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最弱魔法の歌姫  作者: クロ
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 その日の夜、いつもの就寝時間を越してもヒメネスは碧色の瞳を開いていた。


 眠くないわけではない。むしろ眠い。既に睡魔が襲ってきて意識は朦朧としている。

 それに、明日からは一日の大半を剣の練習に費やすことになるので、満足に睡眠をとれるのは今日が最後だと理解をしていた。


 しかし、ヒメネスは決して瞳を閉じようとはしなかった。



 ……怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!



 夢の中でしか聞けなかった、覚えられなかった歌を現実に歌ってしまった今、夢がどうなってしまったのか……考える度押し寄せる不安に、ヒメネスの頭の中は埋め尽くされていた。

 要するに変貌してるかもしれない夢の中に行くのが怖かったのだ。


 怖いから眠れない。その現象は子供に限らず、大人にも起こりうる現象だ。

 しかし、子供と大人。年齢が大きく違う双方では勿論異なる点はある。

 それは睡魔に対する耐性の差だ。


 大人ならそのまま一夜眠れなくなることもあるだろう。だが、ヒメネスは5歳の子供。

 どれだけ睡魔に抵抗しようとしても、徐々に意識が離れていくのは必然であり避けられない。


 結局、日付が変更する頃にはヒメネスは意識を手離してしまっていた。


          ◇


 やっぱり眠っちゃったんだ。



 見覚えのある景色にわたしは確信した。



 幾度か見たことがある風景……ここは夢の中なのだと。



 だけど……おかしいな。



 わたしは疑問を抱いた。



 目が覚めるとこの景色のことをすぐ忘れちゃうのに、眠るとなぜ見覚えがある景色だと判別するのだろうか。



 なんてことを考えてるとすぐにいつも通りどこからか歌が流れ始めた。



 寝る前に色々と考えていた所為せいか、歌が聞こえた瞬間、わたしの心は罪悪感に満たされていった。



 しかし、歌を耳にした瞬間、罪悪感は音なく消えていった。



 今までの歌とは違う歌だった。



 まるで、わたしが前の歌を覚えた時を計らっていたかのような……絶妙なタイミングでの歌変更に少なからず驚いた。



 その歌は、前の歌―――つまり『安らぎを与えてくれる歌』とは違い、『応援をしてくれてる歌』で、聞くと何故か力を与えてくれるような……そんな錯覚が生じた。



 夢をみるためには充分な睡眠が必要だ。



 明日からは剣の練習が始まる。



 おそらく充分な睡眠をとることはできないだろう。

 それは夢を見ることができないことを意味する。



 新しい歌を今すぐ書き留めたい。



 そんな感情が無いわけではないが、最低でも魔物と戦うまでの半年は夢を見ることができなくなる。



 なら今すぐ書き留め中途半端に終わるよりも、全てが終わってから書き留め始めた方が心残りが残らなくて断然いい。



 苦渋の決断をしたわたしは、歌詞を覚えようとすることを止め、素直に歌に聞き入った。


          ◇


 翌日から、ヴェリアス指導の元、ヴィレッカとヒメネスの本格的な剣の稽古が開始された。

 前日までやっていたような打ち合いはなく、一時間交代で素振り、型、足運び、体重移動を順に繰り返し行った。


 一日二十時間、つまり一日で五回ローテーションが回ってくる。その間に溜まる疲労は三時間おきのヒメネスの歌で全て消されるものだから根を上げることすら許されない。


 その徹底ぶりはもはや稽古と呼べるものではなかった。

 人はこれを鍛練と呼ぶ。


 こんな鍛練をほぼ休むことなく毎日繰り返していれば、自然に腕はスクスクと上達していく。

 一ヶ月経つ頃には、ヴィレッカとヒメネスは剣士を語ってもバレないほどの剣の腕を身に付けていた。


          □


 ある日、いつも通りその鍛練の様子を眺めていたヴェリアスが唐突に言った。



「よし、中々に上達したな。ならそろそろ木剣は卒業だ。次は真剣を使う」 

「真剣……ですか。危なくないですか?」

「安心しろ。刃は潰してあるから切れ味はない。重さは本物と変わらない模造剣みたいな物だ」



 え、重さは変わらないの………。

 ヒメネスの顔が曇る。



「ええ……。重くなるのはやだ……。今もキツいのに更にキツくなるの……?」

「だからといって木剣だと軽すぎて練習にならないだろ。それとも何だ?ヒメは魔物と戦う時も木剣を使うのか?」

「う……。……わかった。やるよ」

「もちろん俺もやります」

  


