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最弱魔法の歌姫  作者: クロ
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 わぁ!ただいま!


 半年ぶりの夢の世界にわたしは気づけばそう言っていた。

 ここは故郷ではない。むしろ見知らぬ地だというのにここに来ると何故か懐かしい感じがして自然と「ただいま」と言葉が出てしまったのだ。


 長い間訪れなくても夢の世界は変わらないようで、周りを見渡してみるが変化はない。いつも通りだ。


 むぅ……。


 今まで通りで良かったと思う反面、わたしがいなくても変わらないということに、わたしはムッと頬を膨らませると、刹那、歌が聞こえてきた。


 そういえば新しい歌になったんだっけ……。


 わたしは思い出す。そして、もうすっかり前の歌を暗記してしまったものだからと歌詞ノートを家に置いてきてしまったことを心の底から悔やんだ。


 うう……おやつばかりに気をとられてたよ……。


 いくら悔やんでも、過ぎていってしまった時間は戻すことができない。また、わたしがこうして夢の世界にいる時間もおそらくパパがわたしを運んでくれてるのだろうから物理的に家に戻ることも無理。

 ママが用意してくれたバッグに入れてくれたことを期待するしか方法はないのだ。

 神頼み他ならぬママ頼みだ。


 入ってなかった時は、後で考えよう。


 悪い場合を想定しておくとそれが『フラグ』となって悪い場合が必ず起きるからやめた方がいい。昔そうお兄ちゃんに教えてもらったことを思いだし、思考をストップさせた。


 ところでフラグってなんだろう?


 代わりに新たな疑問が浮かんだが、気にしないことにしてわたしは歌を良く聞くため耳を澄ませた。

 

          ◇


 目覚めは最悪だった。



「おい!そろそろ起きろヒメ!」



 耳元で叫ばれたと思ったらグワングワンと頭を揺らされたのだ。こんな起こされ方でイラつかない方が難しい。


 ……うるさい。ホントにうるさい!

 


「ちょっとパパうざい……あれ?レッカ?」



 不意に夢の世界から現実へ連れ戻されたヒメネスは怒りを灯った目で、担ぎ手を睨み付けたがそこにいたのはヴェリアスではなくヴィレッカだった。

 その事に一瞬虚をつかれるヒメネスだったが、重要なことは担ぎ手が変わっていることではなく睡眠妨害をされたことなのだと気づくばすぐに怒声を浴びせた。



「もぅ!強引に起こさないでよ!久々の夢だったのに!歌が全く聞けなかったじゃん!しかもまだ夜だし!」

「あー、分かった悪かった。だからその辺にしとけ。……ここ、人前だぞ」

「へ?」



 弁解もせずただそう言うヴィレッカに釣られて周りを見てみると、確かに人通りがすごい。しかも行き交う人は皆足を止めて、好奇心からかニヤニヤと視線を送ってきていた。



「え、……あれ?えええええ!?」



 さっきまでは何ともなかったのだが、『視線を集めている』ことに気づいた途端、思考がボンっと爆発した。



「ここどこ!?パパはどこ!?」

「『フローリック』だよ」



 そっか。ここは『フローリック』なのか。だけど、『フローリック』って明日着く予定じゃなかったっけ?……今は見たところ夜だし。あれ?


 言葉と知識が繋がらずキョトンとしていると、ヴィレッカはクククと笑って答えてくれた。



「道中、父さんの知り合いと会ってね。馬車で送ってもらったんだ。で、父さんは今その知り合いと会合中さ」

「馬車ぁ?」



 馬車は地位が高い人が使う交通手段だと前に聞いたことがある。


 え、パパ一体何者?そんな地位の高い人と知り合いなんて。会合するほどの仲らしいし……ま、まさか……不倫!?



