第6話 ピウス村
キャルトのアルマ、オークのガルディア、そしてエルフのリシェスの三人は、整られた道を辿って南へと向かっていた。
彼女達は、現在地も分からないまま太陽の位置を頼りに南へと進んでいた。
聖国軍の物資から地図を取得すれば良かったのだが、どうもアルマが暴れた際に消失したのか地図は見つからなかったのだった。
「アルマ」
「何かしら?」
アルマの後方を追従していたガルディアが、自身の乗っている馬をアルマの馬と並走させるとアルマに話しかける。
「アルマは、この辺りの土地勘とかはあるか?」
「いいえ、無いわよ。貴方は?」
「すまないが、俺も心当たりが無いのだ。リシェスはどうだ? 何か見覚えのあるものはあるか?」
「んー。すみません、わたくしもここまでの道のりで、見覚えのあるものはありませんでした」
「そうか……うむぅ」
ガルディアはここにいる誰もが、自分達の現在地が把握できる情報が無いと分かると。ただでさえ厳つい顔に更に眉間にシワを寄せ、より一層恐ろしい顔にしながら困ったように唸る。
「そんなに思い悩む事ないわよ、ガルディア」
「しかしだな、アルマ。まだ出発したばかりとは言え、それほど食料などに余裕があるわけでわないのだ……」
「大丈夫よ、何とかなるわ。それに、何も分からないからと言ってウジウジ悩んで止まっていたら。それこそ、死に向かっている様なものよ。こういう時は、思い立った可能性に向かって思い切って行動する事が大事よ?」
「ふふ、それはわたくしも同感です」
アルマの言葉にリシェスが賛同し、彼女はどこか懐かしみつつ少し困った様な顔を見せた。
「案外、それで何とかなったりするものなのです。もし、それで何とかならなかったら、また別の選択肢を選べばよいのです。だからガルディアさん、今はそんなに悩まなくても大丈夫ですよ?」
「ぬぅ……アルマやリシェスがそう言うのなら、そうしよう。やはり女性というのは何と言うか、逞しいのだな」
「ふふっ、それはどうもありがとう。それにしても……」
アルマは目線を下げて、自身の姿を確認する。
そのアルマの姿は、聖国軍兵士そのものだった。
長袖の白い服に紺色の長ズボン、それから軽装の白い防具を装備し。その胸には聖国軍の紋章があった。
また彼女は、その上からフード付きの汚れた白いマントを羽織っていた。
彼女はその今着ている服を指先で摘みながら、嫌そうな顔で愚痴をこぼす。
「あのクソ共の服を着る日が来るとは思わなかったわ。サイズも合っていないし、においも臭いし、すごく臭いし、物凄く臭いから最悪だわ――うっ」
アルマは胸元の臭いを嗅ぐと、フレーメン反応を起こし露骨に臭そうな顔をする。
その目には、少しばかりの殺気が渦巻いていた。
「辛抱するんだアルマ。マント一枚だけよりはマシだ。出発した後すぐに、アルマがマント一枚だけしか羽織っていない事に気がついて良かった……」
聖国軍兵士姿だったのはアルマだけでなく、ガルディアもまた同じだった。
ガルディアに至っては、左腕に聖国軍の木と鉄で作られた円型の盾、左腰に聖国軍の剣が装備されていた。
ただガルディアには、アルマの様な雨避けの為のマントは無かった。
「あぁぁ……虫唾が走るわこの服。脱ごうかしら?」
アルマがマントの中でゴソゴソと服を脱ごうとし始める。
「こ、こらアルマ!? 脱ぐんじゃない!」
「うるさいわねぇ……貴方は臭くないの?」
「臭くないことはないが……まぁ、強いて言うなら臭いよりも窮屈だな」
ガルディアの着ている服を見ると、彼の言う通り。彼の体格に合っていないその服は、彼の筋肉で今にもはち切れそうな程にピッチリしていた。
「ガルディアさんのお体に合った物がありませんでしたものね」
ガルディアの筋肉に囲まれているリシェスが、苦笑いしながら答えた。
リシェスは、アルマやガルディアの様に聖国軍兵士の服は着ず。始めから着ていた服を使用していた。
変わった所といえば、リシェスは防寒用の茶色いマントを羽織っていることぐらいだろう。
「リシェスの提案が無ければ、どうなっていた事か……」
アルマが服を着ていない事に気づいたガルディアは、他に服が無いから聖国軍兵士の服を着る様に説得しようとしたが、アルマが断固拒否し、反抗していた為に苦戦していた。
そこにリシェスが、聖国軍を装った方が聖国軍の支配下地域では行動し易いと、アルマを説得していたのであった。
「ちょっとガルディア」
「どうしたアルマ?」
アルマが自身が着ている白いシャツの首元を摘まんで、ガルディアに話しかける。
