せることでしょう。

 鎮魂の旅に王族の者が出て、国内中をまわるのです!」

 両腕を前に開いて見せ、拳を握る。

 王はため息をこらえるような顔を見せた。

 なにが気に食わないのだろうかと紅亜は疑問に感じた。得意げに言ってみせたこちらの気勢がそがれた気がしてやや気分を害してしまう。自分のなにが間違っているというのかと不思議に感じる。

「誰です、その王族の者というのは?」

「わたくしです」

 自分の胸元に手をあてがう。言い出した者がやるのが当然である。自分が言い出しておいて、ほかの者に任せるなどということは紅亜にはできない。

「姉上……」

 王は諭すような口調になった。

「共和国派に命を狙われたらどうします?」

「共和国派……っ」

 紅亜は吐き捨てるような口調でその名を口にした。

「あのような野蛮な連中がいるからといって、自分のなすべきことができないというのは、わたくしには我慢がなりません。

 この命に代えても、やり遂げてみせましょう。

 むろん、エーテル・コープスとなった者については、王国派も共和国派もわけへだてなく儀式の対象といたします。それぐらいの寛大さは持ち合わせているつもりです。

 ですが、生きている共和国派に関しては許せません。

 彼ら彼女らがどのような思想を持っていようとそれ自体は否定はしません。むしろ自らの理想を貫き通そうとする姿勢に関しては感嘆を惜しみません。

 問題は、そのやりかたなのです。

 怨念に苦しむエーテル・コープスが呼び出した獣が暴れるのに乗じてテロ行為を起こすなどとは、卑怯なことこの上ないとしか言えません。

 そのような連中とは、断固、戦います」

 紅亜が言い切ると、王はしばらくこちらを見つめていたが、やがてうなだれて、

「決意は固い、と、そういうことですか?」

「その通りです」

 さすがは弟、こちらのことをよくわかっている、と、紅亜は嬉しくなった。

「もちろんすぐにという話でもありませんので、とりいそぎそのような決意を固めたということだけはお知らせしておきたくて、夜分押し掛けた次第です」

 一礼し、紅亜は王の私室を辞した。



 騎士団長の柳本(やなもと)(かい)は謁見の間に呼び出され、玉座より、

「というような話が、昨日の夜中にあったのだ」

 と、泣きそうな声を浴びせられた。いや、二人の関係を知らないものが聞けば普通どおりの声であるように感じただろう。

 しかしながら快は王が幼いころより知っており、王位を継ぐ前は兄に対するように慕ってくれており、王位を継いでからも何かと相談をしてくれているという関係なのである。王とその臣下というわきまえはあるとはいえ、その声に秘められたかすかな感情を充分に読み取れるほどに親密な仲だった。

「はは……!」

 快は軽く笑声を放った。この国が王制をしいているとはいえ、古代の王が強いてきたような極端な礼儀作法は今の時代には求められてはいない。

「あくまでこれは、正式な話ではなく、そのようなことがあるかもしれないという前提で聞いて欲しいのだが」

 王が念を押してきた。

「もちろんです。

 法に基づいた正式な命令がない限り、勝手に動くことはできませんゆえ」

 立憲君主制をしいている以上、王族といえども法に縛られている。

「で、だ。

 当然、エーテル・コープスとかかわることになれば、この世ならざる獣に襲われる可能性も考慮しなければならない。テロの警戒も当然せねばなるまい。それに、身の回りの世話をするものもいなければならない。

 姉上は自分一人が命を懸けるつもりでいるらしいが、実際に命を懸けるのは現場の者たちであることがいまひとつわかっていないのではないか……?」

 それを紅亜に言えるのは王ただひとりではないか、と快は口にしかけた。

 結局黙ったのは、この王ならばいずれ悟ることではあるだろうと楽観したためである。それにこれはまだ正式な話ではないのだから、あまり先走って紅亜の暴走を止めるべきだと強硬に主張することもできなかった。

「まったく、先日獣に襲われたばかりだというのに、まったく懲りていないのはどういうわけか」

 言われた快は、困ったものだ、と思ったが、口にはしなかった。それでも王は快の内心に気づいたようで、苦笑を浮かべてみせた。

「はっきり言う」

 苦笑からあらたまる様子も見せずに王は言った。

「わたくしは、姉上が怖い。

 子供のころからいじめられてきて、いまだにそのことを思い出し、震えるときもある」

「それはそれは……」

「冗談で言っているのではないぞ。

 いや……忘れてくれ」

 顔を手で隠し、王は恥じてみせた。

 この王が今後どうなるか不安がるものも多いが、このように快に心を開いてくれるところを見る限り大丈夫なのではないか。名君にはなれずとも、まずまず穏やかな治世を築いてくれるのではないだろうか。



