第1話 猫とオーク
時は――灯暦1429年 1月
今この時を生きる人々はそれぞれの理想の為、富や地位など私欲の為に争い合い、奪い合い、破滅へと向かう混沌の時代を生きていた。
侵略、略奪、殺人、強姦、人身売買、差別、陰謀、大量虐殺、そして世界の破壊……。
世界がゆっくりと着実に、悪意ある者によって人知れず滅亡へと向かっていた時代。
そんな事を知る由もなく、新たな年を迎え終えて落ち着いた頃……雪が残っている森を挟むようにして街から街へと続く道を、数台の馬車が列を成しながら月明かりが照らす夜道を走っていた。
列を成して走っている馬車は、どれも形は似ているが大きい物から小さい物といろいろな種類があった。その中でも唯一、形の違った馬車が1台あった。
その馬車は荷台が大きな箱の形をしており、その骨組みは鉄で補強されて非常に頑丈に作られている。
鉄で補強されたその荷台はまさしく『檻』と呼べるものだった。
その檻の中身は、獰猛な野獣でも凶悪なクリーチャーでもない。様々な種族の『人』が入れられていた。
その大半は人間だったが、彼らの中には『猫人のキャルト』、『剛人のオーク』、更には『森人のエルフ』までもいた。
種族も様々なら服装も様々だった。奴隷の様なボロ切れで作られた服の者もいれば、価値の高そうな服を着ている者もいる。
だが、彼らにはある共通点があった。
まず彼らの手首には手が自由に動かせない様に、体の前で両手首が板状の拘束具で拘束されていること。それも、魔力封じの鉱石が埋め込まれた物でだ。
そして皆、これから起こる末路に怯えているということだ。押し押せる恐怖から外へ向かって怒鳴りちらし錯乱する者、ブツブツとつぶやき現実逃避をする者、絶望し床を見つめて思考停止する者、うずくまって体を震わせながら酷く怯える者などがいた。
そんな中、1人のキャルトの若い女性が、力無く壁に持たれ掛かり眠っていた。
その女性は酷くうなされていた。
時より発する唸り声には、強い悲しみや怒りの感情がこもっており。とても辛そうに聞こえてくる。
すると、同じ空間にいたオークの大男がその辛そうにうなされている彼女に気が付く。
そのオークの大男は、生きる事を諦め虚ろな目で床を見つめており。うなされているキャルトの女性の隣に、力無く座り込んでいた。
辛そうにうなされている彼女の声をしばらく聞いていたオークの大男は、居ても立っても居られなくなったのか重い腰を上げて彼女の側へと行く。
オークの大男は、そのキャルトの女性となるべく同じ視線の高さになるようにしゃがみ込む。
「……おい、大丈夫か?」
オークの大男は、優しく彼女の肩を揺らしながら声を掛けてやる。
この時、オークが触れたのは肩だけだったが、それだけでも彼女の体は瘦せていると思える程に、彼女の体は軽く細かった。
オークが何度か肩を揺らし声を掛けてやると、そのキャルトの女性は深く息を吸い、ゆっくりと頭を起こす。それからオークの方へと顔を向ける。
するとその時、ちょうど鉄格子の小さな窓から月明かりが差し込む。
その月明かりに照らされて彼女の姿が映し出された。
月明かりと共に彼女の顔が向いた瞬間、オークの大男は息を飲んだ。
彼女は奴隷を連想させるボロ切れで作られた服を着ており。その服で隠せきれない彼女の体は華奢で、簡単に壊れてしまいそうな程に弱々しくも美しさを感じた。
その体は、キャルト特有の体全身が毛で覆われており。その毛色は、少し赤みの入った暗い灰色の様な色をしていた。
だがその華奢な体を大きく見せる様に、太陽の光でさえ吸い込まれそうな黒髪が腰近くまで広がる様に伸びていた。
また、その頭には髪と同じ黒色をしたキャルト特有の猫の耳が生えており、周囲の音を聞くように時よりピクッと動いている。
見ていて飽きないその動く耳だが、よく見ると左耳だけ先端が2つに分かれる様に切り裂かれていた。
そして乱れた髪の間から覗くその瞳は、月明かりに照らされて、まるで宝石の様に金色に輝いていた。
オークの大男を見るその金色の瞳はあまりにも美しく、今にも吸い込まそうな程だった。
いや……吸い込まれたのだろう。オークの大男はその瞳を見た瞬間、彼の中で時が止まったのだ。息をすることを忘れる程に。
