第一話 キス
狩野光一はトラックを凍りついた米優市の郊外に停めると、助手席の杉村環樹とともに降り、荷台に載っている二つの棺桶と大きな平べったい箱をクレーンを操縦して下ろした。
<目覚めろ……っ>
テレパシーを二つの棺桶の中に送ると、同時にゆっくりと棺桶の蓋が二つとも開き、中との気温差で湯気を生じさせながら中からそれぞれ女性が身を起こしながら姿を現す。
「マスター、到着ですか」
銀髪を風にはためかせ、赤い瞳を光らせながら、ガイノイドのレンが白い肌をぼんやりと湯気の中に浮かばせて光一の前に進み出てくる。
「おっせえよ! 腹減った、マスター!」
もうひとつのガイノイドのアイは金の髪が風になびくほど長くはない。青い瞳が湯気の中からこちらを射抜くように鋭い視線を向けている。褐色の肌は健康の証とでも言わんばかりにじたばたとしている。
「おらよ」
食パンを一切れアイの口にねじ込むと、レンのほうも物欲しそうにしつつもそれを言葉にするのも恥ずかしいといったていでこちらを何とも表現しがたい目で見ている。光一はため息を一つついて、
「妹につきあってやれ」
もう一切れの食パンをレンにも渡してやった。
「ありがとうございます!」
心底嬉しそうにレンは食パンにかじりついた。
その間に環樹が平べったい箱の蓋を横にくっついているスイッチを踏んで開けると、中には二メートルをゆうに超える高さと幅を持った巨大な両刃の斧が入っていた。
環樹はグリップに手をかけ、持ち上げて肩に担ぐ。人間には支えきれない重量の斧なのだが、環樹は念動力ーーテレキネシスを使って持ち上げていた。
四人ともコネクター・スーツという身体にぴったりとした黒いスーツを身にまとっている。これは王都の郊外にあるサイキック・サーバーより精神力を場所を超えて供給されるという仕組みのものである。
「二人とも相変わらずの食欲だね」
環樹は皮肉気な笑いを浮かべて姉妹を見やった。このガイノイドーーつまり女性型のアンドロイドは姉妹として設計・開発されたものなのである。
レンは恥ずかしそうにしつつも食べるのをやめず、アイはべえと舌を見せてから平らげた。
別に仲が悪いわけではないが、結成間もないこのチームは環樹が発言を我慢しないところがあるのでわずかにぎくしゃくするときがある。
(違うか……?)
ものごとがうまくいかないのをひとのせいにしているのかもしれない、と光一はひそかに反省した。今までレンとアイを使いこなすだけで良かったのに、環樹という新たな人物を抱え込んだことで慣れない感じがしている責任を環樹一人に背負わせようとしているのではないだろうか。
そのような考えはリーダー失格に値すると反省できるのが光一である。人間関係がぎくしゃくしていたからといって仕事は仕事としてうまく割り切って使いこなして見せるのが自分の役割であるに違いない。
「アイ、アポロンの制御は奪い返せるか?」
米優市が凍りついているのは天候制御装置アポロンの制御が奪われているからである。
この惑星ペイルーフはテラフォーミングしても天候をかつての地球のように自然に任せるには過酷な状態にあったので、天候制御装置アポロンを使って気象庁の計画通りに天候を操作している。
この米優市一帯の天候制御が、敵であるこの世ならざる獣に奪われているがゆえに、吹雪で市全体が凍りつくことになったのだと事前のブリーフィングで聞かされていた。
そこで、アイの存在である。
アイは環境さえ整っていればアポロンの制御を乗っ取って自在に天候を操ることができる(もちろんそのようなことを勝手にすれば気象庁から怒られるだけでは済まない罰則が科せられることにはなるのだが)。
その力をもってすればアポロンの制御を奪い返せるのではないかというのが光一の狙いだった。
アイは、しかしながら首を横に振り、
「無理。獣の干渉能力はこちらを超えているっぽい」