 ド正論を言われれば退かれざるを得ない。嫌々了承するとヴィレッカが続いた。ヴィレッカは嫌々ではない。嬉しそうだ。

 こうして真剣を用いての剣の鍛練が始まった。



「うわ……おもッ!」

「これは……中々めんどくさいな……」



 木剣なら型をこなすことなど目を瞑っても出来ていたが、真剣だと出来なくなっていた。それはヴィレッカも同じようで苦言を漏らす。


 振り下ろすときはいい。だが、木剣とは比べ物にならないぐらいの重量ゆえにどうしても振り上げるときにラグが発生してしまうのだ。

 

 型は全ての行程を正確にこなして初めて型となる。それがコンマ数秒のズレだとしても、正確でなければ型としては失敗。

 ではそのズレを直すためにはどうすればいいか。重さに慣れればいい。

 結論はとっくに出ていた。


(結論は出ているんだけど……無理なんだよね)


 慣れるためには何度か剣を振らなければならない。だが、二人は今日初めて真剣に触れたのだ。こればっかりはどうにもならないことだった。

 なので二人が真剣を用いて型と呼べる動きをするまで一週間近くかかった。

 

          □


 真剣を使い始めて二ヶ月。鍛練が始まってから三ヶ月。丁度約束の半年まであと半分となったその日。

 


「うん。いい剣筋だ。どうだ二人とも、今日から実戦に入ってみるか?」

「実戦?」

「ああ。簡単に言えば打ち合いだな」

「しかし父さん。メニュー追加となると俺達の休憩時間が無くなってしまいます」

「なら足運びと体重移動の時間を無くせばいい。流石に素振りと型は無くせんがその二つなら無くしてもいい。レッカもヒメも既にオレと同じくらい上達してるしな」



 その言葉にヒメネスは目を輝かせる。


 一つ行程が増えるが、二つ行程が減るってことは……楽になる!

 


「パパ!いい考え!これで楽でき………じゃなかった、わたしもお兄ちゃんがどのくらい強くなったか興味あるし、と、とにかくやってみよう!」 

「ほう。俺に上から目線とは……じゃあお望み通り返り討ちにしてやるよヒメ」



 おうふ……うまく回避したと思ったのに失敗してしまったみたいだ。違うところに火が付いてしまった。



「ひぃっ!?……てっ、手加減お願いします」

「却下だ」

「お、お兄ちゃんの意地悪!」    


「ちょっと待ってくれレッカ、ヒメ!」



 バチバチと一方的に目から火花を飛ばしてくるヴィレッカに慌ててヴェリアスが仲裁に入る。



「どうしたんです父さん?」

「いや、お前らがお互いに打ち合うのもいいんだが……そうじゃなくてオレと打ち合いをやってみないか?」



(何言ってるのパパ?そんなの勝てるわけないじゃん)



「わたしは勝てない試合はしたくないからやらなくて良い?」

「ってヒメも言ってるし、父さんとはまだ早いんじゃないですか?」 



 ヴィレッカがやんわりと断ると、ヴェリアスはプルプルと震えだし。 



「お前らだけずるいぞ!オレも打ち合いをしたい!」

 


 子供のように駄々コネ出した。

 流石にドン引きである。



「パパ…………ダサい」

「ヒメ!そんなこと言っちゃダメだ!」  

「ダサくても構わん!オレも混ぜろ!」

「えぇ……パパ鍛練してないのにこういう時だけ混ざるって狡くない?卑怯だよ」

「なら今日からオレも一緒に鍛練をするから!なっ?なっ?頼むよ!いや違うな、父さん命令だ。オレが一家の大黒柱だからな。命令は絶対だぞ!」



 無駄に権力を振りかざすヴェリアスに、ヴィレッカももう庇いきれないと苦笑した。


「ゴメン…………父さん。やっぱダサいです」

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