「リンチターイム!」

 ジャージ姿のアイが庭先でプリンタから印刷した写真の束をかざして叫んだ。その写真を庭の木に糸で一つ一つ吊るし、距離を取る。

 その様子を、

「あらあら……」

 同じくジャージ姿のレンは困ったような顔を浮かべつつ、しかしながら止めないで見ている。

 その写真はすべて環樹(たまき)の顔が映っていた。

 二人の様子を光一は黙って見ていた。勤務シフトが入っていないオフの日の今日、さきほどまで庭先のテーブルを囲んで食事をしていたのだが、腹がいっぱいになったので、二十五枚ほどある皿をいくつかの山に重ねつつ休憩を取っていた。皿のほとんどを平らげたのはこのガイノイド姉妹である。

(何をする気だ、こいつら……)

 嫌な予感がしているが、とがめることはしない。というより、できない。

 アイは指で拳銃の形を作り、吊るされた写真のうち一つに向け、

「シッ!」

 息を吐いた。

 同時に、環樹の顔面に穴が開いた。

 テレキネシス・ブリットで狙い撃ちにしたのである。もちろん先日の戦闘で見せたような本気の一撃ではなく威力を抑えたものではあるのだが。

 アイはもう一方の手も拳銃の形にし、二丁拳銃で、

「シッ! シッ!」

 次から次へと環樹の顔面を撃ち抜いていき、ゲラゲラと笑い声を上げた。

「アイったら趣味が悪い……ホホホ」

 言いつつレンも笑っている。

「お姉ちゃんもやろうや!」

 アイが姉の背中を押して、写真の群れの前に立たせる。

「え~?」

 困ったような声を上げつつやる気満々のレンは、棒状のものを構える仕草を見せ、

「えい、やっ!」

 テレキネシス・ブレードの二刀流で環樹の顔面を切り裂いていく。

「あははは、ははは!」

「ふふ、くくく……!」

 二人して腹を抱えて笑い転げている。

(趣味が悪すぎる……!)

 ガイノイド姉妹にとって環樹のなにが気に食わないのか知らないが、さすがにこれは叱ってしかるべきことのように思えた。

 いつもであればこの姉妹は頭の中で作り出したエミュレーターでネット上からダウンロードしてきたレトロゲームで遊んでいることが多い。その際は外部から見ると横たわって真面目な顔をしていたりへらへら笑っていたりと、妄想に浸っているようにも見える。はっきりいって事情を知っている光一から見ても不気味なのだが、今のような遊びよりははるかにましである。

「お姉ちゃん、目ん玉が五十点、鼻が三十点、口が二十点で競争しよう!」

 つまりそこを傷つけたら点数が入るということである。片方が弾丸、片方が刃ではフェアでないように感じるが、そんなことはどうでもいいのかもしれない。

「お前たち……!」

 声をかけた、が、そこに怒気はこもっていなかったので、今一つ迫力に欠けることは自覚できた。

 が、とりあえず姉妹はこちらを向いた。

「……ちゃんと後かたづけするんだぞ」

「は~い」

「わかりましたあ」

 姉妹の能天気な返事に、光一は脳が溶けそうになった。

 結局、二人を叱ることはできなかった。器が小さいと思われるのが嫌だと、ガイノイド相手にさえそう思ってしまっているのである。

 しょせんはこの姉妹は道具でしかないのだから道具なりの扱いをすべきかとも思うのだが、美化していえばやさしさがそれをできなくしている。

「いったい何をしているんだ」

 聞き覚えのある声が飛び込んできたので、声の元である庭の傍の歩道に目を向けると、

「だだだ、団長っ」

 何の用事で来たのか、騎士団長の快が私服姿でこちらを見ていた。光一の家には塀のたぐいはないため、道路側から庭の様子が丸見えなのである。

「それはその、これはなんと言いますか……」

 怪訝なうえにとがめるような鋭さを持った視線にさらされてしどろもどろになってしまう。肝心のガイノイド姉妹は気づいているのかいないのか、きゃあきゃあ言いながら写真をなぶり続けている。もっとも、あくまで光一の個人的所有物という立場なので、快に示す礼儀など必要ないと思っているのかもしれない。