「プププ。意外に使えない妹ちゃん……」
環樹が意地悪を言ったので、
「なんだと、やんのかオラ!」
アイが荒れた発言をし、片足を地面に叩きつける。そんなアイをレンは羽交い絞めにして、
「駄目だよアイちゃん。こういう子は心の中で『陰口しか能がない毒舌気取りの馬鹿女』と思ってるだけで済ますのが大人のレディというものだよ」
とアイの耳元に特に声をひそめずに言った。
「姉ちゃんも意外と心が汚れてんなあ」
環樹が姉にも挑発を向ける。
途端にぴりつく雰囲気に、光一は手を叩いて自分の側に注目を集め、
「余計なことをくっちゃべってる暇はないぞ。姉妹は俺と一緒に北側から探索し、杉村さんは南のほうからの探索を」
「了解」
三人は声をそろえた。仕事となれば余計な雑念を脇に置いて自分の任務に忠実になってくれるのが彼女たちのはずである。
ガイノイドの二人は光一の傍に寄り、環樹は光一たちから離れてテレキネシスで自分の身体を浮かせて、斧を背中に乗せて空を飛び始める。
飛び始め際に環樹は、
「女の子に守られちゃってさ……」
と意地悪げに呟いて去っていった。
「マスターにも悪しざまに言うなんて!」
「終わったらあいつリンチだよリンチ!」
レンとアイが口々に言った。
ガイノイドは自分が近くにいて制御しないと使いこなせないなどと光一は言い訳はしたいところだったが、そう言おうにもとっくに去って行ってしまったし、なにより言い訳をする見苦しさを思うと口にも出せなかった。
木場王朝の王の姉である木場紅亜がこの世ならざる獣に米優市で襲われたという報告があってすぐに王国の騎士である光一と環樹は駆けつけた。
光一はガイノイドの姉妹と自身をテレキネシスで浮かせて飛行して、目標であるこの世ならざる獣を探している。
この小さな地方都市はそれなりに小さいなりには発展しており、中心部には多くのビルが林立している。
しかしながら、そのあらゆる建物が吹きすさぶ吹雪によって氷漬けになってしまっているのである。
当然ながら地面も凍っており、歩いていくには足場が悪いし、何より飛んだほうが速いのでこうして飛行しているのである。
飛行のテレキネシスを姉妹に任せないのは、いざというときの戦闘能力は光一よりも姉妹のほうが高いため、戦闘に関しては光一はガイノイドのサポートに回るのが常だった。
今までそうしたフォーメーションでやってきたのだが、騎士団長の指示により環樹が下につけられることになった。正直に言って、環樹をどういう使いかたをすれば良いのか判断に苦しんでいる。
何しろ環樹は、現在国内最強の超能力者とも言われている。そんな環樹がひとの下についているというのは、まだひとに指示する能力がないからだろうが、それでも一人で行かせて放っておけば勝手に獣を倒してくれるのではないかという気さえさせられる。それほどまでに環樹の能力は絶大なのである。
もっとも、環樹が国内最強とはいえ、この世ならざる獣に対してどこまで通用するのかは未知数ではある。勝手に倒してくれるのではないかと思ってしまうのは、いまだ実戦で環樹の戦う姿を見ていないからである。
ビルの合間を縫って三人川の字になって空を飛んでいると、ビルの合間に紫色のオーラが見えた。
「見つけた……!」
紫色のオーラはこの世ならざる獣が放出する精神力が色となって見えているもので、その色を視ることができるのは光一など超能力者のごく一部だけである。これは環樹にもできない。
紫のオーラが発せられている元をたどっていくと、ビルの陰に人間の数倍の直系の緑色の球体から無数の触手が生えているものが見えた。その緑色も綺麗なエメラルド系のものではなく、藻が腐ったような、目にしただけで嫌悪を催しうる色だった。
この世ならざる獣には決まった形はなく、このように我々の世界の生命体とは違ったかたちをしている。
<先手必勝!