その瞳はただ美しいのではなく、とても強い生命力を秘めていた。「生きる」という、諦めない強い意思が灯っていた。
生きることを諦めていた彼にとってその瞳は、「生きたい」と感じさせるには充分過ぎる程に彼女のその瞳はとても強く美しかった。
「……何?」
「…え、あ」
月明かりに照らされていたのもあって。その神秘的で美しい彼女の姿に、しばらく見惚れていたオークの大男は、その彼女に声をかけられてようやく我に帰る。
「何か用……?」
「あ、いや……俺は貴女が酷くうなされていたから、心配になって起こしたのだが……大丈夫か?」
「……そう、ありがとう。でも大丈夫よ、気にしないで」
我に戻ったオークの大男は心配そうに彼女に話すが、そのキャルトの女性は素っ気なく答える。
すると今度は、彼女の方からオークに話しかけた。
「ねぇ、ここはどこかしら? 記憶が曖昧で分からないの」
「こことは?」
「今、私達がいるこの空間のことよ」
「あぁ。ここは……檻の中だ。俺達は捕まってこの檻の中に閉じ込められている」
「捕まってる? 誰に捕まってるの?」
「聖国軍だ。今まさに奴らにこの檻の馬車で輸送されているとこころだ」
「セイコク…グン……?」
「あぁ。今この大陸で最も力のある軍隊だ。大陸の北にある大国『聖国』の兵士達のことだが……どうした? 大丈夫か?」
オークの大男は、キャルトの女性が「聖国軍」の名を聞いてから、彼女の様子が変わった事に気が付く。
彼女は眉間にシワをよせながら、とてもイライラし始めた。いや、殺気立って来たと言うべきだろう。オークの大男は、彼女からふつふつと湧き出てくる殺意を感じ取っていた。
「……ごめんなさい。それの名を聞いたら、何だかとても腹が立ってきて――痛ッ!?」
彼女は突然、頭を押さえて頭部の激痛にもだえる。
「――ッ!? どうした!? 怪我をしているのか?」
オークは一瞬驚くも、すぐに彼女の頭部に怪我がないかを確認しようとする。
しかし、その前に彼女が手で遮り「大丈夫よ…」とオークを止める。
しばらくすると頭の痛みが和らいだのだろうか、彼女は手を頭から離し深呼吸をする。それから彼女は話しだす。
「あぁ……全部思い出したわ。あのクソったれ共の聖国軍め……ッ!! 絶対に殺してやるッッ!!」
「お、おい。大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫――よッ!!」
彼女は聖国軍に対し罵倒を放った後、突然自身の手首の拘束具を床に叩き付け始めたのだ。まるでその拘束具を壊すかのように。
「んな!? お、おい! やめるんだ!!」
オークは彼女の突然の行為をすぐに止めさせる。
言葉で言っても止めないと判断し、彼女の手と拘束具の底面を握って床に当たらないようにした。
彼女は眉間にシワを寄せて、オークを睨みつける。
「……何をしているの? 邪魔しないでくれるかしら?」
「『何をしている』は、こちらのセリフだ。いきなりどうしたんだ?」
「何って……これを壊すのよ」
キャルトの女性は、自身の拘束具に目線を向ける。
「これって……まさか拘束具のことか?」
「えぇ、そうよ」
「そ、それを壊して……どうするんだ?」
「は? どうするって……ここから逃げるのよ?」
オークの大男は彼女がこれから何をしようとしているのか知ると、彼女に「本気なのか?」と訴える様に目線を向ける。
そんなオークに、彼女はさも当たり前かの様な顔で「ふん」と鼻を鳴らした後、再び自身の拘束具を床に叩き付けようとするのでオークは慌ててそれを止める。
「ちょっと……その手を放してくれるかしら?」
「待つんだ。貴女は本気でここから脱出する気なのか? ここの状況は分かっているのか? おそらくこの檻の外には、この馬車を守る護衛の兵士達が大勢いるはずだ。この檻から出れたとしても、すぐに捕まる。最悪、例え商品である俺達でもその場で処刑されてしまうぞ?」
そう、オークの言う通り。実際にこの檻の馬車には、多くの聖国軍の護衛の兵士達がいた。
この檻から出られたとしても、奴らから逃げ切る事は難しいだろう。
