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カンペ妖精が私を悪役令嬢に仕立てようとしてきます!



彼女は綺麗な顔を盛大に歪めた。

カンペを持った謎の妖精。

愛らしい丸い顔、丸い体の二頭身。

ファンシーな感じでカンペを見せてきた。

内容は『そこでミニスへひとかまし!』と、書いてある。


「は?」


ひとかましってなんだ。

彼女は表情を引きつらせながら、妖精をわし掴む。


「なんなの! お前!」

『ぴゃ〜! や、やっぱり君しかいないんじゃなぁい?』

「な、なにが! というか、なんなのこれ!」


ここは紅桜国、紅桜魔法大学院。

魔力を持つ者はこの大学に入らねばならない。

黒髪は高い魔力を持つ証。

妖精を掴む彼女はルカナ・獅子堂。

魔法省長官を父に持つ、いわゆる名士のご令嬢だ。

そんな彼女に突然見え始めた謎の妖精。

妖精はこの国に数多く存在する。

魔法を使う際、必ず契約しなければならない。

ルカナには獅子堂家と長年契約関係にあるビュールアという妖精がいた。

呼び出さねばその場に現れない、高位妖精。

このカンペを持つ小さな妖精は見るからに下位の妖精だ。

本来なら妖精はすべからく感謝と尊敬を捧げられる存在。

ルカナとて名士の令嬢。

妖精にはそう接してきた。

しかしこいつは!

こいつの意図がわからない!

なぜ、平民の少女に誇り高い獅子堂家の令嬢が絡まねばならないのか。

それも「ひとかまし」ってなんだ「ひとかまし」って。

まるで二かまし、三かましに続くような言い方ではないか。


『ふっふっふっ』

「⁉︎」


なんか笑い出した。

しかもかわいい顔がえげつない感じに歪んだ。

カンペを持つ妖精はルカナの手を離れ、びしっと短い手を突き出す。


『ペンペカペーン! ルカナ・獅子堂! アナタは今度新作発売される乙女ゲーム『妖精の揺りかごの中で……』の悪役に選ばれたのです! アナタは主人公であるミニスちゃんを徹底的にいじめ抜き! プレイヤーに不快感を与え、最終的にザマァされる要員として活躍しなければなりません!』

「は、はあ⁉︎」

『ピポは運営からアナタを立派な悪役令嬢にする為に派遣された運営妖精! あ、ちなみにミニスちゃんには同じく運営妖精サポートとしてレプちゃんという可愛い乙女妖精が契約妖精として派遣されております」

「………………」

『というわけでレッツヒロインいびり! アナタの行動は全て記録され、ゲームに反映されていきます! テイクワン! 出会いイベント! ヒロインのミニス・佐藤ちゃんへの出会い頭のひとかまし! どうぞ!』


…………。

どうぞと言われましても。

で、ある。

ルカナは引いていた。

この残念妖精はなにを言っているのだろう。

ゲーム?

ヒロイン?

悪役令嬢?

この残念妖精はなにを言っているのだろう。

純粋な疑問なのでもう一度。

この残念妖精はなにを言っているのだろう。


「…………。私、もう行くわ。平民の女の子をいじめなければならないほど心に余裕がないわけではないの。興味もないしね」

『お待ちを! それではストーリーが進みませんよ!』

「知らないわよ。他を当たってちょうだい。名士の令嬢なら他にもいるじゃない。私でなくてもいいはずよ」


ちょっとなに言ってるかわかんないし。

と、手を振って踵を返す。

しかし、残念妖精はその背中にニヤリと笑う。


『おやおやぁ、それじゃあコレを聞いても同じことを言えますかねぇ?』

「…………」

『ちょっと! 無視しないでくださいよ! ピポだって仕事なんですよ! ええと、彼女はアナタの婚約者、ラインハード様と恋に落ちるんです!』

「⁉︎」


ぴた、と足が止まる。

今、なんて言った?

振り返るルカナに、ピポは可愛げのかけらもない笑みを浮かべた。

こいつの方が遥かに悪役である。


「ラ、ラインハードが、あの子と? そ、そんなのありえない。ラインハードは家を重視する男よ。家の為に私と婚約したの。家を捨ててまで平民の女の子に入れ込むわけがないわ」


そのえげつない笑みに顔を背ける。

ルカナの婚約者、ラインハード・鈴流木。

この国の将軍家の分家当たる名士の長男。

妖精たちと心を通わせる、現代に続く妖精魔法を確立させた将軍家。

その分家の長男といえば、将軍家に次ぐお家柄。

あのお家を維持すべく、あの男は大妖精ビュールアと契約している獅子堂の長女であるルカナと婚約したのだ。

責任感が強く真面目で、家の為に尽くす男。

自分の感情を押し殺してでも、お家の為に道具として生きる覚悟がある。

そう、言ったあの男にルカナはシンパシーを感じていた。

同じだと思ったのだ。

ルカナも大きな家の長女として生まれ、弟が生まれてからは良い家に嫁ぎ、獅子堂家の地位をより確固たるものとするべし。

そう言われて育ってきた。

彼も同じなのだと思ったら、彼と結婚するのも悪くない。

いや、同じ志を持つ彼と結婚したいと……そう、思うようになった。

そんな彼が、家を捨ててあの平民の少女と……?