 快はため息をつき、

「まあいいよ。今日は格式ばった話をしに来たわけじゃないんだ」

 そういってくれたが、それなのにわざわざ出向いてきたということは、電話やテレパシー等は使いたくない用事ということなのだろうことは光一にも察しがついた。

 ガイノイド姉妹には庭でそのまま遊んでいるように命じ、快をリビングに上げた。

 冷たい緑茶をソファの前のテーブルに置くと、ソファに腰を下ろした快は一息でそれをあおった。

「もう一杯いかがですか」

 と申し出ると、

「すまんな」

 快はコップをこちらに突き出してきた。

<盗聴の類の心配は?>

 テレパシーでアイに尋ねる。

<あたしが見た感じでは大丈夫。お姉ちゃんにも言っとく?>

<頼む>

 機械に干渉して盗聴をさえぎる能力がこの妹にはあるのである。機械に対してアクセスできるのは、ガイノイドやアンドロイドの超能力者の強みである。人間の超能力者もやろうと思えば可能ではあるのだが、精度の点で譲らざるをえない。

 ただし、姉のほうの能力はおおざっぱなので、妹ほどの機械に対する強みはない。今回に関してはアイのサポートをするということである。

 そういうやりとりをしつつ冷たい緑茶のおかわりを用意し、

「どういったご用向きで……?」

 上司が自宅にいるために落ち着かない気持ちながらもそれを隠しつつ訊いた。

「ああいうことをさせておいて、君はあの姉妹を叱らないのか?」

 責めるというよりも諭すような口調だったのでかえってつらかった。

「はあ……まあ……その……」

 道具(ガイノイド)から空気が読めない男だと思われるのが嫌でできなかったとはまさか言えず、あいまいな口調になってしまう。

 が、いましがた見られた光景のために我が家に来たとは考えられず、これは本題ではないのだろうと気づく。

「説教するつもりはないんだけどな?」

 快はそう前置きしたが、たっぷり三十分の説教をされてしまった。悪い人間ではないとは思うのだが、説教が好きな面は否めない。

「……思っていたより前置きが長くなってしまったな。

 今日の用事はそういうことじゃないんだ」

 それはわかっていた。

「これは非公式な話で、誰にも、杉村(すぎむら)君にも話さないで欲しいんだが」

 嫌な予感を抑えきれない。

「陛下の姉上であらせられる紅亜殿下が……」

 快が話したのは、紅亜が各地のエーテル・コープスの鎮魂をしてまわる旅に出ようとしていることと、その護衛のスタッフを非公式に集めていることだった。

 そこまで聞いて、自分がそのスタッフに選ばれたということか、それとも環樹のほうなのか判断がつかなかった。

「そこで、だ」

 快がこちらをじっと見つめてくる。圧力に屈して地面に這いつくばりたくなる。

狩野(かの)君と杉村君の両名をそのスタッフとして命じようと思っている。

 今日はその打診に来た」

「……共和国派の格好の標的になりませんか。

 テロに対して我々が対処する余裕はありませんよ、おそらく」

「そこは警察や近衛兵などの専門のスタッフがどうこうするので問題はない。

 こちらから積極的にエーテル・コープスの鎮魂をする以上、刺激して獣を呼び出されることをおそれているんだ。だから少数精鋭のスタッフを用意する必要があるからな。それに君たちが選ばれたというわけだ。

 待遇等についてはのちに正式な話になってから教える」

 少数精鋭として候補に選ばれたくすぐったさと任務の重要さからくる恐怖が同時に光一の心を支配し、顔が引きつった。

「そういう顔をするのもわからないではないが、まだ話をしただけというところだ。

 あとになってこの話がなくならないとも限らない。なにしろあの紅亜殿下の思いつきだからな……」



 快の帰宅後に、残された光一はソファの上でぐったりとしていた。

「マスター?

