アクアリウムの人魚
過去の作品です
至らない点は多々ありますが、どうかご容赦下さい
この世界のどこかに、不思議な水族館があります。
大人と子どものほんのわずかな間、思春期と呼ばれる時期に一度だけ訪れることのできる水族館です。その水族館には恋の悩みを抱えた女性しか入ることができません。
高校生くらいの少女が一人、水族館に迷い込みました。
水族館に足を踏み込むと、ひんやりとした空気が少女の体を包み込みます。海辺ではないのにどこからかザザン、ザザンと波の音が聞こえてきます。周囲を見回すと、魚の入っていない水槽がいくつも置かれていました。
「……あ」
進んだ先に、人魚の泳いでいる水槽があります。
人魚は岩場に座って尾ひれを休ませながら「る、る、る」と軽やかに歌っていました。やがて自分を見つめる少女に気付き、にっこりと笑いながら手招きをします。
「あなた、恋の悩みを持っているわね」
「どうしてわかったんですか?」
「ここはそういうとこだもの。それに、私と似てるから」
「似てる?」
「私も昔は人間だったのよ」
過去を憂うかのように、人魚はゆっくりと泳ぎ出します。
「高校生のときにね、担任の先生に恋したの。でも私達は先生と生徒だから、必死に気持ちを抑えたのよ」
「どうして人魚になったんですか?」
「声を出して泣かないように、先生の元へと駆け出さないように、神様にお願いして声と足を代償に人魚になったの」
少女は少し迷い、戸惑い、やがて口を開きました。
「私も、先生のことが好きです」
「今は恋も多様化の時代よ。先生と生徒が付き合うことが容認されてもいいと思うの。もちろん、覚悟は必要だけどね」
人魚の言葉に、少女は再び口を紡ぎます。
「さぁ、もう帰りなさい。長い間いると戻れなくなるわよ」
「でも」
駄目よ。と、首を横に振ります。本音は人魚も久しぶりの人間ともっと話したかったのです。けれど、少女には帰る場所があります。帰って、前へ進まなければいけないのです。
「……わかりました」
「る、る、る」と歌う声を背に、少女は戻っていきました。
人魚は物思いに耽ながら水槽の中を泳ぎ回ります。
何年も、何十年も、何百年も。この水族館に佇んでいます。
一人でずっと、独りでそっと。
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