アイ、テレキネシス・ブリットで狙撃を>
テレパシーで指示をすると、アイは空中で右手の指を銃の形に構え、左手でそれを支えた。照準を手早く合わせると、
「シッ!」
息を吐きだしざまに不可視のテレキネシスがアイの指先で弾丸となって発射された。
テレキネシスの弾丸は音速を超えて派手な音をたてて獣にぶち当たる。
しかしながらいまひとつ効いている様子はなく、単にこちらの存在を知らせてしまっただけに終わってしまった。
<レン、テレキネシス・ブレードで一気にかたをつけてしまえ!>
その指示にレンは両手で棒状のものを構える仕草を見せる。一般の者には見えないはずだが、光一には視えていた。そこにあったのは、テレキネシスで形成された力場の刃である。
レンは光一のテレキネシスで獣に激突せんばかりに飛ばされ、接近してテレキネシス・ブレードで斬りつける。
レンと獣の間にテレキネシスの力場で形成されたバリアが展開され、ブレードとエネルギーが相殺し合ってしまう。
「やばいっ!」
光一は叫んだ。獣から触手が伸び、レンを襲う。
ぎりぎりのところでテレキネシスでレンを引き寄せたが、代わりに光一の身体に触手が絡みついてしまう。
「ぐ、あああ……っ!」
身体じゅうがきしむのを感じながら悲鳴を漏らす。
「レン、レン……!」
別に甘えて名前を読んだわけではない。その言葉に察したレンはテレキネシス・ブレードで触手を斬り飛ばし、光一は解放され、凍った地面を滑りながら転がった。
アイがテレキネシスで三人の身体を浮かせて獣と対峙するように立たせた。フォーメーションが崩れたままではまともに戦えないと判断してのことである。
光一の指示がないと動けないのがこのガイノイド姉妹ではあるのだが、訓練によりある程度は自律的に判断できるようにはなっている。
しかしこちらの攻撃がまともに通用しないとなると、膠着状態に入ったというしかない。
獣は触手を伸ばして攻撃してくるが、レンがブレードで、アイがブリットで潰すだけで、反撃できる要素はこちらにはない。あのバリアがある限り、触手は二人に任せて自分が攻撃しようにもどうにもならないのである。
バリアを打ち破るような強力な一撃を持った能力者がもう一人いればいいのだが、今この場にはいない。
触手は潰されても新たなものがすぐさま生えてきて、潰し続けていればいずれ手を出せなくなるということにはならなさそうだった。もっとも、いずれ再生能力が枯渇する可能性はないともいえなかったが、それがいつになるかはわからないのでその可能性に賭けるのも難しかった。
そうして手をこまねいていると、獣は天高く一本の触手を長々と伸ばして、手近なビルの根元に向けて振り回した。
触手はコンクリートの壁をえぐり、切り裂くようにしてビルを切り裂いていき、薙ぎ払いきるころにはビルは光一たちのほうに向けて傾き始めていた。
「まずい!」
光一は傾ぐビルの中に悲鳴を上げて窓ガラスにへばりつく無数の人々を見た。このまま倒れるのをほうっておけば、中の人々は潰れて死んでしまうだろう。
「レン、アイ!
ビルを支えろ!」
「了解」
姉妹はビルを挟むように分かれて、両手をビルに向けてかざし、テレキネシスでビルを支えた。とても一人で支え切れるものではない。
ビルを支えるのにかかりっきりのレンに向けて獣は触手を伸ばす。レン自身は所詮は修理がきくガイノイドだが、そのテレキネシスが途切れればビルが倒壊し、多大な犠牲を出してしまうだろう。
「させるかっ」
光一は突進するが、バリアに弾かれてしまう。
自分にはこれ以上何もできないのか、そう絶望してしまいたくもなるも、ここであきらめるわけにはいかない。
再度の突進を試みる。変わらずの無策だが、バリアを張る前に相手の懐に飛び込むことができればなんとかなるはずだと信じて飛ぶ。
しかしやはりバリアに弾かれてしまう。
そうしている間にも触手はレンに向かっていく。
その触手が、突然視界の端から回転しながら飛んできた巨大な斧に斬り飛ばされた。
「なにやってんのさ!」
弾丸のような勢いで環樹が飛んできた。
光一は自らの愚かさを呪った。
この世ならざる獣を発見した時点で環樹に連絡をするべきだったのである。
それを、何を焦ったか、自分たち手慣れた仲間だけで突進してしまった。環樹が揃うのを待っていればまた違った展開になっていたかもしれないのである。