 今日の晩御飯は何ですか?」

 レンがリビングに入ってくるなりに食事の催促をしてきた。その後ろでアイが、

「牛丼が良いな~」

 と期待している。

「晩飯はカップラーメンな。お湯は適当に沸かしておいてくれ」

 作るのが面倒なので簡単に済まそうと思ってそう言った。燃費の悪さゆえしかたないことではあるが、この姉妹の食事代だけで給料のほとんどが吹っ飛んでしまっていることをそろそろ自覚して欲しい。

「マスター、まさか、正気をうしなった……?」

「マジでヘイト!」

 光一は苦り切った表情を浮かべた。食事の手間を抜こうとしただけで正気を疑われたり憎まれたりしてはたまったものではない。

「あのな、カップラーメン馬鹿にできないんだぞ。

 だいたい自分が食いたいものが欲しけりゃ……いや、なんでもない」

 自分で作れ、と言おうとしたのだが、ガイノイド姉妹がしでかした過去の失敗を思い出し、口をつぐんだ。

 姉のほうは包丁などといった刃物を握らせるのは危険なほどおおざっぱなうえ、ゆで卵を作ろうとしたときも近くにあった電子レンジに常にあふれ出ているテレキネシスが干渉してしまい爆砕させてしまうという悲劇を起こした。

 妹のほうは姉と違ってテレキネシスがあふれてはいないのだが、性格面でも違ってこだわりが強すぎ、完璧主義者な面もあるので、包丁を握っても切ったもののサイズや大きさが細かいレベルで同じでないと言って泣き出しはじめ、焼き物をしても焼き上がりが均一でないと泣きはじめ、それをなだめるのに手間がかかった。

 そういうわけでマスターである光一が自ら道具のために食事の用意をしなければならない破目に陥ってしまったのである。おおざっぱな姉はともかく完璧主義者な妹が人間である光一が作る不完全な料理を問題なく食べられるのは、自分が作ったものではないかららしい。

 そんな姉妹でも湯を沸かすことくらいはできるレベルにはしつけたので、カップラーメン程度の料理(と呼べればだが)は作ることができた。

「ストックが六十個くらいあっただろ。そのうち半分くらいは我慢して食っていいからさ」

「はあい」

「わかったよ」

 姉と妹はがっかりしつつも受け入れてくれた。

 それよりも、快の話である。

 光一はソファの上に横になり、頭の後ろで腕を組んだ。

 快は『紅亜の思いつき』などと苦笑しつつ言っていたが、そのような台詞を吐けるのは快が王族に近い立場にいるからである。だから、苦笑しつつこちらに同意を求めるような雰囲気を醸し出すのはやめて欲しかった。まるでこちらの反応を愉しんでいるかのようである。王族を噂話のネタにするだけでもおそれ多いというのが光一の正直な感想だった。

 環樹には内緒にしろと言っていたが、同じ話を環樹にもしているかもしれない。環樹にも同行を求める以上、環樹のところに行っている可能性はあった。

 少数精鋭として自分が選ばれているという嬉しさはあるにせよ、警察や祭祀庁といったほかの組織のスタッフの構成が気にならないでもない。

(ああもう、やめだやめ。

 決定していない、予定ですらないことをあれこれ悩んでもしかたない……っ)

 クッションで顔を覆う。呼吸が苦しくなってきた頃合いに、クッションを離した。

「マスター?」

 レンが甘ったるい声で呼びかけてきた。外見上のことを言えば、レンは光一よりもやや年上くらいの女性の姿をしており、これが実際の人間であれば甘えてしまいたくなる破壊力がある。胸も尻も大きく腹回りがやや太めで身長も高いが、それらは包容力をあらわしているようにさえ見える。

 ぼうっとしていたので返事をしないでいると、

「マスター!」

 とアイが元気な声で姉の代わりに呼びかけてきた。やはり外見上のことを言えば、アイは光一よりも年下の女性の姿をしており、子犬のように甘えてきて欲しくなる衝動が抑えきれなくなるときがある。身体は全体的にほっそりして小柄だが、活発でよく動いていて可愛らしい。

 喜ぶべきか、この姉妹は光一に好意と呼ぶにふさわしい言葉をかけてくる。

 残念なのは、この姉妹がガイノイドだということである。道具から機械的に好意を告げられても、くすぐったい気持ちにはなるが、本気には受けとめられない。

「マスターの分も作るかって訊いてんの!」

 アイが少し怒った風に腰に手を当てている。

「あ、()り……。

 豚骨ラーメンを作ってもらえるか?」

「豚骨ですね。わかりました」

 レンがカップの一つを開け湯を注ぐ。そのカップが多分豚骨ラーメンなのだろう。

 カップラーメンができるまでの間にぼうっとしていると、

「マスター? あの地味子ちゃんのこと考えてます?」

 レンが言ってきた。

「地味子ちゃん?」

「杉村環樹のことだよ!」

 なぜかアイが代わりに答えた。

「お前ら杉村さんが仕事しているところしか見たことないだろ。

 プライベートじゃ結構派手かもしらんぞ。

 まあ俺も知らんけど……」

 キスをされたとはいえいまだ職場の同僚という以上の関係にはなく、普段の生活についてはうかがい知れなかった。

 それとも、キスをされた以上は単なる職場の同僚以上の関係であるとうぬぼれても良いのだろうか、と思ったが、思い込みで環樹に接して火傷するのは嫌である。だから、その話を蒸し返すのは自分の中では御法度(ごはっと)だった。