「この服、持ち主の血がこびり付いているじゃない。もっとキレイに殺せなかったの? 気持ち悪いわ。この服の評価に『凄く気持ち悪い』を新たに追加するわ」
「……無茶を言うなアルマ。俺は彼らを素手で倒すのに必死だったのだ。そもそもこうなるとは思わないだろう?」
アルマが摘まんでガルディアに見せているシャツには、元の持ち主の赤黒くなった血がこびり付いていた。
その持ち主と言うのは、ガルディアがリシェスを救う時に戦った聖国軍兵士達のことだった。
他の兵士達の服等は、損傷が激しかったり、アルマによって焼失してしまっていた為。ガルディアが素手で倒した、損傷の少ない服と防具をアルマとガルディアは使っていた。
ガルディアが困った様に顔を手で覆っていると、アルマがまたガルディアに話しかける。
「ガルディアッ」
「ぬぅ、今度は何だ?」
「村よ」
「――なに!?」
ガルディアはアルマのその言葉を聞いて、顔を上げる。
するとそこには、いくつかの人の家が密集している村があった。
その村は、川に隣接した開けた場所にあり。村の近くには農作物を育てる為の畑があった。
また、村から少し離れた所には山へと続く森が生い茂っていた。
「意外と早く見つけれたわね」
「えぇ、そうですねぇ」
今いる場所も分からず、食料なども少ない状態で彷徨う事になっていたと言うのに。念願の人が暮らしている場所を見つけても、冷静でいる女性陣を見ていたガルディアは「やはり女性は強いな……」と、しみじみと感じていた。
アルマ達は極力顔を見られない様にと、アルマとリシェスはフードを被る。ガルディアは白く長い布で顔を隠すように、顔や頭をぐるぐるに巻いた。
準備が出来ると、3人は村へと向かう。
村の前にある畑には、農作業をしている村人がちらほらといた。彼らは春から夏にかけての栽培に向けて準備をしていた。
アルマ達が村に近付くにつれて、土づくりをしている村人達が彼女達に気が付いていく。
彼らは珍しい物を見る様にアルマ達を見るが、聖国軍だと分かるなりすぐに顔を伏せていく。
その後に向けられる眼差しには、恐怖があった。
「……ここの村は、どうやら聖国軍の支配下で間違いないようね」
「その様だな。皆、こちらを警戒している様に見える」
アルマ達は静まり返った畑を抜け、村の中へと入る。
その村はそれ程大きい訳ではない様だが、貧しさを感じない豊かな村であると感じ取れた。
村の中に入るなり、村人達がアルマ達に気付き好奇の眼差しを向けるが、畑の者達と同様に聖国軍と分かるなりすぐに顔を伏せる。
開かれた窓は締められ、外で遊んでいた小さな子供達は避難させられる様に親に連れていかれる。中には聖国軍と分かるなり慌てて走り去る者もいた。
わいわいと活気ある雰囲気を出していた村は、アルマ達の登場により瞬く間に静寂に包まれた。
「皆さん、とても怯えてらっしゃいますね……」
「……あぁ、そうだな」
アルマ達が村の中で立ち止まっていると、人間の老人の男性が話かけて来た。
「もし……大変失礼な事をお聞きしますが、あなた方は聖国軍の方々で間違え無いでしょうか?」
その老人は、こちらを刺激しない様に丁寧かつ柔らかい雰囲気で話して来た。
しかし、その目は警戒心と僅かながらの憎しみが宿っていた。
その老人の問いに対して、アルマが答える。
「えぇ、そうよ。貴方は?」
「はい、私めは以前ここの村長をやっておった者です。ところで……つかぬ事をお聞きしますが、きょ、今日はどういったご要件でしょうか?」
元村長と名乗る老人は、額に汗を滲ませながらその質問を投げかけた。
その声はどこか緊張していた。まるで返って来る答えに怯える様に。
「私達は水や食料、その他の生活用品を分けてもらう為にこの村に来たわ。この村の村長に会わせてくれないかしら?」
「そうですか……分かりました。では私めが今の村長の家まで案内しますので、付いてきてくだされ」
「助かるわ、ありがとう」
老人は近くにいた幼い男の子を呼び寄せると、先に村長の所に行って私達が来る事を伝える様に指示した。
その男の子は何度か頷くと、慌てて走り出して行った。
私達は、老人の案内に従って村の中を進む。
村長の家へと向かう私達を、村の人々が遠目から恐怖と憎しみの目で監視しているのをアルマ達は感じながら進んだ。
「(むぅ……聖国軍を装って、無償で食料を分けて貰うというのは気が引けるな……)」
ガルディアが先頭を歩く元村長に聞こえない様に、小声でアルマに話しかける。