そのオークの話を聞いた彼女はその言葉に疑問を感じ、オークを鋭い目つきで睨みつけながら問う。
「……貴方、ずいぶんと詳しいのね? さも、それを実際に見てきたかのように……」
「ぬ……それは……」
「貴方、何者なの?」
キャルトの女性は、全てを見透かすようにオークの大男を睨む。その目に、オークの大男は誤魔化せないと感じたのか素直に質問に答える。
「俺は……元、聖国軍兵士だったのだ」
「あ゛?」
オークの大男が元聖国軍の兵士だと伝えた途端、彼女から凄まじい殺気がオークに向けられる。
オークより体の小さく、力も弱いであろう女性だというのに、オークの大男はその尋常じゃない殺気に圧倒される。
「――ッ?! も、元だ! 元聖国軍だったのだ!」
「『元』だからなに? 聖国軍だった事に変わりわないでしょう? ……とは言っても、犯罪を犯しても罪に問われない聖国軍兵士が聖国軍に捕らえられるなんてね。貴方、何をしたの?」
凄まじい殺気を向けていた彼女だったが、オークの大男に何か事情があるのだろうと思った彼女は殺気を抑える。それを感じ取ったオークは、自身の事を話す。
「お、俺は……奴らの行為が許せなかったのだ。いや、許される行為ではない。強き者が力を振るって、本来守るべき人々から生命や財産を奪うなど……許しはできない。だから俺は、守るべき人々を奴らから守ろうとした……その結果ここにいる」
オークの大男は、どうやら同じ聖国軍の兵士でありながら奴らの悪事に対して己の正義を貫き、反抗した様だった。
「なるほどね。だったら貴方なら分かるでしょ? このままここでじっとしてても、あのクソ共に見世物として惨殺されるだけよ? なんせここにいる私達は『死刑囚』と言う名の商品なんだから」
彼女の言う『死刑囚』とは、本来は重罪人に罰として死刑判決を受けた者を示すものだったが。今この大陸では聖国軍の影響により徐々に、奴隷よりも命の価値が低く人権も無い商品として意味をなつつあった。
つまりこの檻の馬車に入れられている人々は、皆『死刑囚』という商品であった。それも9割が聖国軍や悪党共がおこなった人狩りなどによる、無実の罪なき人々であったりする。
キャルトの女性は、オークの手から自身の手と拘束具を無理やり離し、オークに強く語りかける。
「私はあのクソ共に殺されるんて絶対に嫌よ、こんな所では死ねないわ。逆に貴方はあいつらに殺されたいの? 黙って殺されて、貴方の言う守るべき人々がまたあの悪党共に殺されて良いの? あいつらに好き勝手に略奪されて良いの?」
「……いや、それは許せない……だが俺では……無力なのだ、俺は無力だったのだ……」
悪党共が人々を苦しめるのを思い出したのか、オークの大男は眉間にシワを寄せ、怒りと悔しさに苦悩する。
キャルトの女性は、そうやって思い悩み行動できないでいるオークに問いかける。
「それで死んでもいないのに諦めてるの? でも嫌なんでしょう? 本当は奴らから守りたいんじゃないの?」
「……あぁ、だが俺では守れなかった、俺では守れないのだ……」
「じゃあ、貴方は見捨てるのね?」
「え?」
「貴方が守ろうと思った様な人は沢山いるわ。今も何処かであのクソ共に好き勝手に傷つけられている人がいるし、大切なものを奪われた人だっているわ。私もその1人だし、この中にもいるかもね」
キャルトの女性が檻の中にいる人々に目を向ける。オークの大男もそれに釣られて辺りの人々に目を向ける。
キャルトの女性は再びオークの大男に目線を戻し、話し掛ける。
「貴方は、本当に見捨てるの?」
「……俺、は」
「貴方、なんで私を起こしてくれたの?」
「え? そ、それは……辛そう、だったから……」
「"辛そうだった"……だから起こそうと思ったの?」
「あ、あぁ……」
「"辛そうだったから起こそうと思った"……何故そう思ったの?」
「それは……」
「私を"助けたい"。そう思ったんじゃないの?」
「……あ」
「貴方、本当はまだ諦めてないでしょ? 自分がそれに気がついてないだけで。自分の力を分かっていても、その力で自分に出来る事をしようとしてるんじゃないの? 本当に諦めてたら私の事は起こしてないと思うけれど?」