その環樹が斧に向かって飛んで、柄に絡みつくようにして斧を掴み、その勢いのまま斧を振りかざして獣に突進する。
獣はバリアを張るが、そのバリアを環樹は斧で切り裂き、しかしながらその勢いで斧が地面にめり込み、斧から手を離してしまって環樹は滑って獣に近づいてしまう。
触手が環樹に向けて伸ばされる。
(せめてこれくらいは……っ)
光一は環樹の前に飛び込み、触手は目標を変えて光一に絡みついた。
「狩野さん!」
悲鳴じみた声で環樹が名を呼んできた。
「俺のことよりも、獣を!」
苦しいが、失態を取り返すにはそれくらいのことは言ってみせなければならない。
すると獣は光一を環樹の前にかざしながらその場を逃れようと飛び始める。
ビルの間をジグザグに縫って環樹から逃れようとする獣は、環樹が攻撃の仕草を見せるたびに光一の姿をちらつかせる。
失態を取り返そうとしたつもりだったが、かえって環樹に攻撃しづらくさせてしまっただけになってしまった。
だからといって、俺のことは巻き添えにしても良いとはさすがに言えない。言ったところで環樹がそれに従うかどうかはわからないものの、もし従った場合、自分の命を危うくしてしまう。職務に命を懸けるのは当然とはいえ、可能な限りは生還したい。
ビル群を抜け、市街地を横切って流れる川に差し掛かる。巨大な川で、対岸まで数百メートルは幅がある。
そこにかかる巨大な橋の下に獣は潜り込む。それを環樹は追ってくる。
さらに逃れようと獣は橋の上に姿を見せ、やはり環樹はあきらめずに追う。
再度獣は橋の下に逃れようとし、追われてまた上にのぼる、を繰り返すうちに、バネ状の軌道を描いて橋の周りを回転しながら飛んで行く。
橋を通り過ぎると巨大なビルの壁に向かって突進し、ぶつかる寸前のところで軌道を変えて激突から獣は逃れた。
追っていた環樹はしかしながら軌道を変えることができず、壁にぶつかって、聞く者に嫌悪感を催させるような音をたてる。
環樹は地面に向けて落下していく。気をうしなったのか、何とかしようとする気配が見えない。
地面にぶち当たる寸前で、かろうじて意識をとりもどしたか、環樹はU字型の軌道で空中を旋回し、再び宙に浮く。
そうしている間にも光一は黙っていたわけではなく、テレキネシスで触手を引きちぎろうと試みてはいたのだが、相手の力のほうが上でそれもままならない。
そこへ、
<マスター!>
アイからのテレパシーが飛んできて、
<ビルの中の人の避難は終わったよ!>
と自慢げな声(正確には声ではないが、思念にも声音というべきような要素はある)で伝えてきた。
<よし、すぐに駆けつけてこい!>
命じると、
<また女の子に頼ってさ!>
と環樹が割り込みでテレパシーを飛ばしてきた。これは満身創痍の環樹なりの強がりなのだろう。
もっとも、ガイノイド姉妹が駆けつけたところで決定打に欠ける状況は変わらない。となれば、もう一手欲しいところではあった。
環樹が加速して獣の懐に飛び込もうとすると、バリアを張って抵抗する。
環樹は拳を振り上げて叩きつけ、バリアを破る。
しかしその間にもう一枚のバリアを展開したので、環樹はそこに激突してしまい、また殴りつけるも、先ほどより強力なものだったらしく、揺らぎはしたものの破るには至らなかった。
そこへ、
<マ……スター!>
雑音まじりでレンからテレパシーが飛んできた。レンはテレパシーが苦手なのである。
環樹が再び獣に突進する。
しかしこのままでは二の舞、三の舞を繰り返すだけで、環樹が消耗を続けるのみである。それを恐れてか、近づいてもすぐ離れ、攻撃すらできないでいる。
<杉村さん!>
環樹に向けてテレパシーを飛ばすが、
<今忙しい!>
と切り捨てられてしまう。
こちらが伝えようとしているのは作戦についてだと告げると、ようやくこちらの話を聞いてくれた。
そして、伝え終わったときに環樹は作戦を飲み込んで、獣に向かって再度突進する。
やはりバリアを何重にも展開して獣はそれを防ごうとする。
今のままでは一枚くらいは環樹が強引にバリアを破ることができるが、二枚目以降はどうにもならないだろう。時間をかければ何とかなるかもしれないが、かけられる時間があるわけでもない。
そのまま環樹がバリアに激突しそうになる。
そこへ、斧が環樹の目の前に飛んでくる。環樹はそれを掴んだ。
はるか下の地面では、橋のたもとでこちらに手を振るガイノイド姉妹がいた。光一は手を振り返した。