「(私も嫌よ。だけど非常時よ、堪えなさい。また機会があればお礼をしに来ましょう)」
しばらくすると、アルマ達は村の中でも一番大きい木の家の前まで案内された。
その家の前には、先程の伝言を預かった人間の男の子と人間の中年の男性が待っていた。
彼らは私達に気が付くと、伝令の男の子は中年の男性の指示で別の所へと走り出す。その中年の男性は案内してくれた老人と話す。
「父さん、伝令と案内ありがとう」
「構わんさ。ただ……慎重にな……」
「あぁ、分かっている……」
老人と村長の会話が終わると、村長はアルマ達に近寄り挨拶をする。
「長旅お疲れ様です、聖国軍の皆さま。ようこそ私達の村、ピウス村へ。ささ、どうぞ中へ」
アルマ達は馬を預け、村長の家へと招かれる。
アルマ達は客室に案内され、机を一つ挟んで村長と対面する様に椅子へと腰掛ける。
ガルディアだけは座らず、彼はアルマとリシェスを守る様に二人の後ろに立った。
アルマ達に水が用意されると、村長との交渉が始まる。
「ガルディア、威圧するのをやめなさい。相手が怖がってしまうわ」
「うむ」
アルマは、本当は威圧してはいないが、ガルディアが恰も威圧しているかの様に振る。
アルマも不本意だが、交渉を有利にする為にどちらが立場が上かを示した。
「さ、さて聖国軍の皆さま。今回はどういったご用件でしょうか? 聞いたところ、食料等を分けて欲しいとお伺いしていますが?」
「えぇ、そうよ。私達は訳あって単独で旅をしているの。それで食料の備蓄が少なくなった事から、ここの村に立ち寄らせて頂いた訳よ」
「そうでしたか。しかしながらですね……」
「何か問題? 分けては貰えないのかしら?」
「い、いえ、そう言うわけではありません。ただですね……以前、こちらに来られた聖国軍の方々に税として村で蓄えた食糧などを納めた為に、お譲りさせて頂く物の量に限りがあるのです……」
「なるほどね……なら、どれだけの物を分けて貰えるか教えてもらえるかしら? あと地図も見せて欲しいわ。道中で無くしてしまったの」
「分かりました。物品表と地図を用意していますので、そちらをお見せしながら説明させていただきます……」
どうやら聖国軍は、支配下に置いた地域からも国に納める税を収集している様で。村長の反応から見て、聖国軍は彼らから無理な貢納をさせられているようだった。
アルマとリシェスとガルディアは、村長が用意した物品表のリストを見ながら何を分けて貰うかを村長と話し合った。
するとその会話の途中に、いつの間にかアルマの隣まで近寄って来ていた幼い女の子がいた。
恐らく村長の娘であろう、人間の幼い女の子がアルマを下から見上げて、アルマの顔を見ながら話しかける。
「おねぇさん、ネコさんなのぉ?」
その女の子は猫のぬいぐるみを抱きしめながら、フードに隠れたアルマの顔を見ながら質問する。
その目はキラキラとした好奇心の目だった。
突然の女の子の質問に止まる会談。
一瞬固まった後、その子の父親である村長が声を張る。
「コ、コラッ! ミウィ! 今は大切なお話をしているんだ! も、申し訳ありませんッ! どうかこの子の無礼をお許しください!」
村長は慌ててアルマに謝罪する。
だが、その声は謝罪と言うよりは許しを請うようだった。まるで「この子だけは殺さないでくれ」と言っているようだった。
するとアルマは、無言のままミウィと呼ばれたその女の子の頭へと手を伸ばす。
「ア、アルマ待て――」
アルマに殺された聖国軍兵士の惨い死体を思い出したガルディアは、思わず声を上げる。しかし、ガルディアが止めに入る前にアルマの手は女の子の頭に触れる。
そして……アルマは女の子の頭を優しく撫で始めた。
「えぇ、そうよ。私は猫さんよ。私みたいな人を見るのは初めて?」
「うん! おねぇさんみたいなネコさん、わたしはじめてみたぁ! ねぇ? お手てさわってもいい?」
「えぇ、良いわよ」
「わぁ! ありがとう! うわぁ……ふわふわぷにぷにぃ」
アルマは差し出した片手を、ミウィに自由に触らせる。
それを見た父親である村長は、驚きつつもホッと安心すると席に戻り、会話を続ける。
その声は先程よりもどこかリラックスしていた。
「うちの娘がご迷惑を掛けてすみません」
「いいわ、気にしてないから大丈夫よ。貴方の子供はこの子だけ?」
「いえ、私達にはもう一人娘がいます。長女のソラがいるのですが、今は山に山菜を取りに行ってます」
「そう。この子がこんなにも明るい子なら、きっと優しいお姉さんなのね」