「そ、それは……」
「もう一度聞くわ。貴方は見捨てるの? これから先もずっとあのクソ共は卑しい私利私欲の為に、貴方の守りたいと思う人達を傷つけて行くわよ?」
「お、俺は……ッ」
オークの大男はキャルトの女性の目を見ながら必死に考えた。
いや、答えは既に出ていた。開いた口のその奥に、その言葉がすぐそこまで出ていた。
だが、オークの大男は迷っていた。自身の力を、限界を、守る事の出来なかった光景を思い出し。悩み、迷っていた。
しかし、次の言葉にその迷いの枷が外れる。
「貴方はどうしたい?」
その声は静かな声だった。だが、どこか優しさを感じる声だった。答えを問い質す様な冷たく強いものではない、ただ寄り添って聞こうとしているかの様などこか温もりを感じるものだった。
オークの大男はその言葉に思わず、ポロリと言葉が零れたのだった。
「……守りたい…………え?」
自身の口から思わず出た言葉に動揺するオークの大男。
その言葉を聞いたキャルトの女性は、そんなオークを気にもせず今度は畳み掛ける様に強くも静かに言葉を発する。
「だったら今すぐ立て。立ち上がって行動しろ。貴方はまだ生きているの、貴方はまだ終わっていないの。貴方はまだ、動けるのよ? 生きている限り生きることを諦めてはダメよ。動かせる体があるなら、行動しなさい」
「――ッ!」
「……ふん、オークらしい良い顔になったわね。ごめんなさいね……見ず知らずの私が偉そうな口を叩いて。悪かったわ」
彼女の言葉に心動かされたオークの大男は、これから己がどうするのか決心したのか先程までの力無い顔付から、何かを決意した屈強な顔付きになった。
その顔付きを見て満足したキャルトの女性は、再び自身の拘束具を破壊しようと腕を振り上げ、床に向かって振り下ろす。
そして、すかさずそれを止めるオークの大男
オークが彼女の行為を止めた瞬間、キャルトの女性は猫の様に「シャーッ!!」っと激怒の威嚇をオークに向ける。
そして「う゛ぅぅ…」っと唸りながらオークを捉えるその目は大きく瞳孔が開き、今にも殺しに掛かって来そうだった。なんならもうすでに、彼女のその目はオークの首筋を捉えていた。
オークの脳裏には、噛み殺される死の未来が浮かび。背中にゾッと悪寒が走る。
「おい、お前……」
「ま、待て、誤解をするな。俺はただ貴女に怪我をして欲しくないだけだ」
「あぁ?」
「このまま貴女が無理にその拘束具を打ち付けると、貴女の手首を痛めてしまうと思ったのだ。見たところ貴女はそれほど丈夫な体をしていない。打撲だけでなく、下手をすれば骨にヒビが入りかねないのだ」
オークの大男が先程から彼女の行為を止めていたのは、どうやら彼女の体を気をかけていたからだった。
それを聞いたキャルトの女性は、伏せていた耳をピンと立てて、キョトンとした顔でオークを見ていたが、すぐに険しい顔に戻る。
「……ふん。だったらこれはどうやって壊すの? これがあるだけでここから逃げるのはもっと難しくなるわ」
「それなら俺に任せてくれ」
「え?」
オークの大男は「ふんっ」と声と共に、いとも簡単に自身の拘束具を真っ二つに割る。
自由の利くようになったその手で、今度は彼女の拘束具の中心部を両手で握り、少し力を加えたかと思った瞬間――「パキッ」っと木の割れる音と共に、その拘束具を真っ二つに割った。
そのまま彼は彼女の両手首にまだ付いているパーツを全て、先程と同じように手で壊し外していく。
そして最後には彼女の手からは拘束具が完全に無くなり、彼女の華奢な手首が露わになった。
「へぇ、やるわね」
「力仕事なら任せてくれ」
「ふふ……ありがとう。そうだ貴方、名前は?」
「む? 俺か? 俺はガルディア……『ガルディア・アムール』だ」
「そう、ガルディア……」
キャルトの女性はオークの大男『ガルディア』を今一度確認する。
彼の今着ている服は、薄汚れた白いシャツと動きやすい膝までの茶色のハーフパンツを着ており。その服から露出した肌は、オーク特有の暗い草色をしていた。
またその筋肉は、一目でかなりの訓練を積み重ねて来た者だと分かる程に、鍛え抜かれた屈強な体をしていた。
