ワルキューレとフェンリル
カーテンから光が入る。
朝か。
しばらくすると向かいの部屋から誰か出ていく音がした。
部屋のドアの隙間を開けてみると摩訶が出ていく姿があった。
追おうと思い、立ち上がったシュバルツ。
しかし、久々の親との再会だ。
積もる話しもあるだろう。
と思い、止めた。
「親かぁー」
と呟く。
長い事生きていると感情も乏しくなってくる。
あるのは欲だけ。
それも、吸血鬼になると血に対しての欲しかない。
だが、摩訶に出会って変わった。
こんなにも他人が好きになる時が来るなんてな。
「お前、親に会いに行かないのか?」
「アレク、起きてたのかよ」
「俺らは寝ない」
と言い、体を起こすアレク。
「俺はもう、あの場所には行かない。
あそこを出た時……
吸血鬼になった時に決めた」
「そうか」
アレクは服を整える。
「なぁ、アレク」
「何だ?」
「お前、確か“フェンリル”って名前にあるよな?」
「……それがどうかしたか?」
一瞬、間があった。
「ほら、摩訶の使い魔も“フェンリル”だろ?
同じじゃないのか?
それともお前も北欧神話の関係者なのか?」
「俺も詳しくは知らない。
だが、その血縁者だと言われている。
俺の一族は。
俺はお前と違ってただの人間だ。
巨人でもない」
血縁者。
それも人間。
「今はもう滅んでいるだろうな。
俺が吸血鬼になる何百年も前の話しだからな」
「じゃあ、何で吸血鬼になったんだ?」
アレクは呆れる。
質問ばかりしてくるシュバルツに。
「何で、そんなに俺について聞いてくるんだよ?
お前、前はそんなに聞いて来なかっただろ??」
「摩訶に出会って思った。
もっと他人を知ろうと」
そうだ。
「お互いを分かり合える事が大事なんだと。
……仲間、だからな」
少し照れくさそうに言うシュバルツ。
「今まではそんな事を思った事は、一度も無かったんだけどな」
吸血鬼はどちらかというと群れる事を嫌う。
だから、簡単に人間を吸血鬼にしようとしない。
増えるからだ。
今も吸血鬼は他の幻想種に比べて一番少ない。
人間がいなくなり、血も必要ではなくなった。
それも大きいだろう。
「……なら、教えてやる」
シュバルツの話しを聞いて、納得したアレク。
自分にもシュバルツと同じ様に感じる時がある。
酷くシュバルツや摩訶、ルナの事が気になる様になった。
離れた場所にいても三人の行方を心配する程に。
「行き倒れだ」
「はっ??」
頭にはてなマークを浮かべるシュバルツ。
「……行き倒れになって倒れてた所をカイル様に拾われたんだ」
「なるほど。
何で?」
仕方なく話し始めるアレク。
「追われていたんだ。
盗賊にな」
アレクは昔の話しを始めた。
一族は“フェンリル”の末裔、というのだけで追われていた。
その血筋を求めて。
自分達の血筋が途切れない様に一族は、バラバラになり暮らす事になった。
アレクはもう成人。
一人、暮らす場所を探していた。
だが、盗賊に見つかり逃げ行き倒れになっていた所をカイルに救われたという。
「一族が生きていない、と言ったがあれは嘘だ」
「はっ!?
お前……!!」
「いいから聞け」
シュバルツをなだめて、また話す。
「生きているのか分からない。
確認しようとも思った事が無かったからだ」
「気にならないのか?」
「お前も知ってると思うが、この体になってからは忘れていた。
今、ふと思い出した。
それだけだ」
そうただそれだけだ。
「分かった。
……ありがとな」
と照れくさそうに言うシュバルツ。
きっと摩訶も。
……いずれ、自分の家族を人間だった事を忘れる日が来る。
摩訶の事だ。
忘れないかもしれない。
二人のやり取りを密かに聞いていたルナであった。




