閑話 ある侯爵子息の嘆き
俺はそこそこ有名な侯爵家の跡取り息子だ。
以前はその事を鼻に掛けて威張り散らしていたがアイリーン様と出会って改心した。
そのときの事を話すと長くなるが……
ってそんな場合じゃあなかった。
新学期が始まり俺が教室に入ると、なんと許しがたいことにアイリーン様の隣の席に小生意気そうなガキが座っているではないか!
俺はあいつを知っている。いや、上位貴族で知らんやつはいないだろう。
ミュラー公爵の一人息子だ。
何度か夜会で会ったことがあるが、平然とした顔で大人をやり込めるとんでもないガキだった。
あいつ!今度はアイリーン様にまできっつい事を言うんじゃないだろうな!
そう考えてあいつを見ていると非常に気味の悪いことに気がついた。
あいつがにこやかに微笑んでいるぞ。
その光景に俺は寒気すらした。まずい、アイリーン様はあいつと多分初対面だ。素直なあの方なら騙されてしまいそうだ!
このままアイリーン様が騙されているとなれば、恐らく俺は特別顧問のリド様からお叱りを受ける。いや、間違いなく受ける。
俺が二人の間に割り込もうとしたその時、奴の口から信じられない言葉だ飛び出した。
「俺は今日から隣の席でお世話になりますレイモンド・ミュラーと申します。誰も親しい方がいないのでどうか俺と仲良くして下さい。」
奴を知るクラスの半数位の人が耳を疑ったに違いない。
いや、おまえ、そんなカワイイキャラじゃないだろう!と。
「此方こそ宜しくお願い致します。なにか、不便なことがありましたら遠慮なく仰って下さい!」
アイリーン様、きっとか弱い少年がクラスに一人孤立してて可哀想、とか思ってるんでしょうけど、そいつ、そんな奴じゃありませんから‼
こんなことリド様に報告したら笑顔で怒られる。
同じく運命を共にするダンも真っ青になっている。
そうこうするうちに、アイリーン様が学級長を呼ぼうとした。
恐らく自分より男子の方が適任だと思ったんだろう。
だがいい流れだ。このまま流れに乗って学級長に全てを押し付けてくれ!
そんな俺たち男子の希望を汲み取った学級長がおずおずとそちらに向かおうとすると凄まじい殺気を感じた。
見なくても分かる。ミュラーの奴に決まっている。あいつ、もしかして編入早々アイリーン様を独り占めするつもりなんじゃ……。
まさか編入自体アイリーン様と同じクラスで勉強するためじゃないか………いやいやそれは流石にないだろう。
ちょっと冷や汗が出る。
と、とにかく、そんなことが仮にあったとしてもアイリーン様の守護神二人が許さないに違いない!
俺にはアイリーン様の平穏を祈ることしか出来ないのであった………
アイリーンの守護神二人とは、ヘンリーとリドのことです。
エドガーはアイリーンに似て天然なので二人の性格にあまり気付いていません。