ガイノイド姉妹が二人がかりでテレキネシスを使って飛ばしてきたのである。
「何をのんきに……っ」
怒りの声を上げて環樹は斧の刃をバリアにぶち当て、何重にも張られているそれを一度に破砕した。
そして空中で回転して光一を掴む触手を半ばから斬り飛ばす。
自由になった光一はその位置から獣の懐に飛び込み、球体に触れて、パイロキネシスーー発火現象を起こして獣を焼き尽くした。
この世ならざる獣は、
「ヒィィィィィィィィィ……!」
と悲鳴(?)を残して灰となり、空中にとけて消えた。
それと同時に、
「何とか、倒せた……」
力を使い果たしたか環樹が呟きながら墜落する。テレキネシスの干渉を受けていた斧も、その力から一拍遅れて影響から逃れて落下し始める。
「杉村さん!」
光一は環樹の落下スピード以上に加速して、環樹が地面に落ちる寸前のところで横から身体を抱きつくかたちでかっさらって横に転がった。運よく地面は河川敷の草むらで、アスファルトの上に転がるよりははるかにましな状態になった。
少し遅れて、近くに斧が落下した。
ぐったりとした環樹を光一は抱き締めたままでいるが、これは身体を動かす余裕がないためで、手放すのを惜しんだわけではない。
が、環樹はそう取らなかったのか、
「いい加減離して」
光一が力を緩めるのを待って上体を起こし、光一の上にまたがる体勢になる。
「杉村さん?」
「なんで生きてるんだろ……」
心底不思議そうに環樹が呟き、こちらに顔を寄せてきた。
光一のくちびるに柔らかいものが押し当てられた。光一としてはそんな疑問どころではなかった。
くちびるが離れると、
「き、キス、しましたか……?」
真っ青な顔になってレンが駆けつけてきた。
その後からついてきているアイが、
「り、リンチ決定だ……!」
と叫んだ。
この世ならざる獣を呼び出すのは、怨念によりこの世に残った強力な超能力者の霊体ーーエーテル・コープスである。
異界からこの世界にはいないような生命を呼び出して害をなすのであり、この異界とのつながりに超能力の正体があるのではないかとする専門家の見解もあるくらいである。超能力は現在のところなぜ使える人がいるのか、どういった理由で使えるのか、ということはまったくわかっていない。
そして、そのエーテル・コープスを鎮めるには、聖職者による儀式を行なう必要があった。
その役目を、市郊外に避難していた王の姉の木場紅亜が請け負った。王族は祭祀も司っているため、そのようなことも可能なのである。
エーテル・コープスは多くの場合、昔の内戦で戦死した者がなっていることが多いので、内戦に悲しみを覚える王族はエーテル・コープスを鎮める儀式に積極的なところがあった。
儀式の護衛を近衛兵たちとともに終え、トラックを王都に向けて光一は走らせていた。
ガイノイド姉妹はトラックの荷台にある棺桶にしまわれてしまっているので、今は助手席にいる環樹と二人きりになってしまう。
そうなると、先ほどのキスを気にしてしまう。
気まずかった。
おそらく好意からくるキスではなく、生きていることを確かめようとしてのことだったのだろうとは思う。
だからといって、まったく好意のない相手に対してそのようなことができるものなのだろうかと思うといてもたってもいられない気持ちになってしまうが、そのような気持ちを態度にあらわして環樹に見せてしまえば気持ち悪がられる確率は高そうである。
さいわい、環樹は怪我であまり雑談をする気も起きないらしい。
そう思っていたところ、
「何か話してよ」
サイドの窓の向こうを見ながら催促された。
「え? うぇええ?」
つい上ずった奇声を上げてしまった。
「なにそれ」
ぎょっとした様子でこちらを見てくる。
「ひょっとして、気にしてんの?」
「あ、いや、まあ……」
「ふん」
小馬鹿にしたような笑声を放ち、環樹は再びサイドの窓の向こうに目を向けた。
その態度に腹が立つが、これから部下として付き合っていく相手に惑わされてはなるまいと自分を保とうと努力し、意識を真面目な方向に向ける。
王制を打倒せんとする共和国派との内戦が王国側の勝利で終結してからも、共和国派の残党は思い出したようにテロを起こし、体制を揺さぶらんとしている。
共和国派はこの世ならざる獣の騒ぎに乗じてテロを起こすことが多いのだが、今回はそのようなことがなかった。それだけは救いだった。
そう考えることで、光一は自分を保とうとした……。