彼には髪は無く、スキンヘッドであり。醜いと感じさせるシワのある顔には、口を閉じていても下顎から伸び出ている太い牙をギラリと覗かせていた。
そして彼の目は細くやや垂れ目だが、その奥にある青い瞳にはこれまで何度も戦って来たのであろう戦士の力強い光が宿っていた。またその瞳はただ強さだけでなく、どこか優しさを感じさせるものがあった。
キャルトの女性は、その男『ガルディア』をじっと見た後、口元に笑みを浮かべると彼に言った。
「ねぇ、ガルディア」
「なんだ?」
「貴方、私と来なさい」
「む?」
「私、なんだか貴方が気に入ったわ。だから私と来なさい」
キャルトの女性は、直感的にこのオークの事が気に入っていた。己の力を理解しており、力を持っていながら他者に優しくしようとする、今のこの世界では珍しい奴だと思ったのだった。
お人好しとも言うが、彼女はそこが気に入った様で、これから行動を共にする仲間になれと誘った。
当の本人は「何故、自分のようなオークが?」と思いつつ、必要としてくれる彼女の申し出を断ろうとは全く思わなかった。むしろ彼は嬉しかったのだ。
この方の力になりたい、この方に付いて行きたい。そう、どこかで彼は思っていたからだ。
「……分かった。俺に出来る事なら何だってやってみせよう。俺は貴女の力になる」
「決まりね。ならまずは、ここから出る方法を考えるわよ」
「待ってくれ。その前に頼みがある」
「何かしら?」
ガルディアは早速行動に出ようとする彼女を止め、自分達以外の罪無き死刑囚達を見つつ、1つ提案をした。
「俺達以外のここにいる人達も、可能な限り逃がしたい」
「……へぇ、何故? 彼らは赤の他人なのよ? それにもしかすると本物の悪党の死刑囚がいるかもしれないわよ?」
キャルトの女性はガルディアの事をどこか試す様に見ながら、彼に問う。
だが、ガルディアは迷う事なく答える。
「確かにそうだ。だが、それでも俺はここの人達を見捨てて自分達だけが助かりたいとは思わない。まぁ、ついさっきまで諦めようとしていた俺が言うのもなんだがな……。それにだ……」
「それに?」
「ここには本当の死刑囚はいないと思う、俺の経験からだがな? 彼らには悪党特有の……なんと言うか、人を見下すような腐った目をしていない。もちろん貴女もだ。俺は貴女のその目と言葉に救われたのだ、間違いない」
ガルディアは、どこか自信満々にそう言い切った。
「ふふ、私の言葉にも私の目にもそんな力は無いわよ? ついさっきまで生きるのを諦めようとしてた奴がよく言うわ」
「ぬぅ……それは、そうだな」
「……良いわ。彼らも逃がせるように一緒に考えましょう」
キャルトの女性はどこか満足げな顔で、ガルディアをからかいながら承諾してくれた。
するともう一つ、ガルディアからの頼みがあった。
「あぁ、それともう一つ」
「はぁ……今度は何かしら?」
「俺はまだ、貴女の名を聞いていない。良かったら教えてもらえないだろうか?」
ガルディアは彼女の名を聞いてきたのだった。
こんな風に名を聞かれた事はずいぶんと久々だったキャルトの女性は、キョトンとしばらく固まってた後、笑みをこぼしながら答える。
「そうだったわね、まだ言ってなかったわね」
「あぁ、是非教えて欲しい」
「良いわ、教えてあげる。私の名は――アルマ……『アルマ・カローレ』よ。アルマで良いわ」
「アルマか……なら、アルマ。これからよろしく頼む」
「あら、握手? ふふ、こんな握手なんてもうずいぶんとしてなかったわ。えぇ、こちらこそ宜しく」
『アルマ』と名乗ったキャルトの女性は、彼から差し出された手に自身の手を差し出し握手を交わす。
ガルディアは、すぐに壊れてしまいそうなアルマの華奢な手を、慎重に優しく握る。だがその手は慎重にしようとするあまり、少し震えていた。
アルマはそんなガルディアを「手が震えてるわよ?」と、からかいながら強く握り返した。
そして、そんな二人をよそに彼女らの乗っている馬車の前方から、叫び声が聞こえてくる。
運転席と思われる場所から、壁越しでも聞こえる叫び声が聞こえたと思った瞬間――
――強力な魔力と共に、馬車が爆発した。