「そうだよぉ! わたしのおねぇちゃんはとっても優しいんだよ!」
ミウィは満面の笑顔をアルマに向ける。
その笑顔はこの場にいる皆の心を和らげ、その笑顔だけでこの場の雰囲気は優しいものになった。
それから顔に笑みを零せる程にリラックスした村長が、アルマ達と食料等の話に戻し、交渉を再開する。
だがそこに、突如玄関のドアを勢いよく開け。ドタドタと音を立てながら客室に来る者がいた。
何事かと皆がその乱入者を見ると。その者は顔や手、服を泥だらけにした人間の女性だった。
「い、いったいどうしたんだ!? そんなに慌てて! 泥だけじゃないか!?」
村長が声を上げてその女性に問いかける。
その問いかけにその女性は呼吸を荒上げながら、叫んだ。
「ソ、ソラが!! さ、山賊に襲われたのぉッ!!」
「――そんな!? ソラがッ!?」
「お願いッ! ソラを助けて!! あ、あたしを、逃がすために、ソラがぁぁ、ソラがぁ、あぁぁ……ッ」
泥だらけになった女性は、ソラの名を呼びながらその場に泣き崩れる。
「そんな……! 私の娘が……ソラが……」
泥だらけになった女性の話を聞いた村長が、絶望した顔で膝を付き助けを求める様に嘆く。
状況をまだはっきりと理解していないが、自分の姉に何か良くない事が起きた事を感じ取ったミウィが、父である村長に話しかける。
「ねぇ、おとうさん。ソラおねぇちゃんがどうしたの? おねぇちゃん帰ってくるよね?」
「ソラは……帰ってこないかもしれない……」
「え? なんでおとうさん? なんでおねぇちゃん帰ってこないの? ねぇ、おとうさん!」
リシェスが村長に話しかける。
「村長様、この村にどなたか救助にいける方はいらっしゃらないのですか?」
「い、いないです……。山賊と戦える様な動ける男は皆、聖国軍に労働者として連れていかれているのです。だ、だから……」
村長は悔しそうに歯を食いしばり、目に涙を浮かべて体を震わせた。
「ね、ねぇ。ネコのおねぇさん……ッ! わたしのおねぇちゃん! ソラおねぇちゃんを、たすけて、おねぇちゃんをたすけてよぉ……ッ! う、うわぁぁぁあん!!」
姉ともう会えないかもしれないと感じ取ったミウィは、アルマに助けを求めて泣き始めた。
「アルマ」
ガルディアが強い眼差しでアルマの名を呼ぶ。
アルマは泣いているミウィと、同じ視線になる様にしゃがむと。アルマの手を握っているミウィの幼い手を、両手で優しく握り返し彼女に向けて言葉を発する。
「分かったわミウィ。貴女のおねぇちゃんは私達が助けて来るわ」
「ひっく……ほ、ほんとう?」
「えぇ、本当よ。だから泣かないで? ミウィが泣いてたらネコのおねぇさん、悪い奴らに勝てないわ? ミウィが泣くのを我慢してネコのおねぇさんを応援してくれたら、ネコのおねぇさんはどんな悪い奴にも勝てるわ。だから泣くのを我慢して、ネコのおねぇさんと一緒に戦って欲しいわ?」
「うん……うん! わかった! わたし泣くのがまんする! ネコのおねぇさんと戦う! だから、ネコのおねぇさんも頑張って!」
ミウィはその幼い手で零れる涙を拭い。挫けない心を持ってアルマに応援を送った。
「ミウィはとても強い子ね。えぇ、ネコのおねぇさんも頑張るわ」
アルマはミウィの頭を優しく撫でると立ち上がる。その金色に輝く瞳に怒りを込めて。
「ガルディア」
「うむ」
涙を零しながら村長がアルマに話しかける。
「そ、そんな……本当にソラを、私の娘を助けに行ってくださるのですか?」
「私は今なんと言った? 私はこの子に、この子のお姉さんを助けると言ったの。貴方も、村長と言う立場もあるでしょう。でも、村長である前に貴方は父親でしょう? クズ共にいいようにされて簡単に諦めるな、悲しみで泣くな。泣く暇があったら行動しろ。……その涙は、娘と再会した時に取っておきなさい」
「う、くぅ……ッ! わ、分かりました! ど、どうか。うちの娘をお願いしますッ!!」
村長は膝を付いたまま、深々と頭を下げ。アルマに救いを求めた。
「……ふん。リシェス」
「はい、アルマさん」
「貴女はここに残りなさい」
「分かりました。なら、怪我人を治療出来る準備をしておきますね」
「……そうね。えぇ、そうしてちょうだい。助かるわ」
「はい、お任せください。アルマさん、ガルディアさん……どうかお気を付けて」
「ありがとう。――ガルディア、行くわよ」
「了解した!」
アルマとガルディアは、ソラが山賊に襲われた場所を聞き出すと、すぐさま馬に乗ってその場所へと急行したのであった。