女騎士と奴隷
「はあ? 何故私が」
「適任者だと思うわよ」
私の目の前に私よりやや背の低い薄汚れた奴隷が足に鎖をかけられうつろな瞳で立っている。
「彼をツバキが預かるのが人道的だわ」
親友のローズが可愛く口をとがらせて私に目配せしてくる。
ローズの声に反応してか、奴隷が私を見つめる。
いやいや、無いでしょう。
いくら私がこの領地の領主の娘で守護騎士を務めているとはいえ、この奴隷を保護しなければならない理由は無い。
私達の周りでは酒が抜けた騎士達がキビキビと野盗の盗品を荷馬車に運び積んでいく。
今夜はローズの16誕の成人祝いに、ローズと私と騎士の同僚達と5人で領地の食堂で飲んでいた。
イケメンと酒が飲みたいと言う幼馴染の願望を叶えてやろうと、騎士団の中から見目が良くて紳士的な振る舞いが出来る男を3人選んで、騎士達にはタダで酒を飲ませてやると誘った。
私からのローズへの祝いは成功だったと思う。
私たちは私服で5人乗りの馬車に乗り、酒のせいで少々浮かれた声を出していたら野盗が襲ってきた。
ローズは貴族の娘でセンスが良くてなかなか洒落たドレスを着た美少女なので、余計に盗賊の目を引いたのだと思う。金持ちの娘1人に若者が4人、酒に酔って馬車に乗る私達は野盗からは鴨に見えたのだろう。
野盗は私たちが騎士とは分からずに余裕で金品を奪えると、私達の真正面から襲って来た。
楽勝だった。
いくら酒に酔っていたとはいえ、私服でも腰に剣を付けていた騎士にかかれば9人ほどの野盗など瞬殺で捕えれた。
私たちはほぼ無傷で野盗にも大怪我をした者はいない。
ローズが愛らしい頬を赤く染めて
「ツバキって本当に強いのね。剣を振るう様が恰好良かったわ」
と微笑む。
ローズの笑顔に同僚の騎士たちの顔がゆるんだ。
ローズは鮮やかな金髪に新緑の瞳、透き通る白い肌をしたこのカメリア領一の美少女と言われている。
ローズの美貌と家督から彼女はゆくゆくは領主の息子、つまり私の兄の婚約者になるのではないかと噂されていた。
「わたしもツバキと野盗の家に行く!」
「危ないからここで待ってろ」
同僚の詰問で野盗の住みかが道の横の建物と分かった。捕縛した野盗たちに見張りの騎士1人を付けて、騎士2人と私とで野盗の隠れ家へ踏み込もうと思ったのだが、ローズが私に付いてくると言い出した。
「ツバキと一緒なら大丈夫よ」
見張りの騎士が私と行くのは危ないとローズを説得しだしたが、この同僚の目は明らかにローズに好意があると分かった。
……ローズと離れるよりも私の目の届く範囲に居させた方が安全か……
「……私より前には絶対に出るなよ」
ローズは輝く笑顔を見せて私の後ろに付いてきた。
そして盗賊の根城へ来て見れば、奴らが襲って奪った金や宝と一緒にこの奴隷が1人で床に座っていたのだ。
「ツバキだって分かっているでしょう。
主がいない奴隷は無一文で何も保証はなく世間に放り出されるだけでしょ。
この世界で身元の保証がないのって死ねって言われているのと一緒よ」
そんなの当たり前じゃないか。
主のいない奴隷の世話など一体誰が何の得があってするのだ?
奴隷の新しい主人になりたいならそれも良いかもしれないけれど、奴隷だって人間だ。
奴隷を持つためには国に申請したり面倒な手続きがある。もしも申告しないで奴隷を使っていたと役人にバレればかなり高額な罰金を国に取られる。
この奴隷を使っていた野盗はならず者だから、法に背いても罪が一つ増えたところで変わらないのだろう。
ローズが私が奴隷の主に適任だっていうのは、領主の娘で騎士の職を持つ私は国への申請が通りやすいからだうが、私は面倒な手続きをしてまで奴隷が欲しいなんて思った事は無い。
ローズは幼い頃から先鋭的な考え方を持っている。
そこが彼女の良い所だとは思うけれど、たまに人道的とかよく分からない価値観を口に出すから困ってしまう。
ローズは豊かな金髪を揺らして新緑の瞳を滲ませて私を見つめる。
「この少年、見たところ若いし死んだら可哀想じゃない」
う~ん。
死んだら可哀想……まあね。
目の前に立つ奴隷は直毛の汚れた黒髪が肩にかかり、かなり痩せこけた少年で顔立ちは幼く見える。
確かに若いしこの年で放り出すのは可哀想かと思えるが。
「私の奴隷にして、彼に何をやらせるんだ」
大変な思いをしてこの少年を私の奴隷にしたところで一体何が出来る。
せめて女の奴隷なら自分の使用人として傍に置けるのだけれど。
すると、今まで生気なく立っていただけの少年が目を輝かせて私を見つめ口を開いた。
「自分は何でも出来ます。
食事のお世話から身支度、掃除や片付け手紙の配達まで、ツバキ様が言われることは何でもやって見せますから、どうか見捨てないで下さい」
奴隷はしっかりとした声色で私の名を呼び言った。
見捨てないでとすがる少年の表情に思わず胸がギュッと絞められた私は、弱き者を助ける騎士道精神が反応したんだと思う。
私は諦めて大きく息を吐いて奴隷に言った。
「分かった。お前の面倒を見るよ」
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