 ラーメンができて三人で食卓を囲んでいると、

「マスター?」

 レンが例の甘ったるい声で訊いてくる。

「話を盗み聞きしたつもりじゃないんですけど……」

 そう言うということは、盗み聞きしたということである。

 ため息をこらえ、

「何だよ?」

「共和国派が紅亜殿下を狙う、って、どういうことなんですか」

「あっ、それ、あたしも聞きたい!」

 アイが手を上げた。

「そもそも、共和国派、ってのが何かわかってるか?」

「辞書的な意味では、君主が存在しない国、というのが共和国の意味ですけど……」

 レンが答えた。光一はうなずき、

「共和国派ってのは、君主が存在すべきでない、民衆こそ国の主だ、という考えの者たちだ。

 この星に人類が住み始めた当時、人類はこの地に理想国家を造ろうと考えたんだな。

 しかし、様々な事情があって、移民船団のリーダーが王の位に就くことになった。当時の世界は大変で、強力なリーダーがグイグイ引っ張っていく必要があったんだろうな。王家をいまだ解体しないのは、世の中は急進的に良くしていくとかえって破綻してしまうという考えの人も多いからなのだろうな。

 それを許せない、という人々が、共和国派と呼ばれている。まあ、完全な理想国家を造りたかった人々っていうことかな。

 いくつか共和国派の中にも派閥があるが、なかでもPDP――完全民主党というのが最悪に近いテロリスト集団でな。この世ならざる獣の混乱に乗じてテロを起こすことも辞さない連中なんだ。

 そのため、現体制と共和国派の間で内戦が起こったこともある。俺たちが生まれる前の話だがな。

 内戦は現体制の勝利で終わったが、共和国派は絶滅したわけではなく今もときどき王族を狙ってテロを起こしているんだ。それは知ってると思うが。

 紅亜殿下は王族でいらっしゃるからな。うかつに出歩けば共和国派のテロ行為の犠牲になる可能性があるうえ、エーテル・コープスの鎮魂をするともなれば、下手をすれば刺激して獣を呼び出す可能性もあり、それに乗じてテロを起こす奴らもいるかもしれないってことさ」

「わかりましたあ」

「ふーん」

 いつの間にか姉妹はそれぞれラーメンを十二杯ずつ平らげて、頭の中でゲームに興じているようである。

 さすがに頭にきた光一は立ち上がり、テーブルに手のひらを叩きつけた。

「ふざけんなお前ら!

 こっちは真剣に教えてやってんだぞ!」

 怒気を込めて声を荒げて叱った。

 すると姉妹はきょとんとして、

「マスター?」

「おいおいどうしたんだよ……?」

「あ、謝れよ、お前ら無礼なことしてんだぞ!」

「ごめん、なさい……?」

「すいま、せん……?」

 謝ってはくれたが、疑問形つきなのが気になった。

 そうなると、慣れないことをしてしまった恥ずかしさが襲ってきて、立ち上がった姿勢のままカップをあおって中身を一気に腹におさめて、

「もう寝る! カップは洗って捨てておけよ!」

 と宣言して自室に向かった。

 しかしながらその夜は、やはり慣れないことをしてしまった恥ずかしさで眠ることが困難だった。



 翌日の訓練の休み時間に光一は訓練所の休憩スペースでコーヒーをがぶ飲みしていた。

「眠いの?」

 環樹が心配げに訊いてきた。

 キスの一件があってからも環樹はまるでそんなことがなかったかのようにふるまっている。よほどの恋愛猛者(もさ)なのかそれとも女性というのはそういうものなのか判別がつかなかった。

「あ、いや、だらしないところを見せてしまったな。

 大丈夫、眠くないさ。この通り……!」

 目を大きく開き、笑顔を見せる。

 それを見た環樹はなぜか一歩引いている。

 今日も眠れない夜になりそうである……。




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