「れ、れれ、レッカ!パパがママを捨てるの!?不倫!?」



 周囲の視線が優しいものから面白いものを見る目に変わるが、こんな一大事な時にそんなのにに構ってる暇はない。


 だが、ヴィレッカは視線の方が気になるようでギョッとして、



「いやまて!その知り合いは男だ!」

「ええ!?パパの不倫相手は男の人!?パパ、男色家だったの!?」



 まさかお父さんが……どっちもイケる派だったなんて。


 愕然と顔を青ざめるヒメネスにヴィレッカは右手をおもむろに伸ばして、


「何でお前はそんな言葉ばかり知ってるんだ!?もういい!少し静かにしてろ!」

「むぐぐぐ……!?」



 両頬を握りつかんできた。



「ひはい、ひはい!?おひいひゃん、ひゃめて!」

「うるさい!黙ってろ!」

「ひひょい!ひゅひひゅひひゅふのひゃめて!ひゃひゃっひゃひゃら!ひゃなひて!」

「何言ってるかさっぱりわからん!」

「ひゃふひん!」



 言葉で言っても通じないようなので、ジタバタと手足を振り回し抵抗するがヴィレッカはそれを巧みになしてしまい離してくれない。

 このままでは頬がノビノビになってしまう。


 と、その時不意に背後から声をかけられた。



「何やってんだお前ら?」



 ヴェリアスだ。



「父さん、会合は終わったのですか」

「まぁな。……でお前らはこんな公衆の場で何やってんだ?」

「ひゃひゃ!ひゃふへへ!ふひんのひょひょはひゃまっててひゃげるひゃら!」

「……何言ってるか分からんからとりあえず頬を離してやれ」



 ぶはぁ!解放されたヒメネスはゼイゼイと息を調えると、しゃがんでいたヴェリアスの肩を掴んで大きな声でお礼を告げた。



「パパありがとう!お礼にパパが実は男の人と不倫してることは絶対に誰にも言わないよ!」

「レッカ、さっきのを続けておけ」

「了解です父さん」

「ひゃんで!?」


          ◇


 『フローリック』には国道の他にメインストリートと呼ばれる大通りが東と西に二本存在する。そのため東メインストリート、西メインストリートとわけて呼ばれるらしい。また、そのどちらも街の中央から東ギルド、西ギルドと呼ばれる場所まで伸びていると聞いた。


 なんで同じ街に二つもギルドがあるのか。聞いてみた結果、東ギルドは国が運営する国営ギルドで西ギルドは個人が運営する独立ギルドだと言うことがわかった。

 二つのギルドの違いは国営ギルドは国に報酬金の一割を納めなければならないのに対し、独立ギルドは報酬金を納めなくてもいい。これだけ聞くと独立ギルドの方がメリットがあるように聞こえる。だが、大きな欠点があった。

 独立ギルドは冒険者なら自由に仕事を受けられる国営ギルドとは違ってギルドの専属の冒険者にならないと仕事を受けられない。また、一ヶ月以上仕事を受けないことは罰金になるという。そんな決まりがあった。


 そのため本気で金に困っている冒険者しか独立ギルドには行かない、と父さんは苦笑いしていた。


 従って金に困ってないヴィレッカ達は必然的に国営ギルドに行くことになり、一同は東通りを歩いていた。

 時刻は夜の9時を回るというのに、わいわいと、声々が大通りには溢れていた。

 数えきれない出店が通りの隅に並び、香ばしい匂いを盛んに振り撒いている。そのどれもが嗅いだことのない匂いだ。



「むぐぐ!むぐ!―――ひゃひん!」



 匂いを感じたのだろう。ヒメネスが暴れるが、更に力を入れて頬を引っ張ると、すぐに大人しくなった。



「……容赦ないな、レッカ」

「ヒメは放っておくとなにやらかすか分からないですからね。しっかり手綱を握っておかないと」

「お前はホントに優秀だな。……なんでヒメはこうなったんだ」



 ヴェリアスは複雑そうな顔をして呟く。


 さすがにそれはヒメが可哀想だろ。せめてヒメがいないところで話してあげろよ。

 

 チラリ。横目でヒメネスを見るが、どうやらヒメネスは話を聞いていなかったようで鼻唄をしていた。ヴェリアスが苦情を言いたくなる気持ちがよく分かった。



「そうだ、レッカ、さっきお前らの武器を適当に買ってきておいたぞ」

「え、武器ですか?それなら俺持ってますけど……あっ、そうか!」



 言って自分が今持っている剣は、刃が潰してあったことを思い出した。確かにこれでは何も切れやしない。



「お前でも忘れることはあるんだな。ほらよ」



 ヴェリアスは歩きながら担いでいたバッグを少し開いて鞘に入った剣を渡してくれた。片手では持てる重量ではないので、ヒメネスの頬から手を離して受けとる。

 剣はかなり優秀な物のようで、夜だというのに鞘を抜くと綺麗な銀光を輝かせていた。 



「これ、高かったんじゃないですか?」

「値段なんて野暮なことを聞くな。お前は子供なんだからそんなのは気にせずに素直に「ありがとう」と言えばいいんだよ」

「ありがとうございます」



 素直に礼を言うと、ヴェリアスは満足そうに笑って、ヒメネスに声をかけた。



「ヒメ、お前にはこれだ」

「わぁ!」



 ヒメネスに渡したのは、ヴィレッカのより一回り小さな小剣だ。

 見た目通り、質量もあまりないようで膨れっ面だったヒメネスは表情をすっかり変えて、軽い軽いと無邪気に喜んでいた。



「ヒメにはギルドに行った後で菓子物を買ってやろうな」

「わぁい!」



 やはり父親にとって娘は可愛いのだろう。

 甘やかしすぎでは?と思ったのだが、ヒメの無邪気な笑顔が可愛かったので余計なことは言わないことにした。


 ……もしかして俺も甘やかしすぎなのだろうか。


 思考の迷路にはまるより先にヴェリアスの声が響いた。



「ほら、見えたぞ。あそこがギルドだ!」



 そう言われ、顔を上げた先には、国営ギルドの建物があった。

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