ありえない。


『ふふふ、それが乙女ゲームなんですよ』

「お、乙女ゲーム?」

『ええ、地位ある麗しい男性との激しい恋! 恋に狂い! ヒロインの為になにもかもを投げ出す男。いや、ヒロインは玉の輿に乗り、全ての女性が羨ましい男性と幸せに暮らす贅沢な未来を約束される! プレイヤーが望むのは現実ではありえない夢と希望とザマァの逆転劇! 彼はその乙女ゲームの攻略対象! そしてアナタは主人公に自分の男を盗られまいと奮闘する哀れなライバル!』

「っ!」


男を、盗られる。

ラインハードを、あの平民の女の子に。

ぎり、と歯をくいしばる。

彼はルカナに微笑んでくれる。

彼だってルカナのことを憎からず思ってくれているはずなのだ。

そんな彼が、ルカナを裏切って彼女を選ぶ?

そんなはずはない。


『それが乙女ゲーム。それが彼とヒロインの運命……』


にたり。

より深まる悪どい笑み。

不安が心を支配していく。

ラインハードが、自分から離れていく未来。

……運命。


「そ、そんなの嘘よ!」

『ええ、嘘にしましょう? だからまず、出会いが重要なんですよ。ほら、あそこにいるミニスちゃん。彼女がヒロインなんです。ピポの言う通りにすれば彼女だってラインハード様に近付こうとは思わないハズ……』

「それはそれ、これはこれよ!」

『な、なに⁉︎』

「当たり前でしょう⁉︎ あなた最初に言ったじゃない! 『乙女ゲーム『妖精の揺りかごの中で……』の悪役に選ばれたのです! アナタは主人公であるミニスちゃんを徹底的にいじめ抜き! プレイヤーに不快感を与え、最終的にザマァされる要員として活躍しなければなりません!』って! ザマァはよく分からないけれど、つまり負けるって事でしょう⁉︎ 嫌よ!」

『し、しまった! いや、でもピポは運営妖精なので嘘とか騙すとか詐欺とかできないんですよ! だって妖精だし! 運営サイドだし! 全て包み隠さず正直に言った上で、納得して協力してもらえないと黒幕が運営とピポって事になっちゃうじゃないですか!』

「だからって協力するはずがないでしょう⁉︎ バカなの⁉︎」


そんな運命に合意する令嬢がいるはずもない!

付き合っていられないわ!

と、やはり無視を決め込む事にーーー。


『い、いいんですか⁉︎ アナタが邪魔しなければ、スッムーーーズに婚約者をヒロインに奪われちゃいますよ⁉︎』

「そ、そんなの分からないわよ。ラインハードは移り気な男ではないもの!」

『なに言ってるんですか、ここは乙女ゲームの世界だって言ったじゃないですか! いや、むしろ役柄を演じる事のできるアナタはラッキーなんですよ? 他の人なんて名前も出ないモブなんです! このままじゃアナタはモブになっちゃうんですよ⁉︎ 婚約者を奪われ、顔も名前も出ないセリフもないモブに!』

「…………」

『そりゃ確かにアナタが悪役令嬢として活躍すればシナリオ的にアナタは事故死とか自殺とか国外追放になりますけど〜』

「それを聞いて『ハイ、やります』って言う奴がどこにいるのよ⁉︎」


やはり無視だ!

この妖精に関わると絶対にろくな事にならない!

……ラインハードが奪われる。

その一点の不安は心を激しく揺さぶってくるけれど。

婚約者なら彼を信じる。

そうだ、それこそが私がすべき事だ、と首を振った。


『あーん、ダメですよ〜! ほら、出会い編! テイクワン!』

「やらないって言ってるでしょ! それに泥団子なんてーーー」


カンペを手前に持ち、回り込んでからピポ。

そのカンペ内容は『泥団子をミニスにぶつける』になっている。

そもそも十六にもなった名士の令嬢が泥団子を作るはずもない。

そこを指摘すると、ピポが皿に載った泥団子を用意してきた。

引き攣る口許。


『ご安心を! ピポ、土の妖精なので泥団子は得意技なのですよぅ! 今後も必要になったら新鮮な泥団子を提供しまっすよーぅ!』

「いらない! というか、私は悪役令嬢なんて、やりませーーーん!」












これは、私が運命(というかこのカンペ泥団子妖精)から逃げ続ける物語。

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